3 / 9
3 引き裂かれる愛
しおりを挟む
「な……ッ!!」
彼の顔を見た途端、父が目を剥いた。
「え? お父様?」
「……」
私も彼も戸惑って、宿の食堂で席にもつかず立ち尽くしてしまう。
「!」
母がグラスを倒した。
「お母様! ……いったいなんなの?」
姉がグラスを直して、母に小声で尋ねる。
父の顔は見る見るうちに険しいものに変わった。
「すまないが、これ以上、娘に関わらないで頂きたい」
「あ……僕は失礼を働いたつもりはないのですが、お気に障ったのでしたら、申し訳ありません」
「どういう事なの? お父様?」
と、私が尋ねた瞬間。
「ええっ!?」
母の耳打ちを受けた姉が叫んだ。
ジュードの顔が険しくなる。
ちなみに、ジュードの両親も同席している。
針の筵だ。
「……ヒルダ、彼は駄目よ」
「え?」
珍しく姉まで蒼褪めている。
母はもう、顔面蒼白。
「……」
彼はまだ、自分から名乗ってさえいない。
挨拶もまだなのに、顔を見ただけでこんな扱い、酷すぎる。
「いったいどうしたの? 彼に失礼だわ」
「ヒルダ」
父が重々しく私の名を呼んだ。
「その青年の人格や職業が問題ではないのだよ」
「え?」
私は彼の手を握って背中に庇った。
「どういう事?」
「顔だ」
「……え?」
聞い間違いかと思った。
けれど違った。
父は厳しい表情のまま、ゆっくりと訳を話した。
「昔、お前の母が若かりし頃──美しい令嬢エメ・ジェルヴェーズに求婚し、そしてその婚約を破棄した男がいた」
「……」
まさか。
「その方に……似てるって言うの?」
「瓜二つだ」
「!」
私の背後で彼が息を呑んだ。
「だからなんだと言うの? 彼は見ての通り、私とそう変わらない年なのよ? 他人の空似でしょう?」
「クリフォードといったね。君、ポーツァル侯爵クリスティアン・マントイフェル卿とは所縁があるのかい?」
父は私に答えず、私の背後に立ち尽くす彼に尋ねた。
彼は答えた。
「縁故者です」
「?」
思いきり振り向き、私の髪が彼の頬を叩いた。
「ほう。どういう? まさか息子じゃないだろうね?」
「父の従兄です。祖父の、兄の子という事になります」
「……!」
母が胸を押さえ、前のめりになり、眉を顰める。
「……だから、なんなの? 彼は関係ないでしょう?」
「彼は画家だ」
「ええ。芸術を愛してはいけないの? 素晴らしい事じゃない!」
「ポーツァル侯爵は石像しか愛さない変人なのよ!!」
姉が叫んだ。
「あなたは見た事がないけど、お母様の石像もあったの。それを長年愛でて、お父様に引渡す時には泣いたって言うのよ? もうゾッとしたわ。女神みたいに美しかったけど私にも似てたし!」
「ごめんなさい、クリスティアン。あなたのせいではないのに」
母が息も絶え絶え彼に詫びた。
「彼はクリフォードよ!!」
私は叫んでいた。
悔しかった。
それに、怒っていた。
掴んだ手を強く引いて立ち去ろうとした私を、彼が止める。
「ヒルダ。いいんだ」
「……クリフォード」
彼は悲しい微笑みを浮かべ、私の手を、優しく撫でた。
「あの人は確かに変人だし、実際、僕はよく似ている。祖父は双子だからね。男はみんな同じ顔だ。それで、君の御両親に過去あの人が迷惑をかけたなら、僕は引き下がるべきだと思うよ」
「そんな……!」
彼は心を込めて、私の手を強く握った。
そして潤む瞳で私を見つめ、囁いた。
「元気で」
彼は去った。
私はその背中をずっと目で追いながら、大粒の涙を流していた。
彼の顔を見た途端、父が目を剥いた。
「え? お父様?」
「……」
私も彼も戸惑って、宿の食堂で席にもつかず立ち尽くしてしまう。
「!」
母がグラスを倒した。
「お母様! ……いったいなんなの?」
姉がグラスを直して、母に小声で尋ねる。
父の顔は見る見るうちに険しいものに変わった。
「すまないが、これ以上、娘に関わらないで頂きたい」
「あ……僕は失礼を働いたつもりはないのですが、お気に障ったのでしたら、申し訳ありません」
「どういう事なの? お父様?」
と、私が尋ねた瞬間。
「ええっ!?」
母の耳打ちを受けた姉が叫んだ。
ジュードの顔が険しくなる。
ちなみに、ジュードの両親も同席している。
針の筵だ。
「……ヒルダ、彼は駄目よ」
「え?」
珍しく姉まで蒼褪めている。
母はもう、顔面蒼白。
「……」
彼はまだ、自分から名乗ってさえいない。
挨拶もまだなのに、顔を見ただけでこんな扱い、酷すぎる。
「いったいどうしたの? 彼に失礼だわ」
「ヒルダ」
父が重々しく私の名を呼んだ。
「その青年の人格や職業が問題ではないのだよ」
「え?」
私は彼の手を握って背中に庇った。
「どういう事?」
「顔だ」
「……え?」
聞い間違いかと思った。
けれど違った。
父は厳しい表情のまま、ゆっくりと訳を話した。
「昔、お前の母が若かりし頃──美しい令嬢エメ・ジェルヴェーズに求婚し、そしてその婚約を破棄した男がいた」
「……」
まさか。
「その方に……似てるって言うの?」
「瓜二つだ」
「!」
私の背後で彼が息を呑んだ。
「だからなんだと言うの? 彼は見ての通り、私とそう変わらない年なのよ? 他人の空似でしょう?」
「クリフォードといったね。君、ポーツァル侯爵クリスティアン・マントイフェル卿とは所縁があるのかい?」
父は私に答えず、私の背後に立ち尽くす彼に尋ねた。
彼は答えた。
「縁故者です」
「?」
思いきり振り向き、私の髪が彼の頬を叩いた。
「ほう。どういう? まさか息子じゃないだろうね?」
「父の従兄です。祖父の、兄の子という事になります」
「……!」
母が胸を押さえ、前のめりになり、眉を顰める。
「……だから、なんなの? 彼は関係ないでしょう?」
「彼は画家だ」
「ええ。芸術を愛してはいけないの? 素晴らしい事じゃない!」
「ポーツァル侯爵は石像しか愛さない変人なのよ!!」
姉が叫んだ。
「あなたは見た事がないけど、お母様の石像もあったの。それを長年愛でて、お父様に引渡す時には泣いたって言うのよ? もうゾッとしたわ。女神みたいに美しかったけど私にも似てたし!」
「ごめんなさい、クリスティアン。あなたのせいではないのに」
母が息も絶え絶え彼に詫びた。
「彼はクリフォードよ!!」
私は叫んでいた。
悔しかった。
それに、怒っていた。
掴んだ手を強く引いて立ち去ろうとした私を、彼が止める。
「ヒルダ。いいんだ」
「……クリフォード」
彼は悲しい微笑みを浮かべ、私の手を、優しく撫でた。
「あの人は確かに変人だし、実際、僕はよく似ている。祖父は双子だからね。男はみんな同じ顔だ。それで、君の御両親に過去あの人が迷惑をかけたなら、僕は引き下がるべきだと思うよ」
「そんな……!」
彼は心を込めて、私の手を強く握った。
そして潤む瞳で私を見つめ、囁いた。
「元気で」
彼は去った。
私はその背中をずっと目で追いながら、大粒の涙を流していた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
159
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる