火轍、吼える  特別編 ~夢~

火隆丸

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 その瞬間、火轍の形相が変わった。
「死ぬ……なんて、テメェ簡単に言ってんじゃねぇよ!」

 火轍は恐ろしい獣のように牙をむき、叫ぶ。いや、吼える。

 だが、私は引かない。
「あんたに何が分かるっていうの! 猫だか何か知らないけど、余計なことしないで!」

 私は火轍に背を向ける。

「ああ? 聞いてんのかテメェ! それに、今おれのことを猫って言いやがったな! オイ!」

 後ろから火轍の怒鳴り声が聞こえてくる。だけど私は振り返らない。構うもんか。どこの誰だか知らない化け猫に、私の苦しみなんて、分かる訳がない。

 私は海をじっと見つめる。
 ここから飛び降りてやる。どうせ死ぬんだ。首吊りでも飛び込みでも変わらない。
 海に飛び込めば、溺れてじきに死ねる。

 今だ、今飛び込むんだ……

  ……足が動かない。

 足元の岩肌が目に入り込んでくる。まるで刃物のように鋭い。ここから一歩進めば、私の体はえぐられるかもしれない。

「お前、本当は死にたくないんじゃねえか」

 後ろから火轍の声がする。

「うるさい!」
 私は飛び降りようと、体を動かす。

 だけど……

「やはり、死ぬことができないんだな」

「だから、うるさい! 黙れ黙れ! 近寄るな!」
 私は振り返り、火轍を睨む。手を振り回し、火轍を追い払おうとする。

「おい、本当はそうなんだろ!」
 だが、火轍は私に向かって拳を振り上げながら近づいてくる。

「だから、近寄るなって言ったでしょ?」
 私は唾を飛ばしながら叫ぶ。島中に私の声が響くが、構わない。

 はやく消えてくれ、化け猫!

 だが、火轍は、
「お前、死ぬってことがどういうことか、分かってんだろうな、ああ?」
 と、一歩も引かない。それどころか、全身の毛を逆立て、威嚇するような目で私を見据えている。

 こんな奴、どれだけ相手をしても無駄だ。

 そこで私は言い放った。

「もういい! 私みたいなつまらない人間、守る価値なんてないわ。ついてこないで!」

 海に背を向け、林に向かって走る。怒鳴っている火轍の横をすり抜けて。

「おい、待て!」

 後ろから火轍が追いかけてくるが、振り返らずに走る。

 目指すは、先ほど私が首を吊ろうとした場所だ。
 飛び込みよりも首吊りの方が痛みも恐怖も少ないだろう。うん、きっとそうだ。そうに違いない。
 自分に言い聞かせながら、夜の島の坂道を駆け上がる。
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