婚約破棄したのはそっちよね? 今更泣いて縋っても無駄よ! あとお兄様がクソ。

百谷シカ

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5 お兄様がクソ

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 ひとしきり泣いて落ち着くと、私は唐突に気づいた。
 ロイエンタール侯爵家の衣装室は、素晴らしかった。

 整理整頓され、掃除が行き届いて、それでいて今日必要と思われるドレスや装飾品がきちんと陳列されている。ロイエンタール侯爵夫人や、宮廷に勤めているという侯爵令嬢、それだけではなく代々ロイエンタール侯爵家の女性が大切にしてきたものが、ここに保管されているようだった。

 洟をすすって立ちあがり、頬の涙を手の甲で拭いて、手の甲をドレスで拭いて、衣装室の中のものを汚さないように気をつけながら見て回る。

 それが失礼に当たるとか、そもそもここにいるべきではないとか、当たり前の事を考える余裕がないほど、ロイエンタール侯爵家の衣装室が素敵すぎて……


「……」


 修繕のための台も片付けられていて、色を塗られた小石が一定の規則性をもって端に並べられている。衣装係がこれに従って、きちんと予定を消化しているのだ。

 兄が酷い言葉で蔑み、イヴェットに唆されて持ち場を離れてしまったあの衣装係が、悪い人だとは思えない。

 私は大スキャンダルのきっかけを作ってしまった、恥晒しの傷物令嬢。
 でも、それを挽回できないとしても、衣装係を庇う事はできる。

 今一度、衣装室を見回した。

 素晴らしい衣装室だ。
 これだけ忠実に働いている彼女を悪者にしたり、追い出されたりするような結果になってはいけない。

 彼女が持ち場を離れたのは、私に責任がある。
 それだけは、はっきりさせなくては。


「……」


 決意とともに、私は頷いた。
 自分を励ますために。

 それにしても、イヴェットは私をここから出してくれるのだろうか。
 

「……、…………!」


 違う。
 私は、当たり前の事に、やっと気づいた。

 鍵を開けて、出ればいいのだ。
 別にイヴェットがこの衣装室の鍵を持っているわけではないのだから。


「あ、……でも」


 私がここを出て行ってしまったら、無人になる。
 これだけの美しい財産を抱える衣装室が、開け放たれる。


「ん。だめ」


 せめて衣装係が戻ってくるまでは、ここにいるべきだ。
 例えば、最悪、私がなにか盗んだとか、そういう疑いもかけられるかもしれないけれど、もう大恥を晒した後だし、裸になって無実を証明すれば済む。心配ない。

 取り返しがつかないのは、大切な昼食会で婚約者に婚約を破棄され、人前で泣いて、名前も知れ渡って、私を棄てた元婚約者が今も被害を拡大し続けているであろうという事。 


「……っ」


 泣けてくる。
 最悪だ。

 と我が身を嘆いた、そのとき。


 ──バ ン ッ !!


「!?」


 扉が、恐ろしい音を立てて揺れた。
 私は我が身を抱きしめ、扉に釘付けになった。


「クソ! お前のせいだぞ、ルシア! 婚約を破棄された! !! これがどういう事かわかるか!? 一生の汚点だ!! どうしてくれるんだ!! お前が! 恥を! 晒したからだ!! 鍵を開けろ! 出て来い!! 殺してやるからな、ルシアッ!!」

「……!?」


 兄は、叫びながら扉を叩き続ける。
 ぞっとした。とても正気とは思えない。


「ルシアーーーッ!!」


 今、出て行ったら、殺される。
 馬鹿げているかもしれないけれど、本気で恐くなった。

 あと、兄が扉に傷でもつけていたら、それこそ大問題だ。
 だけど私は、扉を守るために命を差し出す勇気は持ち合わせていなかった。

 兄は扉を叩き、ガタガタと揺すり、叫び続けている。

 しゃがみ込み、耳を塞いで、震えて、泣いた。
 もう終わりだ。

 なにもかも、終わり……
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