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3 切り裂かれるもの

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 私は父の眼前でその書状を真っ二つに破り捨てた。


「ぬううぅぅぅっ」

「お父様。貴族の求婚はお断り致しますと申し上げていますでしょう?」

「くっ」


 泣いている。
 今日も、父は悔し泣きに忙しい。


「ナディア……お前は、美人だぁ」

「ええ。お母様似で」


 オロオロしている母に手を振る。
 父は袖で涙を拭いて、私を睨んだ。

 恒例の睨めっこね。


「結婚は、致しません」

「まったく頑固な……」

「ええ。お父様似で」

「それもこれも、あの、ラウロなんだな……っ」


 また泣き崩れる。
 威厳もなにもあったものではない。


「そのラウロが作った燻製肉入りのスープを美味しそうに召し上がっているくせに」

「美味い」

「ええ、とてもね」

「だがラウロは出て行くかもしれんのだよ」

「え?」


 私は手を止め、ナプキンで口を拭った。


「では、私も家出の準備を」

「そうではない。追い出すものか。聞いてくれナディア」

「はい?」

「王権が変わりそうなんだ。こっちは平和だが、王都は戦場と化した」


 なんですって?
 
 え、では……ラウロを戦場に送り出すという事? 死……


「違う違う違う。そんな恐い顔をしないでおくれ」

「じゃあ、なんだと言うのです」

「私からお話するわ」

「お母様」


 オロオロしていた母が、父にハンカチを渡した。
 そして母から語られた真実を、私は息をするのも忘れて聞き入る事となった。


「今の国王エルマンノ様が、従兄弟である前王オリンド様を倒して王座についたのは知っているわね。今、亡きオリンド様の弟であられるクレシェンツィオ様が軍を率いて王権を取り戻そうとしておられるのよ。クレシェンツィオ様は前の戦争の際、側近の騎士ウーゴに庇われて生き延びたの。ウーゴは前王オリンド様の姫君システィーナ様と愛し合っていたわ。オリンド様が倒されたとき、システィーナ様のお腹には新しい命が宿っていた。システィーナ様の侍女になりたてだった私は、当時猛烈に求婚してくださっていたあなたのお父様にお願いして、ここに匿っていただいたの。システィーナ様はお産で亡くなり、でも元気な男の子が産まれた。それがラウロなのよ」

「……」


 情報の処理が追いつかない。
 私をびっくりさせたかったのであれば、成功だ。


「お父様は、もしあなたがラウロと結ばれた後で出自が明るみに出れば、妻となったあなたまでエルマンノ様に殺されてしまうと心配なさっていたの。あなたが前王オリンド様の血を引く男の子を産めば、またひとり、自分より正当な王位継承者になってしまうからね」

「え……では、ラウロは王太子殿下という事?」

「そうだ。クレシェンツィオ様が王権を握れば命の保証はされるが、傍に置きたがるに違いない。誰よりも信頼していた側近と自分の姪の間に産まれた男児だからな。兄弟仲もよかったし」


 父が涙を拭き、昔を懐かしむ目で遠くを眺めた。


「嘘……」


 ラウロは、私の幼馴染で、レンティス伯爵家のコックなのに。
 ずっと一緒に生きてきたのに。


「お前が傷つかないように、さっさと嫁に出してしまいたかったのに……花嫁の世話ばかりして……あと、恐ろしく頑固で……!」 


 また父が泣き出した。
 私は深い溜息をつき、スープを啜った。

 泣きたいのは、私のほうだ。
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