11 / 13
11 美しい未来へ
しおりを挟む
国王陛下直々の裁きだったので、解決も早かった。
「ごめんなさいね、ヒラリー」
「いいえ、陛下。むしろ、私の親族が申し訳ありませんでした」
「あなたたち夫婦に悪影響がないよう、充分気をつけたつもりよ」
「はい、変わりなく過ごせています。ありがとうございます、陛下」
「まったく太々しい男ね」
バーサがいちばん怒っていた。
彼女は息子であるレジナルドに断りを入れ、ルーシャンを蹴ったらしい。
そしてレジナルドが、父親不在の中、ユーイン伯爵令息となった。
彼が立派な大人になるか、父親に似てしまうかは、私たちの教育とユーイン伯爵の本気にかかっている。養育権を義父に奪われた私の妹は、ますます肩身が狭くなったと言って、ついに実家に帰ったらしい。
一件落着、と思えた頃。
「ねえ、ヒラリー」
王妃が静かに、私を呼んだ。
「なんでしょう、陛下」
「あのね。素直な気持ちを聞かせて頂戴」
「はい」
なんだろう。
真剣な話にしては、王妃の瞳は期待で煌めいているように見える。
窓の外を優しく眺めてから、王妃は私の手の辺りを視界に収めた。伏目がちの表情が美しい。
「うちの子たちとフレデリカ、とても仲良しじゃない?」
「はい。お陰様で、よくして頂いております」
「それで、こちらの親としては……」
こちらの、親?
え?
待って。
これは、もしかして……
「上の子とあなたの娘さんを、許嫁に……と、望んでいるのだけど、どう思う?」
「スゥーーー……」
私は大きく息を吸って、そして吐いた。
「陛下」
「はい」
驚きすぎて、むしろ頭が冴えわたっている気がする。
「ありがたいお言葉です。殿下と娘は、たしかに仲睦まじく過ごしております。でも、まだ6才です。私も、親の決めた結婚が一度駄目になりました。あの愚かなルーシャン・バイアットのような事にはなるわけがないのですが、成長してどちらかの気が変わる事も充分考えられます」
「その通りよ。だけど、私も陛下と物心ついた頃には婚約していて、もちろん親の決めた事だったけれど、将来の夫が心待ちにしてくれていると知りながら過ごす子供時代はとても心強かったわ。それに、いざ結婚してみたら想像よりずっと素敵な夫だった。あの子たちを見ていると、きっと幸せになるって信じられるの」
「……それは、美しい未来です」
王妃は優しい微笑みで私を見つめ、そっと手を握った。
「フレデリカを縛る契約ではないわ。もし運命なら、それぞれ愛する人を見つけるでしょう。だけど、あの子たちなら、お互いを傷つけるような事はしないわよ」
「私が……決めて、答えるのは、どうなのでしょう?」
「ブルック侯爵には陛下が、そしてフレデリカにはうちの子が答えを求めています」
「え?」
王子が娘に?
「そっ、それは……可愛らしい求婚なのでは……?」
「そうよ」
王妃が目を細めて、嬉しそうに笑った。
そういう事なら、肩の荷が少し軽くなる。
親って大変だわ。
私を婚約させた時、その婚約を破棄された時、それで私を寄宿学校へ入れてくれた時、両親はどんな気持ちだっただろう。今の私のように、緊張とわずかな恐れと、溢れそうな期待が胸に渦巻いていたのだろうか。
「……」
美しい未来が、見えた。
「ヒラリー」
私は心が解け、あたたかい気持ちで王妃に微笑みを向けていた。
自分が喜んでいるのだと、じわじわと感じた。
「夫も、娘も、喜んでいると思います」
その日、国王陛下から同じ話を受けた夫が、貴族学校を終えた頃を見計らって私を待ち伏せしていた。
「ヒラリー!」
「聞いたわ。あなたは喜ぶと思った」
「ああ! なんてロマンチックなんだ! 人生は素晴らしいよ!!」
「薔薇色ね」
鼻息の荒い真っ赤な顔の夫を宥めて、歩き出す。
すると噂を聞きつけたのか、ひょっこりとバーサが現れた。
「おめでとう!」
「やあ、バロウズ伯爵夫人!」
「ご機嫌ね、ママン」
