児童絵本館のオオカミ

火隆丸

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クリスマスの事件

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オオカミの着ぐるみはふっと息をつきました。

「その時私は、児童絵本館のクリスマス会で、訪れた子供たちにお菓子を配っていたんだ。
 その中で、三歳くらいの小さな女の子が泣いていたんだ。
『兄ちゃん、オオカミ怖いよー』
 ってね。まあ、人気者になってからも、怖がる子供はいたからね。私の中のクロダさんは、やさしくその子の様子をうかがいながら、他の子にお菓子を配っていたよ。
 そしたら、その子のお兄さんらしい男の子がやってきたんだよ。十歳くらいだったかな。
 その男の子は、
『泣くなよ。あれは中に人が入ってるんだよ。おれが正体を暴いてやるぜ』
と、小声で言うなり、ものすごい勢いで私に近づいてきたんだ。私を着ていたクロダさんは、他の子供にお菓子を配るのに夢中で、男の子が迫ってきていることに気づかなかった。
 ツチヤさんとムライさんは、クリスマス会に出すケーキを取りに行くために、しばらく私から離れていたんだ。少しの間なら大丈夫だろうと。
 だけど、その油断がいけなかった。
 男の子は、見張りがいないのを知ると、私の後ろに回り込み、私の尻尾を思いっきり引っ張ったんだ」

「痛そう!」
影が思わず叫びます。

「ものすごく痛かったよ。ブチッという音がして、私の長い尻尾がちぎれてしまったんだ。
 まわりの子供たちの顔が真っ青になった。
 尻尾を引きちぎった男の子は、私の尻尾を掲げて、ニヤリと笑った。
 ケーキの準備から戻ったツチヤさんとムライさんは、呆然と立ち尽くしてしまった。
 それを見て、他の児童絵本館の職員さんたちの目が吊り上がった。
 だけど、クロダさんは怒鳴らなかった。怒鳴ったら、私の中身がクロダさんだってばれちゃうし、せっかくのクリスマス会がもっと悪くなってしまうからね。
 代わりに、クロダさんは尻尾を引きちぎった男の子の方を向いたんだ。
 そして……泣いたんだ」

「泣いたんですか。どんなふうに?」

「いや……泣くふりをした、と言った方がいいかな。
 私の目を手で覆い、泣くまねをしたんだ。
 私の尻尾をちぎった男の子は呆然と立ち尽くした。そして、
『ご、ごめんなさい……』
 と、涙声で尻尾を私に返した。
 その様子を見て、まわりのみんなは驚いていた。
 子供たちの中には、心配そうに私を見つめて、
『オオカミさん、泣いてる』
 って、言う子もいたな。
 私は所詮、着ぐるみ。人間のように涙を流すことなどできない。
 だが、この時私は泣くことができた。クロダさんがいたから。とてもとても、痛くて悲しかった。子供に尻尾をちぎられるのは、すごく辛かった。
 だけど、着ぐるみの私が、人間の心に少しだけでも近づくことができた。それはすごく、誇らしかった。
 ……こんなこと言うのは変かな? 年寄りの戯言と思うなら、聞き流してくれ」

「いやいや、変じゃないですよ。とても深い思い出だったのですね」

「ありがとう。分かってくれて、うれしいよ。こんなことを話すことができたのは初めてだよ」

「ふふ。そう言われると、私もうれしいです」

「あ、それで話の続きなんだが、クリスマス会が終わった後、クロダさんは事務室で私の尻尾をなおしてくれたんだ。丁寧に針と糸を使って、私の尻尾と体をつなぎ合わせてくれた。
 ツチヤさんとムライさんは必死に謝っていた。
『本当にごめんなさい。私たちが目を離したのがいけなかった』
 ってね。
 でも、クロダさんは
『そういうこともあるさ』
 と私の尻尾を直しながら笑っていた。
 そして職員さんたちに言ったんだ。
『あの子を怒らないでくれ、でも、オオカミさんは痛くてとても悲しかったよって、伝えてくれ』
 ってね。
 それから数日後、クロダさんがいつものように私を着て児童絵本館を歩いていると、私の尻尾を引きちぎった男の子がやってきたんだ。でね、
『オオカミさん、この間はごめんなさい』
 と言って、小さな包みをくれたんだ。
 事務室に戻ってから包みを開けてみると、オオカミの顔の形をしたクッキーが入っていた。クッキーはきっと、あの男の子の手作りなんだろうな。色とりどりのチョコレートできれいに飾り付けされていたよ。
 クロダさんも私も大喜びだった。素敵なプレゼントをもらうことができたのだから。
 クッキーはその後、児童絵本館の職員さんたちで分けて食べたんだ。私はものを食べることはできないけど、ものすごくおいしいクッキーだったって、クロダさんは言っていたな。
 クリスマス会の出来事は、私にとって忘れられない思い出だったよ」
 
オオカミの着ぐるみはやさしく笑いました。その声はとても楽しそうでした。

「それはいい思い出でしたね。」
影は微笑みます。

「ああ、とても素晴らしい思い出だったよ。痛い思いをしたけれど、みんなと素敵な時間を過ごすことができたからね。
 辛いこともあるけれど、楽しいことだってある。人生って、そんなもんだ」

「人生って……あらら、あなたは人間じゃなくて、着ぐるみでしょう?」
影が思わず吹き出します。

「ははは、そうだったね。でも、長く着てもらっていると、なんだか私も人間になったような気分になるのさ」

オオカミの着ぐるみは、笑いました。鋭い牙が月の光に照らされて、輝いています。牙はゴムでできたつくりものでしたが、その一本一本には生気が宿っていました。
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