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第9話

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第9章 
 今年もこの季節がやってきた。髪の毛は湿気でまとまらないし、洗濯物は乾かないし、なにより気分が晴れない。そう、梅雨でございます。
 教室も心なしか雰囲気がどんよりとしていた。
 私の性格が暗いのもこのどんよりとした6月に生まれたからなのだろう。きっとそうだ。それしかない。自分の非は認めない。それが葵の流儀。なんとなくきまったように思えたが、今の台詞はよく考えると最低だな。いや、よく考えなくても最低だよ!
 それにしてもこの雨どうにかならないかなぁ。


 連日の雨によってキャッチボールはしばらくできていない。啓に会ったのはかなり前に昇降口でほっぺをつつかれたのが最後だ。こうも雨が続かれてはたまったものではない。それにしてもあの時は幸せだったなぁ。
 今日はさつきちゃんから用事があるから先に帰ってと言われ一人で帰らなければならない。一人ってこんなに寂しかったっけ。
 朝さしてきた私のビニール傘は誰かに盗まれてしまったようだ。ビニール傘という色気の無いものを使っているのにはわけがあるのだ。盗られるのはこれで4本目なのだ。私には隠れファンがいたりするのだろうか。とほほ。誰だよホントにもう。
 靴を履き替え下駄箱から外の様子を伺う。小雨といってもいい具合に雨の勢いは弱くなっていた。これなら走って帰れるかなと諦めかけた時だった。私の肩がトントンと叩かれたのだ。私は何の躊躇いも無く振り返った。お前少しは学習しろよと思うかもしれないが(私も思います)、振り返ってもそこには誰の姿も無かった。遠くに不思議そうにこっちを見ていた女生徒がいるだけだ。なんだろうか。辺りを見回すと足元にしゃがんだ啓がいた。
「今度はかくれんぼですかー。もう見つかってるんで顔上げてください。」
 それでも顔を上げない啓が何かつぶやいている。
「え?なんですか?」
「ごめん。」
「いや、そんな真剣に謝らなくても許してあげますよ?」
何をそんなに気にしているのだろうか。むしろ久しぶりに会えて嬉しいのだけどな。
「いや。見るつもりは無かったんだけどさ。隠れようとしてしゃがんだ時に思ってたよりもスカートが短くて見えちゃって。申し訳ない。」
 思わず頭にチョップしてしまった。
「わざとじゃないなら許します。その代わり傘に入れてください。私の傘盗られちゃって。」
 顔から火が出そうだった。思わぬ展開だがせっかく会えたのだ。このまま見送るのはもったいない。偶然にも私の傘は誰かが持ち去り啓は傘を手に持っていた。最初の3本を盗ったやつ。諸君らは許さん。だが今日の君。グッジョブ!君は無罪放免だ。むしろ感謝状を贈ろう!本当にありがとう。
「かたじけない。ではエスコートさせていただきます。」
 あれ、意外とノリノリだなこの人。でもなんか同じような会話したような気がするな。あの時は私が「かたじけない。」って言ったんだっけな。もう懐かしいな。

 雨は少し勢いを増し、傘のありがたみも増す。これで雨が止んでしまえば相合傘もそこで終わりだ。普段は気にも留めない傘を打つ雨音すらも心地よく感じる。聞こえるのは雨粒が弾ける音だけ。世界には私たち二人だけなのだと思ってしまいそうだ。
 そういえば相合傘って初めてだな。意識するとなんだか緊張してきた。
 急に啓との距離を近く感じてしまい少し離れる。するとすかさず啓は距離を詰めてきた。さっきよりも距離が近くなり、一瞬私の肩が啓の腕に触れてしまった。近い近い近い。
 ドキドキするけど近くて、嬉しい。本当はくっつきたいくらいだ。
「あんまり離れんなよ。傘小さいんだから濡れるだろ。」
「いや、くっつきすぎるのも嫌かと思って。」
 まーた後ろ向きな私が出てきちゃったよ。ご無沙汰してまーす。こんなときこそ最近わがもの顔ではしゃいでる前向きな私に出てきてもらいたいんだけどなぁ。どこほっつき歩いてるんだかなぁ。
「なに?緊張してんの?かわいいな後輩。」
「バ、バカおっしゃい。」
「葵ってさ。たまに出るそれはなんなの?すんごい面白いんだけど。」
 爆笑ですよこの人。完全にからかわれてるなこれ。ならいっそのこと手のひらで転がりまわってやろうかな。もうやけくそだ。
「これはたまに出てくるもう一人の私なんで気にしないで下さい。」
 何その言い訳。めっちゃ気になるわ。大丈夫かなこの子って思われるぞ私よ。
「そーなのー?まぁ何でもいいからあんま離れるなよ。なんなら腕でも組む?」
 おうやったろうやないかい。こっちはもうやけくそなんだよ。せっかくのチャンスだ。鷲掴みしてやる。
 啓は傘を持った手を私が組みやすいように少し開いてみせた。
 なんだ、この野郎誘ってんのか。いや、これ男の人の台詞じゃん。はしたなくってよ私。
 私はバレないよう深呼吸して、そっと腕を組んだ。啓も私が本当に組むとは思っていなかったようで驚いたみたいだ。そこから暫く会話がなくなってしまった。
 妙な緊張が走る。心臓は口から飛び出そうなほど大暴れしている。

 どうすんのこの空気。


 雨は勢いを弱め、微かに聞こえる傘を打つ雨音も頼りなく聞こえる。そうかと思うとヘリコプターが近くにいるのかと思うほど、ドドドドドと心臓が激しく跳ねている。く、苦しい。どうにかなりそうだ。
「も、もうすぐ体育祭だね。先輩は足速いの?」
 私は耐え切れず口火を切った。
「俺はそこまでかな。」
「そうなんだ。速そうだけどなぁ。礼君はどうなの?」
「あれ?アイツのこと俺話したっけ?」
 そうだ。礼と会ったことも事件のことを聞いたのも啓は知らないんだった。
「この前上級生に絡まれているところを礼君に助けてもらって。その時は先輩かと思ったんだけど話を聞いたら弟だって分かって驚いちゃった。」
 時系列は若干違うが嘘は言っていない。例の話については私は知らないことにしといた方が良いだろう。
「そんなことがあったのか。アイツ正義感強いからな。たまに学校サボってどっか行ってるみたいだけどな。まぁアイツは足速いよ。それもかなりね。」
 名波さんのこと啓には言ってないんだな。この兄弟は距離感がいまいち分からないな。お互いのことは思い合っているけど核心にはお互いに触れたがらぬような印象だ。家ではどうなのだろうか。そんなことを考えていると私の家まであと数mのところまで来ていた。
 門の前では妹がさしていた傘を落としこちらを見て突っ立っていた。私が手を振ると我に返ったように慌てて傘を拾い家へと駆け込んだ。私は啓と腕を組んでいたことを思い出し妹が母に報告に行ったのだとすぐに察した。
「私の家そこだから。送ってくれてありがとう。またね。」
と啓に別れを告げ自宅へと駆け出した。
 妹よ。その報告待ったぁぁあああ!
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