Mr.Brain

しぃ

文字の大きさ
32 / 34

第30話

しおりを挟む
 学食はいつもと変わらず混んでいる。二人で日替り定食を頼み空いた席に座わることができたので、ひとまずご飯を食べてから話を聞くことにした。
 今日の日替り定食はハンバーグだ。俺の大好物である。
 うむ、まぁ悪くない。チーズが欲しいところだが値段が値段なので仕方無いか。

 昨日のテレビの話や当たり障りない話をして食事を進めた。
「「ごちそうさまでした」」
「なんか飲み物買ってくるわ。何がいい?」
 洋介のリクエストを待つ。
「ありがとう。じゃあ缶コーヒーで。はいこれ」
 100円を渡された。
「微糖でいいの?」
「あーうん。微糖で」
 コーヒー飲めるなんて大人だな。

 売店で缶コーヒーと紙パックのオレンジジュースを買い席に戻った。

 コーヒーを渡して自分の飲み物にストローをさす。
「ありがとう」
 カキョッと缶コーヒーをあける音がする。俺はこの音が実はけっこう好きだ。
 洋介はコーヒーを一口飲み表情を固くした。これから俺に本当は隠しておきたいはずの過去を話そうとしている。口火は俺が切るべきかな。お昼休みは残り約15分。中途半端なところで時間が来てしまうと最悪だ。急かすようで悪いなと思いいつも俺は話を促した。
「んじゃ…お願いします。」
 多くの生徒の声で賑わう食堂に洋介の声が新たに混ざる。
「最初にいじめられ始めたのは、小学3年の頃だった。きっかけはサッカーだった」
「え…!?」
 思わぬ答えに驚いてしまい声が漏れる。ポツリポツリと呟かれたその言葉に耳を疑った。
「あっごめん…続けて」
 洋介は頷きつづけた。
「小1からサッカーを始めたんだけど、昔から今みたいにドリブルばっかりやってたんだ。」
 固く閉ざされていた開かずの扉の鍵が開く。
「最初は夢中だったからパスが出せなかったんだと思う。点も取ってたから周りも納得してたのかな。でも学年が上がるにつれて、組織的なサッカーに変わってきて、居場所がなくなっていったんだ…」
 
 なるほどね…
 たしかに小学生の、特に低学年の試合は団子サッカーとでもいうのだろうか、ボールに群がるようなイメージだ。そこで空いている逆サイドにパスが出ると楽なのだがそこは小学生。自分が自分がと球離れの悪いプレーが多くなる。
 とは言っても学年が上がるにつれてサッカーは組織的になっていく。そこでドリブルばかりやっていてはどうなるかはなんとなくわかる。

 さらに洋介はつづけた。
「いつの間にか、パスを出さない理由が変わっていったんだ。そして気づいたら…パスが出せなくなってた…」
 洋介は少し言葉につまるがその先の言葉を絞り出した。
「一時期パスがほとんど来なくなってから、このままじゃダメだと思ってパスをするようになったんだ。試合に出れるようになったけど、パスを出した先でボールを取られてディフェンスのために自陣までダッシュして戻って、ボールを奪い返してもまたその繰り返しで…全然楽しくなかった。連敗して、やればやるほど仲間が信じられなくなって、サッカーが…嫌いになりかけた。試合に負けても翌日の休みに何して遊ぶかをヘラヘラと話している仲間に苛立ちを感じた。だから俺はまたドリブルを始めた。」
 洋介の覚悟を感じた。
 最近までは俺もヘラヘラとしている連中と同じスタンスだったので聞いていて辛かった。洋介みたいな人間はきっと俺のチームにもいたに違いない。
 後悔したってなんの意味もないのはわかってる。それでも、後悔せずにはいられなかった。

「今までよりも練習して誰にも止められないようになった。チームは勝つようになったのに僕は日に日にチームメイトから陰口を言われるようになった。そしてある日、コーチから【サッカーはチームでやるスポーツなんだから仲間を信じてパスを出せ】と、やってきたことを否定されたんだ。練習中もヘラヘラとして練習以外の努力をしないやつをどうやったら信用できるんだろうと思った。だから僕はそうした全てに耳を塞ぎ無視をした。結果、半年ももたずにクラブを去ることになった。」
 やっぱこんな話かぁ…胃がいてえぜ…

「クラブでハブられるだけなら良かったんだけど学校でもクラブの奴等がくだらないことをしてきた。結果として4年の途中で俺は不登校になった。」
 小学生という生き物はその実、無邪気故に残酷なのだ。これをするとどうなるという結果の予想ができないまま発言、行動をする。その結果、いじめへと発展するケースもあるだろう。

「そこからはフットサルのチームに入ってそこでプレーすることだけを楽しみにしてた。そのチームには大学生や社会人もいて不登校なのがバレたときに沢山のことを教えてもらった。最初は怒られると思ったんだけど、経緯を話すと理解してもらえた。でもこのままだとどうなるのかってことをその人たちが優しく教えてくれたんだ。だから中学は休まずに通ったよ。僕には学校とは別に居場所ができたからね。」
 そっか…ちょっと安心した。

「でも…やっぱり学校でも居場所がほしいんだよね。朝起きて色々なことを考えて胃がキリキリするのは辛いよ。今は学校での時間が過ぎるのをただ待ってるだけなんだけど、サッカー部に入れば何か変わるんじゃないかと思ってさ」
 朝走ってるのは、なにも考えなくて済むと言っていた意味がわかった。
 ちょっと誰か胃薬もってない?さっきから話が重たいんですけど…
「なるほどね。とりあえずサッカー部に入るにしても今度一回見学においでよ。一年は初心者もいるんだけど皆いいやつだよ」
「そっか。よかった」
 ちょっと安心したようだ。
 まぁ学校でも楽しみができれば少しずつなにか変わっていくだろう。

 そろそろお昼休みの終了を知らせるチャイムがなる頃だ。ひとつ思うことは、食事の前に聞かなくて良かったということだ。

 午後の授業…頭に入ってこないよ…
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

痩せたがりの姫言(ひめごと)

エフ=宝泉薫
青春
ヒロインは痩せ姫。 姫自身、あるいは周囲の人たちが密かな本音をつぶやきます。 だから「姫言」と書いてひめごと。 別サイト(カクヨム)で書いている「隠し部屋のシルフィーたち」もテイストが似ているので、混ぜることにしました。 語り手も、語られる対象も、作品ごとに異なります。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

月弥総合病院

僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。 また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。 (小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

処理中です...