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4 そして決意を

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「うぅ~ん。でも、ちょっと気にしすぎじゃありませんこと?」


 ナマズのフライをざっくりと刻み、ウィルモット侯爵夫人が言った。


「私の伯父は釣りが好きすぎて、ある時ナマズと泳ぎたいって言って川に飛び込んで、その3日後に天に召されたわ。天使のような笑顔でね」

「え?」


 姉が驚いている。
 姉以外、あまり、それどころではない。


「だけど私は釣りをする人を微笑ましく眺めていられるし、ナマズも大好き。美味しいし、いつでもどこでも釣って食べられるしね」

「おいくつだったの?」


 姉が尋ねた。


「98才と7ヶ月」

「それは幸せな人生ね」


 姉は納得した。


「お前以外は本当にナイーブな一家だよな」

「だから、あなたと、結婚、したの」


 姉は夫婦喧嘩を始めた。
 愛する人と結婚できて、姉は幸せだ。


「アッハッハッハ!」

「私に決闘を申し込みたいって言うなら、いつでも受けて立つけど」

「じゃあ誰がいちばん釣れるか勝負しようぜ」

「ヒルダ。あんまり落ち込んじゃ駄目よ」


 ウィルモット侯爵夫人が私に優しい目を向ける。


「旅先でのロマンチックな恋。素敵な事だわ」

「……」

「思い出になる」


 私は、思い出にしたいわけではない。
 姉のように、一生を共にしたい。


「……でも、確かに、失礼だったわ」


 母が口を開いた。


「彼のせいではないのだし。名前も間違えてしまったし。顔を理由に、頭ごなしに否定するなんて」

「お母様。お母様は自分の分身を人質に取られていたのよ?」

「それをしたのは、彼じゃないわ」


 私はむっとして姉に言った。
 姉もむっと私を睨んだ。


「でも、あの顔は、変人よ」

「綺麗な顔だったがねぇ」


 ウィルモット侯爵があっけらかんと言い放った。


「でも、つい何日か前に会った奴だろ? 落ち着けよ。気が早すぎ」

「……」


 貴族学校で一時期を共に過ごした事があるため、ジュードは姉との婚約結婚以前から私を妹扱いしている。容赦がない。

 父が呻った。


「まるで呪いだ。我が家の大切な女性は、なぜかあの一族の男に目をつけられる」

「お父様! そんな言い方……!」

「まあまあ、落ち着いて。アリスもヒルダも、エメも、大勢に目をつけられているわ。こんなに美しいんですもの。女の勲章よ。呪いじゃなくて、祝福。喜んじゃいなさいって」


 ウィルモット侯爵夫人が明るく言えば言うほど、父の顔が険しくなり、母の顔が切なくなり、姉の顔が……むっとしていく。
 たぶん私もむっとしている。

 わかっている。
 父は、頑固だ。父は許してくれない。


「……」


 私は決意した。

 愛に生きる、と。
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