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8 彼方の妹。或いは、姉のような親友。
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「本当におめでとう、ヒラリー」
諸々の手続きが済んで、ついに明日、私は寄宿学校を出て行く。
卒業でも退学でもなく、結婚に伴う退所だ。
バーサの腕の中で、豊かな胸に顔を埋めて、私は彼女の背に腕を回して、肩甲骨の辺りを撫でる。正直、彼女と離れるのがこんなに寂しい気持ちになるなんて、想定外だった。
「元気でね」
「またすぐ会えるわよ」
「あなた卒業できるの? 見事に寝てばかりいるじゃない」
「そうね。誰にだって秘密はあるものよ」
「え?」
「今は自分の幸せに集中して」
バーサは私の額にキスをすると、ふいに本の間から一通の手紙を指に挟み、振り向いて机に浅く腰掛けた。そして手紙を唇に当てる。
「明日でお別れだから白状するけど」
「ええ」
いったい、私の大親友にどんな秘密が……!?
「お友達からの手紙に興味深い事が書いてあったの」
バーサが私の口癖を真似た。
こんなやりとりも、明日の朝で、最後。
「ある新婚の伯爵令息が、妻の妊娠を境に盛大に女遊びを繰り広げて、妻のほうは随分と冷遇されているそうよ」
「ああ」
やだ。
最高に白けたわ。
「もしかしてそれって」
「ええ。不憫なあなたの妹。アラベラちゃん」
「で、私の元婚約者の話ね」
「あなたの御両親が妹のほうの話題をどう扱っているかわからないけど、社交界ではかなりの醜聞……というか、すごく憐れまれてるみたいよ」
「本当に顔が広いわね」
「あなたも貴族社会に君臨する立場になるんだから、知っておいてもいいと思ったの。それに幸せ真っ只中すぎて、おバカな妹の不幸なんてへでもないでしょ」
「まあ。それはそうね」
夫となるクロフト教授改め、じきにブルック侯爵になる現在は一応ドウェイン伯爵のアルジャノンは、伯父の仕事を引き継いで宮廷に仕える事が決まっている。領地の管理と並行しつつ、国王陛下の哲学的な相談相手として生活や政治にも関わっていくようだ。
私は一緒に宮仕えをし、夫になるアルジャノンと助け合いながら、王妃の監督する貴族学校で、王子や王女を含めた貴族の子供たちの勉強を見る事になった。
最高に幸せだ。
そう、思い出した。
「幸せだわ」
「わかってる。それで、あなたの妹……というか義父のほう、つまりユーイン伯爵は、孫を貴族学校に入れようと準備を始めているそうなのよ」
「あ、そうなの?」
意外だ。
私の元婚約者もそれと結婚した妹も、勉学に励む性質ではないのに。
……だからか。
「ユーイン伯爵は孫に賭けてるのね」
「そう。息子とその嫁がおバカだから」
「気持ちはわからなくもないわ」
「あなた平気? 憎々しい血筋な上に恐ろしいほどバカの申し子が教え子になるかもしれないわよ?」
「親と子は別の人格として考えるべきだわ。甥か姪かわからないけど、優遇もしないし冷遇もしないわよ」
「甥よ」
「そう」
「名前はレジナルド」
「覚えておくわ」
バーサが手紙を本の間にしまう。
「もっと深刻な問題や、重大な事件が起きるかもね」
「宮廷だもの。そりゃ、規模が違うわよ」
「でも、あなたならこなせる気がする」
「彼と助け合ってやっていくわ。教える立場に回るのも楽しみだし、とても光栄な事だもの」
「そうよね、ヒラリー」
親のような慈愛の眼差しで私を見つめ、バーサが再び私を抱擁した。
バーサもまた、私のとの別離を悲しんでいるようだ。
「結婚式には来れる? 学長は許可してくれるかしら」
「きっと行くわよ。許可が出なかったら抜け出す」
「退学になるわよ」
「望むところよ」
私も再び、バーサの胸の間に顔を埋め、彼女のぬくもりを体中に沁み込ませた。
変な妹しかいない私にとって、バーサは親友であるとともに、愉快で頼れる姉のような存在になっていた。そんな私の心の中を見透かしたように、バーサが低い笑い声をあげた。
「なんであなたみたいな優秀な子とバカが血の繋がった姉妹なのかしら」
私は妹の事を頭から追い出し、バーサのぬくもりに集中した。
諸々の手続きが済んで、ついに明日、私は寄宿学校を出て行く。
卒業でも退学でもなく、結婚に伴う退所だ。
バーサの腕の中で、豊かな胸に顔を埋めて、私は彼女の背に腕を回して、肩甲骨の辺りを撫でる。正直、彼女と離れるのがこんなに寂しい気持ちになるなんて、想定外だった。
「元気でね」
「またすぐ会えるわよ」
「あなた卒業できるの? 見事に寝てばかりいるじゃない」
「そうね。誰にだって秘密はあるものよ」
「え?」
「今は自分の幸せに集中して」
バーサは私の額にキスをすると、ふいに本の間から一通の手紙を指に挟み、振り向いて机に浅く腰掛けた。そして手紙を唇に当てる。
「明日でお別れだから白状するけど」
「ええ」
いったい、私の大親友にどんな秘密が……!?
