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3 引き裂かれる愛

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「な……ッ!!」


 彼の顔を見た途端、父が目を剥いた。


「え? お父様?」

「……」


 私も彼も戸惑って、宿の食堂で席にもつかず立ち尽くしてしまう。


「!」


 母がグラスを倒した。


「お母様! ……いったいなんなの?」


 姉がグラスを直して、母に小声で尋ねる。
 父の顔は見る見るうちに険しいものに変わった。


「すまないが、これ以上、娘に関わらないで頂きたい」

「あ……僕は失礼を働いたつもりはないのですが、お気に障ったのでしたら、申し訳ありません」

「どういう事なの? お父様?」


 と、私が尋ねた瞬間。


「ええっ!?」


 母の耳打ちを受けた姉が叫んだ。
 ジュードの顔が険しくなる。
 ちなみに、ジュードの両親も同席している。

 針の筵だ。


「……ヒルダ、彼は駄目よ」

「え?」


 珍しく姉まで蒼褪めている。
 母はもう、顔面蒼白。


「……」


 彼はまだ、自分から名乗ってさえいない。
 挨拶もまだなのに、顔を見ただけでこんな扱い、酷すぎる。


「いったいどうしたの? 彼に失礼だわ」

「ヒルダ」


 父が重々しく私の名を呼んだ。


「その青年の人格や職業が問題ではないのだよ」

「え?」


 私は彼の手を握って背中に庇った。


「どういう事?」

「顔だ」

「……え?」


 聞い間違いかと思った。
 けれど違った。

 父は厳しい表情のまま、ゆっくりと訳を話した。


「昔、お前の母が若かりし頃──美しい令嬢エメ(母)・ジェルヴェーズに求婚し、そしてその婚約を破棄した男がいた」

「……」


 まさか。


「その方に……似てるって言うの?」

「瓜二つだ」

「!」


 私の背後で彼が息を呑んだ。


「だからなんだと言うの? 彼は見ての通り、私とそう変わらない年なのよ? 他人の空似でしょう?」

「クリフォードといったね。君、ポーツァル侯爵クリスティアン・マントイフェル卿とは所縁があるのかい?」


 父は私に答えず、私の背後に立ち尽くす彼に尋ねた。
 彼は答えた。


「縁故者です」

「?」


 思いきり振り向き、私の髪が彼の頬を叩いた。


「ほう。どういう? まさか息子じゃないだろうね?」

「父の従兄です。祖父の、兄の子という事になります」

「……!」


 母が胸を押さえ、前のめりになり、眉を顰める。
 

「……だから、なんなの? 彼は関係ないでしょう?」

「彼は画家だ」

「ええ。芸術を愛してはいけないの? 素晴らしい事じゃない!」

「ポーツァル侯爵は石像しか愛さない変人なのよ!!」


 姉が叫んだ。


「あなたは見た事がないけど、お母様の石像もあったの。それを長年愛でて、お父様に引渡す時には泣いたって言うのよ? もうゾッとしたわ。女神みたいに美しかったけど私にも似てたし!」

「ごめんなさい、。あなたのせいではないのに」


 母が息も絶え絶え彼に詫びた。


「彼はよ!!」


 私は叫んでいた。
 悔しかった。

 それに、怒っていた。

 掴んだ手を強く引いて立ち去ろうとした私を、彼が止める。


「ヒルダ。いいんだ」

「……クリフォード」


 彼は悲しい微笑みを浮かべ、私の手を、優しく撫でた。


「あの人は確かに変人だし、実際、僕はよく似ている。祖父は双子だからね。男はみんな同じ顔だ。それで、君の御両親に過去あの人が迷惑をかけたなら、僕は引き下がるべきだと思うよ」

「そんな……!」


 彼は心を込めて、私の手を強く握った。
 そして潤む瞳で私を見つめ、囁いた。


「元気で」


 彼は去った。
 私はその背中をずっと目で追いながら、大粒の涙を流していた。
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