「ああ、私の人生は薔薇色だよ!!」
「ねえ」
喜びに戦慄く夫を揶揄いつつ笑っていたバーサが、ふと私の顔を覗き込んだ。
そして、笑顔が慈愛に満ちた微笑みに変わる。
バーサが私の腕に触れ、囁いた。
「おめでとう」
彼女がなにを見破ったか、察した。
「どうしてわかったの?」
小声で尋ねる。
夫は数歩先を歩き、浮かれた独り言を撒き散らして興奮中だ。
「歩き方でね」
バーサが片目を瞑り、励ますように私を優しく叩いた。
そう。
私は、ふたりめを身籠っている。
午前中に宮廷お抱えの医師に診断してもらい、判明した。
夫には、夕方に顔を合わせたらすぐ報告するつもりだった。
そこへ娘と王子の縁組が舞い込んでしまったので、喜びが渋滞しているのだ。
「ありがとう、バーサ」
バーサは悪戯っぽい目で私の夫を一瞥し、また私に視線を戻して、夫婦の話し合いを促すように頷いて足早に去っていった。
私は、夫の背中に声をかけた。
「アルジャノン」
「なんだい? ヒラリー」
夫が幸せそうな顔で振り向くと、胸がじわりとあたたまり、いつものように私を幸せな気分にさせた。
「愛してるわ。聞いて」
薔薇色の人生はまた輝きを増し、どこまでも膨張していくみたいだ。
(終)
「ごめんなさいね、ヒラリー」
「いいえ、陛下。むしろ、私の親族が申し訳ありませんでした」
「あなたたち夫婦に悪影響がないよう、充分気をつけたつもりよ」
「はい、変わりなく過ごせています。ありがとうございます、陛下」
「まったく太々しい男ね」
バーサがいちばん怒っていた。
彼女は息子であるレジナルドに断りを入れ、ルーシャンを蹴ったらしい。
そしてレジナルドが、父親不在の中、ユーイン伯爵令息となった。
彼が立派な大人になるか、父親に似てしまうかは、私たちの教育とユーイン伯爵の本気にかかっている。養育権を義父に奪われた私の妹は、ますます肩身が狭くなったと言って、ついに実家に帰ったらしい。
一件落着、と思えた頃。
「ねえ、ヒラリー」
王妃が静かに、私を呼んだ。
「なんでしょう、陛下」
「あのね。素直な気持ちを聞かせて頂戴」
「はい」
なんだろう。
真剣な話にしては、王妃の瞳は期待で煌めいているように見える。
窓の外を優しく眺めてから、王妃は私の手の辺りを視界に収めた。伏目がちの表情が美しい。
「うちの子たちとフレデリカ、とても仲良しじゃない?」
「はい。お陰様で、よくして頂いております」
「それで、こちらの親としては……」
こちらの、親?
え?
待って。
これは、もしかして……
「上の子とあなたの娘さんを、許嫁に……と、望んでいるのだけど、どう思う?」
「スゥーーー……」
私は大きく息を吸って、そして吐いた。
「陛下」
「はい」
驚きすぎて、むしろ頭が冴えわたっている気がする。
「ありがたいお言葉です。殿下と娘は、たしかに仲睦まじく過ごしております。でも、まだ6才です。私も、親の決めた結婚が一度駄目になりました。あの愚かなルーシャン・バイアットのような事にはなるわけがないのですが、成長してどちらかの気が変わる事も充分考えられます」
「その通りよ。だけど、私も陛下と物心ついた頃には婚約していて、もちろん親の決めた事だったけれど、将来の夫が心待ちにしてくれていると知りながら過ごす子供時代はとても心強かったわ。それに、いざ結婚してみたら想像よりずっと素敵な夫だった。あの子たちを見ていると、きっと幸せになるって信じられるの」
「……それは、美しい未来です」
王妃は優しい微笑みで私を見つめ、そっと手を握った。
「フレデリカを縛る契約ではないわ。もし運命なら、それぞれ愛する人を見つけるでしょう。だけど、あの子たちなら、お互いを傷つけるような事はしないわよ」
「私が……決めて、答えるのは、どうなのでしょう?」
「ブルック侯爵には陛下が、そしてフレデリカにはうちの子が答えを求めています」
「え?」
王子が娘に?
