妹は私から奪った気でいますが、墓穴を掘っただけでした。私は溺愛されました。どっちがバカかなぁ~?

百谷シカ

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4 トゥーレの木の上でつかまえられない

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「まっ、まさか……天使」

「違う」


 ああ、また!
 この口は!

 私は一応ドレスの裾を整えておいて、万が一落ちないように体も支えて、少し深く下を覗き込んだ。ちょうど推定教授の髭もじゃの殿方も立ちあがり、木全体を見あげながら声の主を探しているようだった。


「あ。ああ! 君!」


 ええ、私。


「新しく入ったお嬢さんかい?」


 推定教授は安心したような笑みを浮かべ、眼鏡の位置を調節している。


「ええ、そうです。荷馬車の事故で道が塞がっていて、着くのが遅れてしまって」

「聞いたよ。大変だったね。ここはいい所だろ? きっと気に入るよ」

「そうですね。もう、ここにクッションを運びたいくらい」

「いい考えだ。夏は少し日焼けするかもしれないけどね」

 
 思いのほか、話が弾む。
 髭もじゃの顔と服装から、父より少し年上に見える。

 可愛いおじさん。


「あの、木の下だったら日焼けしませんか?」

「そうでもない。額がヒリヒリしたよ。あ。私は怪しい者じゃないから安心して」


 今更だわ。
 でも、可愛いから許せちゃう感じ。


「恐がっているように見えます?」

「いや、眩しいし葉の影にもなっていて君の顔は見えない」

「それじゃあ、やっぱり天使かもしれませんね」

「ハハッ。新入生は天の使いか。私はアルジャノン・クロフトだ。哲学の授業を受け持っているよ。君のような若いお嬢さんには子守歌にうってつけだろ」

「哲学!?」


 つい大きい声が出てしまった。

 なにそれ……
 すごく楽しそうじゃない!


「寝ませんわ、クロフト教授」

「そういう事にしておこう」

「いいえ。私、この寄宿学校に来るのを楽しみにしていましたの。嘘じゃありませんわ。結婚が流れたので、両親が気晴らしになるだろうって入れてくれたんです」

「へえ! それは……それは、珍しいね!」

「今、疑ったわね」


 枝の上で向きを変えて、膝から下をぶらりと下ろす。


「おお! 大丈夫? 落ちないかい?」

「上った事はありまして? クロフト教授」

「ないよ。そんな事をしたら、女子寮を覗く不届き者になってしまう」

「それはそうだわ。じゃあ、知る事がない教授に教えてさしあげます。この枝はけっこう太くて、幹がしっかりしているから背凭れにもなるし、木の又が深くて乗るにはとても安定しているんです」

「ほう」

「それに、もし落ちても教授が受け止めてくれますわ。そうでしょう?」


 自分のゆらす爪先の先、光る眼鏡と髭もじゃの教授がわずかに困惑の表情を浮かべる。


「いやぁ、どうかな。そうしてあげたいのは山々だけど、私は向いてない気がして」

「でしたら、お手間は取らせませんわ。ちゃんと自分で部屋に帰りますから」


 少し困った様子が楽しくて、つい揶揄ってしまいたくなる。


「でも、どうして女子寮の裏の木を休憩場所にされているんですの?」

「ああ、聞いてないかな。1階に男性教員と警備の部屋があるんだよ。2階と繋がる階段は、鍵のついた扉が上にも下にもあるから安心して。私の部屋がそこだ」


 教授が指をさした。


「あら、では真下のお部屋なんですね」

「そう。頼むから夜10時以降は踊ったりしないで」


 同室のバーサってそういう子なの?
 それは、私も嫌だわ。


「大丈夫です」

「よかった。ところで、首が痛くなってきたよ」

「ああ、ごめんなさい。お邪魔しちゃいましたね。どうぞいつも通りに寛いでください。私もじきに部屋に戻りますから」

「そうかい? 落ちないように、気をつけてくれよ?」

「ええ。教授を潰したりしません。では夕食で」

「ああ、そうか。食堂で紹介すると教務長が言っていたね。じゃあ、また……あぁ」

「ヒラリーです、教授」

「またあとで。ヒラリー」


 私が足を引っ込めたあと、クロフト教授もほぼ真下に腰を下ろしたらしかった。

 静かに物思いに耽る者同士。
 沈黙の扱い方を心得ている。


「……」


 さすがに、もう独り言は洩らさないわね。


「……」


 魅惑の哲学。
 楽しみ。

 葉の天蓋を眺め、期待に頬が緩んだ。
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