あなたと妹がキモ……恐いので、婚約破棄でOKです。あ、あと慰謝料ください。

百谷シカ

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9 幼馴染を啄んで、擽る(※リシャール視点)

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 クラクラした。
 だいたい、あのけしからん帽子はなんなんだ。可愛いにも程がある。

 どうも頭に血が回らない。
 
 ルイゾンの頬が薔薇色に染まり、潤む瞳でじっと見あげてきた、あの顔。
 俺は、悪魔に魂を売り渡す奴の気持ちがわかった。

 死んでもいい。

 腕に抱く小さな体が、柔らかくて、愛おしくて、もうここで分別も地位も名誉もすべてぶち壊したくなる。だが、もちろんそんな事はしない。ここで作るべき既成事実は、悲劇の欠片もあってはならないのだ。


「リシャール……あなた……」


 俺の腕と胸元の、忙しない手の往来。
 枝を振り回し俺をぶん殴っていた、あのおてんばなルイゾンが、今ではこんな可憐な令嬢になっていたのが悪い。そして嬉しい。

 が、ルイゾンはルイゾンだった。
 ふいに俺の胸倉を掴み、薔薇色の頬のまま、強い眼差しで俺を射抜いた。


「私と探検したいの? それとも戦争?」

「……言い得て妙だ」


 可愛い挑発に、ふと思いを巡らす。

 探検か?
 もちろん、したいとも。ルイゾンと一緒にどこかを荒らし回ってもいい。それにもちろん、鍵をかけて、ルイゾンの秘密をひとつひとつ暴く宝さがしをしたっていい。当然ながら、書面で同意を明らかにしてからの話だ。すなわち、結婚。

 戦争は、それからがいいだろう。
 互いの弱みに付け込み、醜態を晒し、勝者が敗者を組み敷く。降伏しなければ降伏したくなるまで責め立て、甘やかしてやるだけだ。飴と鞭。そして時には、下克上も乙なもの。


「あ、あなたと、もし、おかしな噂が立ったら……」

「困るのか?」

「困るでしょう!? 私、婚約を解消したばかりよ!? あの悍ましい兄妹に付け込まれるわ!」

「握りつぶす」

「……」


 ルイゾンの顔が、一瞬、完璧な理性を纏った。


「ま、そうよね」

「ああ。向こうの命を握っているのは俺だ」


 くそ。
 慌てたような火照る顔が、超絶可愛かったのに。

 見つめながらほつれ毛を耳にかけてやると、ルイゾンはすぐに真っ赤になって目を逸らした。

 来た来た来た来た。
 さっき冬のリスの話で嫌なら逃げろと示唆したのに、こうして腕の中で色めき立っているのだから、この状況で俺を嫌いという事はまずないだろう。

 もう、俺でいい。
 俺でいいんだ、ルイゾン。


「そして」


 深く、その美しい瞳を、抉るように覗き込む。


「俺の命を握っているのは、君だ」

「な……なに、を……っ」


 戸惑いながら期待しているような、それを隠そうとするような、往生際の悪い憎まれ口を塞いだ。ルイゾンの唇は、何年も、何度も繰り返し想像していたよりずっと、柔らかかった。

 ルイゾンが腕の中で硬直する。

 本当の秘密は、この計略だ。
 もう逃げないように、離れていかないように、脇目をふらせないように。
 
 俺に繋ぎとめたい。


「ルイゾン? これが過ちなら、俺と悪い事をしよう」

「……」

「この窓は往来から見えるんだ。後始末を、どうつける?」


 耳元に囁くと、ルイゾンの手がぎゅっと俺の衣服を掴んだ。
 それからむくりと首を擡げ、瞬きをしながら、愛らしい瞳で俺を見あげ、口をパクパクする。愛してるわリシャール愛してるわリシャール……と脳内で声を当ててみるが、しっくりこない。でも……。

