Mr.Brain

しぃ

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第31話

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 うちのクラスには担任の他に副担任がいる。26歳とか言ってたかな。昔サッカーをしていたらしい。それがわかったのは先日の掃除の時間だ。

 俺たちの掃除区域は中庭にある渡り廊下だ。外の掃除を監督するのは副担任の吉田先生だった。
 吉田先生は渡り廊下に巡視に来て俺たちを見た途端、内ポケットに手を伸ばした。
「お前らがここでよかったー。ちょっとサボらせてくれ。お前らもある程度やったら遊んでていーぞー」
 この先生は、なんというか、俺の会ったことのない先生だった。
「よっしー今日は部活来るの?」
 吉田先生はサッカー部の副顧問だ。ほとんど部活には顔を出さないけど。
「若手は忙しいんだよ。行けたら行く行く。」
 タバコの煙がユラユラと立ち上る。座り込み気だるそうにタバコをくわえ、空を見上げている。甘い臭いがした。
 なんか…かっこいいな。

 しばらく掃除をして俺たちもサボることにした。この班には体育でサッカーを選択しているやつが多い。
 中本が声をかけてきた。
「これでノーバンやろうぜー」
 そう言って軍手を丸めたものを投げてきた。ノーバンとはノーバウンドの略で地面に軍手を落とさぬように手を使わず皆でパスを回す遊びだ。俺が膝でトラップしたのを合図に皆が輪になりはじめた。
 普段はサッカーボールでやるので軍手玉は小さく俺でも少し難しかった。変なところに飛びまくり全然パスが繋がらなかった。
「お前ら下手くそだなー」
 タバコを携帯灰皿にしまいゆっくりと立ち上がる。
 右手の人差し指でくいくいっとボールを要求してきた。
 俺は転がった軍手玉を拾い上げる時にわざと地面に擦り付け砂をつけた。
「よっしーいくよー」
 山なりのゆっくりとしたボールを胸に投げるとよっしーは胸トラップからリフティングを始めた。しかも膝だけでリフティングしたり内回り外回りと回したり足技を混ぜてフリースタイルのようなことをやってのけた。
「マジかよ…」
 俺はたまらず呟いていた。
 どや顔で軍手玉をキャッチし俺たちに投げ返す。
「もうちっと上手くなんねえとクラスマッチは勝てねえぜ!ホラ練習しろー」
 ぐうの音もでねえな。

 しばらくやっていると座ってスマホをいじっていたよっしーが急に立ち上がった。
「やっべ!」
 立ち上がった途端こっちに走ってきて軍手玉を取り上げた。
「あっ!なにするんっすか!折角最高記録だったのに!」
  中本がたまらず抗議する。他の生徒は状況を把握したため黙りこんだ。
「ばっか!ちょっと黙ってろ!」
 小声で中本に言い、中本の後ろから来る担任に向けてアピールを始めた。
「お、お前らサボってないで掃除しろよー!」
 中本以外は箒を持ち掃除を再開する。
「どーしたんだよお前ら?」
 中本はまだ担任の存在に気づいていない。すぐ後ろにいるのに…
「中本くん。何をしているんですか?」
 中本の背筋が延びる。
「吉田先生。それはなんですか?」
 黙りこんだ中本から標的はよっしーへと変わる。
「なんかこいつらが軍手を丸めて遊んでたみたいで、それを今注意した次第であります!」
 軍人か!それと、よっしーごめんね…先に心の中で謝っとくよ…
「あなた…鏡見てきたらどう?どうやったらそんな風にスーツが汚れるか教えてもらえるかしら?必死に掃除するとそうなるのかしらね?」
 よっしーはスーツを確認すると同時に絶望が顔に滲む。軍手玉サイズの砂汚れが至るところについている。
 担任は更に鼻をスンスンとならした。
「何かしら…タバコ?」
 すかさずよっしーが答えた。
「それは俺です。ちょっと掃除し過ぎたんでさっき一服してました。」
 ちゃんと俺たちを守ってくれて安心した。まぁよっしーがまいた種だけどさ。それにしてもよくそんな嘘ばっか言えるな。掃除なんて1秒もしてないよこの人。
「そう。生徒が吸ってないのはわかったけど校内は基本禁煙です。放課後私の所に来なさい。あとそこの水道でスーツを洗ってから戻りなさいね。」
「気を付けます。すみませんでした」
 大人が怒られるのは見ていて辛いものがあった。それも俺のいたずらのせいでなんだよな…
 去っていく担任を見送りみんなで座り込んだ。
「いやー焦った焦ったー」
 軽いな!この人。
「なんかごめんね」
 一応謝っとこう。
「でもこれでちゃんと部活行けなくなっちまったな」
 すげー笑顔だよ…
「それ部活サボる気でしたって言ってるみたいなもんだからね」
「あ…」
 ペロッと舌を出す。え…なにそれ…全然かわいくねえから。この人はもうダメだ…
 