「お友達からの手紙に興味深い事が書いてあったの」
バーサが私の口癖を真似た。
こんなやりとりも、明日の朝で、最後。
「ある新婚の伯爵令息が、妻の妊娠を境に盛大に女遊びを繰り広げて、妻のほうは随分と冷遇されているそうよ」
「ああ」
やだ。
最高に白けたわ。
「もしかしてそれって」
「ええ。不憫なあなたの妹。アラベラちゃん」
「で、私の元婚約者の話ね」
「あなたの御両親が妹のほうの話題をどう扱っているかわからないけど、社交界ではかなりの醜聞……というか、すごく憐れまれてるみたいよ」
「本当に顔が広いわね」
「あなたも貴族社会に君臨する立場になるんだから、知っておいてもいいと思ったの。それに幸せ真っ只中すぎて、おバカな妹の不幸なんてへでもないでしょ」
「まあ。それはそうね」
夫となるクロフト教授改め、じきにブルック侯爵になる現在は一応ドウェイン伯爵のアルジャノンは、伯父の仕事を引き継いで宮廷に仕える事が決まっている。領地の管理と並行しつつ、国王陛下の哲学的な相談相手として生活や政治にも関わっていくようだ。
私は一緒に宮仕えをし、夫になるアルジャノンと助け合いながら、王妃の監督する貴族学校で、王子や王女を含めた貴族の子供たちの勉強を見る事になった。
最高に幸せだ。
そう、思い出した。
「幸せだわ」
「わかってる。それで、あなたの妹……というか義父のほう、つまりユーイン伯爵は、孫を貴族学校に入れようと準備を始めているそうなのよ」
「あ、そうなの?」
意外だ。
私の元婚約者もそれと結婚した妹も、勉学に励む性質ではないのに。
……だからか。
「ユーイン伯爵は孫に賭けてるのね」
「そう。息子とその嫁がおバカだから」
「気持ちはわからなくもないわ」
「あなた平気? 憎々しい血筋な上に恐ろしいほどバカの申し子が教え子になるかもしれないわよ?」
「親と子は別の人格として考えるべきだわ。甥か姪かわからないけど、優遇もしないし冷遇もしないわよ」
「甥よ」
「そう」
「名前はレジナルド」
「覚えておくわ」
バーサが手紙を本の間にしまう。
「もっと深刻な問題や、重大な事件が起きるかもね」
「宮廷だもの。そりゃ、規模が違うわよ」
「でも、あなたならこなせる気がする」
「彼と助け合ってやっていくわ。教える立場に回るのも楽しみだし、とても光栄な事だもの」
「そうよね、ヒラリー」
親のような慈愛の眼差しで私を見つめ、バーサが再び私を抱擁した。
バーサもまた、私のとの別離を悲しんでいるようだ。
「結婚式には来れる? 学長は許可してくれるかしら」
「きっと行くわよ。許可が出なかったら抜け出す」
「退学になるわよ」
「望むところよ」
私も再び、バーサの胸の間に顔を埋め、彼女のぬくもりを体中に沁み込ませた。
変な妹しかいない私にとって、バーサは親友であるとともに、愉快で頼れる姉のような存在になっていた。そんな私の心の中を見透かしたように、バーサが低い笑い声をあげた。
「なんであなたみたいな優秀な子とバカが血の繋がった姉妹なのかしら」
私は妹の事を頭から追い出し、バーサのぬくもりに集中した。
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