 でも。

 ああ……大丈夫そうな気配がする……。
 潤んだ瞳で、憑りつかれたように俺を見つめている。


「なんて……けしからん大人になってしまったの?」

「恋煩いとはそういうものだ」

「リシャール」

「君は俺に手紙を書いた。だから俺は来いと言った」

「書いたのよ……」

「ああ、そうだったね。さあ裁け。俺の命は君に預けた」

「あなた」


 愛らしい瞳が、ふと澄み渡る。


「本当に私が好きなのね」


 喜びが、胸を破った。


「ああ。君は鈍い……っ」


 ルイゾンが両手で俺の頬を挟み、なにかを確かめている。
 その表情がわずかに悲しみを帯びているのに気付き、ぞくりとした。

 駄目なのか?
 もう少し踏み込んだ形の既成事実が必要か?

 だが不安は杞憂に終わった。


「12年前に言ってよ。あなた、寄宿学校に入っちゃったじゃない」


 くしゃりと表情を崩す。


「俺を、想ってくれていた……?」

「そうじゃないけど」


 くそ。


「大切な幼馴染だった。あなたが遠くへ行ってしまったから、いなくなってしまったと思うしかなかったのよ。もしずっと一緒に過ごしていたら……私たち、もっと早く……」


 よし、いいぞ。
 ルイゾン、その調子で頼む。頼む。頼む。

 今からでいい。
 俺を死ぬほど好きになれ。

 愛してくれ。


「でも、どうしたらいいの?」

「え?」


 ルイゾンは外側から俺の腕を掴み、不安そうに窓の外へ目を落とした。


「こんな……まるで後ろ暗い関係みたいに、こっそり会って、愛しあうなんて」

「────」


 愛しあう?

 愛しあう。

 ……愛しあうと、ルイゾンは言った。


「君が誰の唇を知っていようと──」


 もう俺だけなんだと伝えるように、後頭部を手で抑え、深く唇を重ねる。
 細い腰を掻き抱いて、深く深く、何度も舌をねじ込み、絡め合い、啄む。

 そして息継ぎの瞬間。
 濡れた唇で、ルイゾンが恥じらうように笑った。


「あなただけよ」

「……え?」

「あなただけなの。キスも、抱きしめられた事もない」

「……」


 あの忌々しい兄妹が脳裏に過る。
 なるほど。あの男は、本当に妹にしか興味がないのか。

 悍ましい変態の重罪人でよかった。


「初めてがあなたでよかった」

「────」


 リスめ。

 何発とどめを刺せば気が済むんだ。
 好きだ。

 愛してる。ルイゾン。


「えっ? あっ、ちょっ……なにっ!?」


 ルイゾンが身を捩って逃げようとするのを、執拗に追いかける。


「リシャール!?」

「ああ、そうだ。なにか足りないと思っていた。君の笑った顔が見たかったんだ」

 
 10本の指を余すところなく駆使して、


「やっ、……きゃっ」


 脇腹を擽る。
 そうして窓辺から、徐々に離れていく。


「きゃはっ! ちょっと! リシャールってば、やめてッ!」

「苦労が続いて笑ってないだろう? ほら、笑え。笑い給え。俺は人を笑わせる才能がないんだ」

「良心もないわよ! あっ、ヒャハッ! んっ」

 
 ギラリと好戦的な火が宿るのを見た。


「こうしてやるわ!」

「おっ」


 反撃してきた細く可愛い10本の指が、俺のベストの下に滑り込み、シャツ越しに脇腹を擽ってくる。

 ……擽ったいか?
 
 いいや?


「どう? リシャ──っ」


 暗がりで抱きしめ、また唇を奪う。
 もう誰にも見せない。見せてやるものか。

 静けさがすとんと落ちて来た。

 忽ち笑いは影を潜め、細い腕が俺の背に回った。


「婚前交渉は不利になるから、あと100回キスをしよう」

「正気に戻ってよ」


 そう囁くと、ルイゾンは濡れた赤い唇から、ちろりと舌を覗かせた。

 ……ように見えた。
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