 ダメダメだが、この人は生徒との距離を詰めるのがうまい。少なくとも本当に心を許せると思ったのはよっしーが初めてだ。

 入部して数日が経ったある日のことだ。
 部室に行くと先輩が数人と1年はまだ俺と水戸君しかいなかった。
 練習着に着替えて時間があったので部室にあった漫画を俺は読んでいた。水戸君はスマホでゲームをしている。
 そんなとき、よっしーが部室に入ってきたのだ。
 よっしーは水戸君のスマホを見つけた。
「お前俺の前で良い度胸やな」
 いつもはヘラヘラしているからこそ、真面目な声には迫力があった。
 水戸君には効果抜群でアワアワしている。今にも泣きそうだ。
 うちの学校ではケータイの持ち込みは禁止されている。見つかれば没収となるのが基本だ。
「組と番号と名前は!」
 よっしーは声のボリュームを少し上げた。すごい迫力だ。
「あ、あの…1年2組の」
「嘘てーあそこ見てみ?先輩は堂々とスマホでゲームしてるやろ?」
 確かに。先輩たちはスマホを片手に笑いをこらえていたが今は爆笑している。
「よっしーやめてよー。笑うの我慢するの大変なんだからさー」
「いやだって恒例行事みたいなもんやん?」
 毎年やってんのかこの人は…
「てか聞いてよーこれ以上課金出来ないのに全然出ねんだけど…」
 この先生、なんか今まであった先生と雰囲気違うな。
「よっしー、まだ大丈夫だよ。食費を削ればね」
 先輩も何言ってんだ…
「なるほど。その手があったか!天才かよお前」
 おいマジかよこの人…

 これが吉田先生とのちゃんとしたファーストコンタクトだ。副担任とは言え授業では会わないのでホームルームだけでしか基本的に顔を合わせない。

 よっしーのスタンスは、法律を犯さなければ基本的には許容範囲ということらしい。
 
 1度そんな適当でいいのと聞いたことがある。その時こんなことを言っていた。

「え?だってここは学校だよ?必要なことは他の先生が教えてくれるさ。あと俺はお前らの成績なんて毛ほども興味ないからな。」
 ひょうひょうとそんなことを言ってのけた。

「俺はさ、学校じゃ教えてもらえないことを教えるために教師になったんだ。どっちかというとルールの破り方を教えたいくらいだわ。まぁそこまではできねえけどな。とりあえずは、立場は上だけど同じ目線で相談にのれるような、生徒の相談がどこからか俺のところに集まるような存在を目指そうかと思ってなー」
 たしかにそんな先生にはあったことねえな。

「知ってっか?年間に300人くらいの小中高生が自殺してんだ。大人も含めた全体の人数は減っていってるのに学生の自殺件数は今も昔もほとんど変わらない。何故だかわかるか?」
 なんだよ急に。雰囲気変えやがって…
「いじめ…とか?」
 他に浮かばないな。
「そうだ。まぁこれは俺の考えだけどな。子供は間違えるもんだ。それにいじめはなくなるようなもんじゃない。…どうした?教師がそんなこと言うのは変か?」
 俺は表情から心の中を読み取られてしまった。
「お前みたいに分かりやすいやつばっかならいんだけどな。でも実際いじめって無くせると思うか?俺は無理だと思うなー。それに…問題はそこじゃない。重要なのは自分の世界に閉じ籠りすべてを1人で抱え込ませてしまう環境さ。誰も助けてくれないと思ってしまったら、もう助けられない…」
 おそらくこれは実体験だろう。俺はこんなにいじめに対して深く考えたことがなかった。それは自分の回りではそんなこと起こり得ないとどこかたかをくくっていたのかもしれない。
「そうなる前に、手をさしのべられる存在に俺はなりたいのよ」
 なんか真面目な話しちゃったよ…
「よっしーってちゃんとした大人なんだね…」
「まぁなー。だから別に俺も納得できない校則なんかは破ったところで口出ししねえよ。でも人としてのマナーを守らねえやつにはそれなりの対処をするぜ。ちなみに俺は手も出すよ。あとこっちが許すんだからお前ら生徒も俺のサボりをチクんじゃねえぞ」
 おっと!そーきたか。
 ニヤリと歯を見せたその横顔はただの友達のように無邪気なものでさっきまでの重苦しい雰囲気を霧散させた。
「わかったわかった。なんかGTOみたいだね」
「あー分かりやすくて良いな。それだそれ!俺も黒板にGTYとか書けばよかったな」
 やっぱ軽いなーこの人。それもわざとそう見せてんだろうけど。
「いや、それは寒いわ。いじめられるレベルで」
「え…そうなの?やっぱジェネレーションギャップってあるんだな。気を付けよーっと」

 この会話以降俺は吉田先生に心を許してしまった。俺も困っている誰かに手をさしのべられる人間になりたいとも思った。
 吉田先生は、自分の力が及ばないときすぐに相談しようと思える唯一の大人だ。

 まあ、基本だらしないけどね。
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