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5 一度きりの人生

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「おかえりなさい……」

 
 馬車から荷物を下ろしている間に駆けていくと、ラウロは少しだけ上質な服を着て静かに指示を出していた。充分に面影があって、でも少しだけ洗練された雰囲気を纏っている。


「お嬢様」


 私を見おろして、ラウロが微笑む。
 
 今、ふたりきりではないから。
 だから、お嬢様と呼ぶのだ。

 不安で泣いてしまいそうだった。
 彼が帰ってきたのか、寄っただけなのか、わからない。もしかして我が家に今生の別れを告げにわざわざ訪れたのかもしれない。

 ラウロは、王族なのだ。


「おか……ようこそ、ラウロ様」

「!」


 父の言葉に、私はびくりと肩を竦めた。
 ラウロは驚いた表情で首を振った。


「やめてください、旦那様」

「やややっ、やめてくださいラウロ様!」

「いやいや、旦那様。聞いてください」

「ラウロ様、またお会いできて感激ですッ。ですが、どうか……もう」


 言葉通りの感激と困惑であたふたしている父を、私は今までとは違った気持ちで見つめていた。私とラウロの仲を頑として認めなかったのは、私を守るため。今も私の気持ちをかき乱すラウロから、私を守ろうとしている。
 私は父の腕にそっと手を添えた。


「大丈夫よ、お父様」

「おかしいな。書状が届いていませんか? 先に着いたのかもしれません。旦那様。大叔父の国王は、俺を帰したんです。本当です」

「──!?」


 息を呑んだ。
 そんな……そんな嬉しい事があるだろうか。


「え……素行不良で?」

「お父様!」


 添えたはずの手でばしんと腕を叩いてしまった。
 だって、余計な口を挟むから。


「いやぁ、たしかに俺から言いましたけどね。俺は料理しかできないし、国の政治はわからないし、なによりレンティス伯爵家で使用人として大事に育ててもらって幸せでしたって」

「ラウロ……」

「今まで通り暮らしたい。一生レンティス伯爵家で暮らしたいって」

「私が殺される……」


 父は青くなっている。
 私は改めて父の腕を擦った。


「いや、旦那様それはありません。だってほら、こんなに土産を持たされて帰ってきたんですから。……えっ!? い、いけませんでした!? 俺もう、お払い箱……!?」


 ついにラウロまで青くなりだした。
 私はラウロに手を伸ばし、父の袖を引いた。


「いいえ、そんな事ない。帰ってきてくれて嬉しいわ。そうでしょう、お父様?」

「あー……」

「お父様!」

「嬉しい」


 父が頷いた。


「終わりました! ではこれにて!」


 御者が荷物を下ろし終わり、挨拶して返っていくのを3人で見送る。
 残されたのはラウロが土産と言った荷物の山と、先王の孫息子であるラウロ。そしてラウロに恋焦がれる私と、かつて姫を匿った伯爵。

 ラウロが、帰ってきたという事で、いいのだろうか。
 本当に?


「実は」


 ラウロが再び口火を切った。


「戦争中に俺が匿われていたように、大叔父には息子がいるんです」

「え? そ、そうだったのか?」

「はい、旦那様。王太子らしい教育も受けた立派な青年でした。俺にも友好的でしたが、俺に政治や戦争ができないのは誰もがわかっていたし、俺も王位継承なんて無理です。だから、長い間ずっと王家に忠実だったレンティス伯爵家に、お礼の意味も込めて俺が引き続き仕えるという形で話がまとまりました」

「いけません!」


 父が叫び、私の手をふり解いた。


「システィーナ姫の御子息を、そうとわかっていながら使用人として雇うなどできません!」

「旦那様」

「おやめください! そのような呼び方は二度となさってはいけません!!」

「旦那様、俺は、全部を放棄してきたわけじゃないんです」


 ラウロはどこか達観したような穏やかさで父を宥めた。
 そして胸を震わせて息を吸い込む。


「何不自由なく育ててもらって、なによりここは安全でした。でも、ひとつだけどうしても足りない物がありました。だけどそれを持っていると知りました」

 
 ちらりとラウロの眼差しが私を捉えた。


「一度きりの人生を愛する人の傍で生きていきたい。俺はお嬢様と……ナディアと生きたいんです。俺はレンティス伯爵家のコックで、ナディアのラウロです。俺は相応しいですよね? 俺を、婿にしてもらえませんか?」
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