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07 優しいお爺さん

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「どうしたんだい、フレヤ。寂しそうな顔して」

「……っ」


 午後のお茶にやってきたお爺さんが、そんな事を言うから、耐えていたものがワッと溢れて私は泣き崩れた。お爺さんはおろおろしながら私を椅子に座らせて、その前に両膝をついた。


「何か悲しい事があったんだね。話してごらん」

「うぅ、ぐっ、ひぐッ」


 私は泣きながらフィリップ王子がいけしゃあしゃあとやって来た件を話した。
 言いながら、悲しさと悔しさと情けなさがどんどん昂って、更に泣いた。


「うああぁぁぁっ」

「おお、よしよし。辛かったね」

「私が馬鹿だったのよ……ッ、あんなクソ野郎だったなんて……!」

「フレヤは馬鹿なんかじゃない。賢い、イイコだよ」

「嘘よぉッ! だって愛してたものッ!」


 その感情を認めてしまったら、また次の波がこみ上げてきた。


「愛してたんだわ……ッ、あの人が、う、裏切るなんて、思ってなかったし……っ、立派な次期国王だって……ッ、誇りにッ、おもッ、え、えぐっ」

「若者は時に道を踏み外すものだ。王子は、大事なものを失った。いいかい、フレヤ。お前さんが泣かなくていいんだよ。悪いのも、可哀相なのも、その男のほうなんだから」

「うああぁぁぁっ」


 あれやこれやと言葉を変えて、お爺さんは辛抱強く私を慰めてくれる。


「だって、わだッ、私……婚約してたのよ……っ?」

「当然だ。フレヤは素敵な女性だから、きちんと相手が決まっているのが正しい事なんだよ」

「棄てられたわ……ッ!」

「形の上ではそうかもしれないが、王子には、フレヤの素晴らしさがわからなかったんだ。相応しくないのはフレヤじゃなく、王子のほうだったんだよ」

「お爺さん……ッ」


 おいおいと泣いて、泣いて、泣いて。
 思う存分吐き出したら、涙は自然と収まってくる。

 だんだん理性が戻ってくると、恥ずかしくなってきた。
 でも、目の前に膝をついてずっと優しく見守ってくれたお爺さんの顔を見ていると、恥ずかしさも消えてしまった。
 
 お爺さんは、私を受け止めてくれる。
 今日も、受け止めてくれた。


「……っく、……っ」

「フレヤ、お茶を淹れてあげようね。うんと甘くしてあげよう」

「ありがとう……」


 お爺さんがやかんを火にかける。
 私は涙を拭いて、洟をかんで、呼吸を整えて待った。
 
 やがて紅茶のいい香りが漂って、テーブルにミルクティーが並んだ。
 いつものようにお爺さんと向かい合って、お茶を飲む。


「……ごめんなさい、取り乱したりして」

「なに。いいさ。いくらでも聞いてあげるから、我慢せずに言うんだよ」

「うん。お爺さん、ありがとう」


 ナッツを摘まむと、ポリッといい音がした。
 お爺さんが小さいナッツを口に入れて、もごもごと食べているのが可愛い。
 つい微笑んでしまう。
 お爺さんも、目尻を下げて微笑んでくれた。


「私、男はもう懲り懲りだわ」

「駄目だ。こんな美人がひとりでいるなんて勿体ない」

「だって好きになれないもの。調子よくて、馬鹿で、傲慢で、薄情で」

「そうじゃない男もいる。永遠に愛してくれる男が」

「嫌いよ」

「おやおや」


 ツンと拗ねて見せても、お爺さんはほくほくと微笑んだままだ。

 
「……」


 私も、奢り高ぶっていたのだと悟る。
 国の為、王子の傍で、多くの民を守ってきた。だから、たったひとりと向き合う事がなかったのかもしれない。

 もし、お爺さんだったら……

 そんな事を考えて、悲しくなった。
 もしもを考えても仕方ない。私は村娘ではなく聖女として生まれた。

 でももし、お爺さんのような男性と出会えていたら……


「どうしたんだい?」

「ううん。なんでもない」


 優しい時間に水は差したくない。
 こうして、お爺さんとの穏やかな時間が過ぎていった。
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