「そっ、それは……可愛らしい求婚なのでは……?」
「そうよ」
王妃が目を細めて、嬉しそうに笑った。
そういう事なら、肩の荷が少し軽くなる。
親って大変だわ。
私を婚約させた時、その婚約を破棄された時、それで私を寄宿学校へ入れてくれた時、両親はどんな気持ちだっただろう。今の私のように、緊張とわずかな恐れと、溢れそうな期待が胸に渦巻いていたのだろうか。
「……」
美しい未来が、見えた。
「ヒラリー」
私は心が解け、あたたかい気持ちで王妃に微笑みを向けていた。
自分が喜んでいるのだと、じわじわと感じた。
「夫も、娘も、喜んでいると思います」
その日、国王陛下から同じ話を受けた夫が、貴族学校を終えた頃を見計らって私を待ち伏せしていた。
「ヒラリー!」
「聞いたわ。あなたは喜ぶと思った」
「ああ! なんてロマンチックなんだ! 人生は素晴らしいよ!!」
「薔薇色ね」
鼻息の荒い真っ赤な顔の夫を宥めて、歩き出す。
すると噂を聞きつけたのか、ひょっこりとバーサが現れた。
「おめでとう!」
「やあ、バロウズ伯爵夫人!」
「ご機嫌ね、ママン」
「ああ、私の人生は薔薇色だよ!!」
「ねえ」
喜びに戦慄く夫を揶揄いつつ笑っていたバーサが、ふと私の顔を覗き込んだ。
そして、笑顔が慈愛に満ちた微笑みに変わる。
バーサが私の腕に触れ、囁いた。
「おめでとう」
彼女がなにを見破ったか、察した。
「どうしてわかったの?」
小声で尋ねる。
夫は数歩先を歩き、浮かれた独り言を撒き散らして興奮中だ。
「歩き方でね」
バーサが片目を瞑り、励ますように私を優しく叩いた。
そう。
私は、ふたりめを身籠っている。
午前中に宮廷お抱えの医師に診断してもらい、判明した。
夫には、夕方に顔を合わせたらすぐ報告するつもりだった。
そこへ娘と王子の縁組が舞い込んでしまったので、喜びが渋滞しているのだ。
「ありがとう、バーサ」
バーサは悪戯っぽい目で私の夫を一瞥し、また私に視線を戻して、夫婦の話し合いを促すように頷いて足早に去っていった。
私は、夫の背中に声をかけた。
「アルジャノン」
「なんだい? ヒラリー」
夫が幸せそうな顔で振り向くと、胸がじわりとあたたまり、いつものように私を幸せな気分にさせた。
「愛してるわ。聞いて」
薔薇色の人生はまた輝きを増し、どこまでも膨張していくみたいだ。
(終)
201
あなたにおすすめの小説
実家に帰ったら平民の子供に家を乗っ取られていた!両親も言いなりで欲しい物を何でも買い与える。
佐藤 美奈
恋愛
リディア・ウィナードは上品で気高い公爵令嬢。現在16歳で学園で寮生活している。
そんな中、学園が夏休みに入り、久しぶりに生まれ育った故郷に帰ることに。リディアは尊敬する大好きな両親に会うのを楽しみにしていた。
しかし実家に帰ると家の様子がおかしい……?いつものように使用人達の出迎えがない。家に入ると正面に飾ってあったはずの大切な家族の肖像画がなくなっている。
不安な顔でリビングに入って行くと、知らない少女が高級なお菓子を行儀悪くガツガツ食べていた。
「私が好んで食べているスイーツをあんなに下品に……」
リディアの大好物でよく召し上がっているケーキにシュークリームにチョコレート。
幼く見えるので、おそらく年齢はリディアよりも少し年下だろう。驚いて思わず目を丸くしているとメイドに名前を呼ばれる。
平民に好き放題に家を引っかき回されて、遂にはリディアが変わり果てた姿で花と散る。
病弱を演じていた性悪な姉は、仮病が原因で大変なことになってしまうようです
柚木ゆず
ファンタジー
優秀で性格の良い妹と比較されるのが嫌で、比較をされなくなる上に心配をしてもらえるようになるから。大嫌いな妹を、召し使いのように扱き使えるから。一日中ゴロゴロできて、なんでも好きな物を買ってもらえるから。
ファデアリア男爵家の長女ジュリアはそんな理由で仮病を使い、可哀想な令嬢を演じて理想的な毎日を過ごしていました。
ですが、そんな幸せな日常は――。これまで彼女が吐いてきた嘘によって、一変してしまうことになるのでした。
妹のことが好き過ぎて婚約破棄をしたいそうですが、後悔しても知りませんよ?
カミツドリ
ファンタジー
侯爵令嬢のフリージアは婚約者である第四王子殿下のボルドーに、彼女の妹のことが好きになったという理由で婚約破棄をされてしまう。
フリージアは逆らうことが出来ずに受け入れる以外に、選択肢はなかった。ただし最後に、「後悔しないでくださいね?」という言葉だけを残して去って行く……。
聖女の魔力を失い国が崩壊。婚約破棄したら、彼と幼馴染が事故死した。
佐藤 美奈
恋愛
聖女のクロエ公爵令嬢はガブリエル王太子殿下と婚約していた。しかしガブリエルはマリアという幼馴染に夢中になり、隠れて密会していた。
二人が人目を避けて会っている事をクロエに知られてしまい、ガブリエルは謝罪して「マリアとは距離を置く」と約束してくれる。
クロエはその言葉を信じていましたが、実は二人はこっそり関係を続けていました。
その事をガブリエルに厳しく抗議するとあり得ない反論をされる。
「クロエとは婚約破棄して聖女の地位を剥奪する!そして僕は愛するマリアと結婚して彼女を聖女にする!」
「ガブリエル考え直してください。私が聖女を辞めればこの国は大変なことになります!」
「僕を騙すつもりか?」
「どういう事でしょう?」
「クロエには聖女の魔力なんて最初から無い。マリアが言っていた。それにマリアのことを随分といじめて嫌がらせをしているようだな」
「心から誓ってそんなことはしておりません!」
「黙れ!偽聖女が!」
クロエは婚約破棄されて聖女の地位を剥奪されました。ところが二人に天罰が下る。デート中にガブリエルとマリアは事故死したと知らせを受けます。
信頼していた婚約者に裏切られ、涙を流し悲痛な思いで身体を震わせるクロエは、急に頭痛がして倒れてしまう。
――目覚めたら一年前に戻っていた――
婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました
由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。
彼女は何も言わずにその場を去った。
――それが、王太子の終わりだった。
翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。
裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。
王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。
「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」
ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
異母妹に婚約者の王太子を奪われ追放されました。国の守護龍がついて来てくれました。
克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
「モドイド公爵家令嬢シャロン、不敬罪に婚約を破棄し追放刑とする」王太子は冷酷非情に言い放った。モドイド公爵家長女のシャロンは、半妹ジェスナに陥れられた。いや、家族全員に裏切られた。シャロンは先妻ロージーの子供だったが、ロージーはモドイド公爵の愛人だったイザベルに毒殺されていた。本当ならシャロンも殺されている所だったが、王家を乗っ取る心算だったモドイド公爵の手駒、道具として生かされていた。王太子だった第一王子ウイケルの婚約者にジェスナが、第二王子のエドワドにはシャロンが婚約者に選ばれていた。ウイケル王太子が毒殺されなければ、モドイド公爵の思い通りになっていた。だがウイケル王太子が毒殺されてしまった。どうしても王妃に成りたかったジェスナは、身体を張ってエドワドを籠絡し、エドワドにシャロンとの婚約を破棄させ、自分を婚約者に選ばせた。
聖女で美人の姉と妹に婚約者の王子と幼馴染をとられて婚約破棄「辛い」私だけが恋愛できず仲間外れの毎日
佐藤 美奈
恋愛
「好きな人ができたから別れたいんだ」
「相手はフローラお姉様ですよね?」
「その通りだ」
「わかりました。今までありがとう」
公爵令嬢アメリア・ヴァレンシュタインは婚約者のクロフォード・シュヴァインシュタイガー王子に呼び出されて婚約破棄を言い渡された。アメリアは全く感情が乱されることなく婚約破棄を受け入れた。
アメリアは婚約破棄されることを分かっていた。なので動揺することはなかったが心に悔しさだけが残る。
三姉妹の次女として生まれ内気でおとなしい性格のアメリアは、気が強く図々しい性格の聖女である姉のフローラと妹のエリザベスに婚約者と幼馴染をとられてしまう。
信頼していた婚約者と幼馴染は性格に問題のある姉と妹と肉体関係を持って、アメリアに冷たい態度をとるようになる。アメリアだけが恋愛できず仲間外れにされる辛い毎日を過ごすことになった――
閲覧注意
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる