5 / 17
5 頼もしい友達
しおりを挟む
フローレンスは私の前をほどよい速度で歩いていく。特に話しかけられるわけでもなく、私からなんてとても話しかけられず、終始無言。
部屋に入って、彼女はくるりとふり向き、眉を顰めた。私は不安と緊張で、涙をやっと堪えているという状態だった。
「どうしたの?」
「……っ」
彼女は眉を顰めたまま私をじっと見つめ、次にこう言った。
「ゼント卿が意地悪を?」
「!」
慌てて首を振る。
「ちっ、違います!」
さっそく彼に迷惑をかけるなんて、以ての外だ。
弁解する必要があった。
「私ものすごく分不相応な事をしてしまっていると思って。舞踏会は、あなたのような人やゼント卿の周りにいるような人の出るものであって、私のようななにもない人間の出ていいものではないって……っ」
言いながら涙が零れてしまい、手で拭う。
そして再び彼女の顔を見て、唇を噛んだ。
さっき眉を顰めるだけだったフローレンスは明らかに怒っていた。
「なぜそんなに卑屈なの?」
「……!」
恐い。
私は反射的に目を瞑って肩を竦めた。
恥ずかしくて、惨めで。
そしてそれは、とても馴染み深い感覚だった。
「なぜそう卑屈なのかと訊いているの」
彼女は赦してはくれない。
「……自信が、なくて……ごめんなさい……っ」
「あなた、やる気もないのに王家の舞踏会に出るの? 無礼だわ」
「ちっ、違うんです! そうじゃなくて……わ、私にはなにもないんです。取り得も、なにも。いいところなんてなくて、それが……わかっているつもりだったのだけれど、あ、あなたを見て目が覚めたの。甘かったんです。父に言われた通り、どんなにやる気を振り絞ったとしても私は──」
「違う。ほかの誰でもない、あなたを貶めているのはあなたよ」
「……!」
睨まれている。
美しすぎて、とても恐い。
「呆れた」
彼女から先に目を逸らした。
「こんな人と一緒に準備するなんて、ゼント卿はなにを考えていらっしゃるの」
「あ、あの方は悪くないんです! 私が……」
「わかっています。これは私が考えるべき私の問題なので、あなたの意見は必要ありません」
そう言って部屋を出て行こうとしたフローレンスは、戸口でふり返り、私をまっすぐに見据えた。
「自分の行いをよく見つめ直して。遊びではないのよ」
「!」
立ち去り方は優雅で、だから尚更、彼女の怒りに打ちのめされた。
私は顔を覆い、その場でしゃがみ込んで泣いた。
フローレンスは非の打ち所がない。
フローレンスが正しい。
私は自分のなにがいけなかったのか、よく理解していた。
自分が大嫌いになった。最初から大嫌いだった。
私には、なにもない。
なにもない。
「……っ」
優しい人に出会った。
その人のために、頑張ろうと思った。
それだって、思い上がり。
私にそんな大それた事、できるわけがなかった。
「ごめ……なさ、い……っ」
ゼント卿の優しさに。
フローレンスの誇りに。
私は泥を塗ってしまった。
本当に無礼だ。
「ローズマリー」
「!?」
私を軽蔑して立ち去ったはずのフローレンスが、戸口に手を掛けて私を見つめていた。
膝をついて泣いていた私は身を捻るように見あげたのだけれど、彼女の表情が優しいものだったので、戸惑った。戸惑っているうちに彼女が正面に跪き、私の肩に手を添えた。
「ごめんなさい。あなたの境遇を聞いた。私は、あなたに思いやりの気持ちを持つべきだったわ」
「え……」
「自分にはなにもないなんて言わないで。あなたはあなた。だからこそ意味があるのよ。あなたには、あなたがあるの。見つけるわ。あなたは、見つける」
「?」
雄弁で美しいため、単純に見惚れてしまったのもある。
けれど彼女の言葉が私の心に触れたのも確かだった。
フローレンスが膝を擦り、私を抱きしめ、髪を撫でた。
とてもあたたかかった。
「大丈夫よ、ローズマリー。私にはもう見えているから」
部屋に入って、彼女はくるりとふり向き、眉を顰めた。私は不安と緊張で、涙をやっと堪えているという状態だった。
「どうしたの?」
「……っ」
彼女は眉を顰めたまま私をじっと見つめ、次にこう言った。
「ゼント卿が意地悪を?」
「!」
慌てて首を振る。
「ちっ、違います!」
さっそく彼に迷惑をかけるなんて、以ての外だ。
弁解する必要があった。
「私ものすごく分不相応な事をしてしまっていると思って。舞踏会は、あなたのような人やゼント卿の周りにいるような人の出るものであって、私のようななにもない人間の出ていいものではないって……っ」
言いながら涙が零れてしまい、手で拭う。
そして再び彼女の顔を見て、唇を噛んだ。
さっき眉を顰めるだけだったフローレンスは明らかに怒っていた。
「なぜそんなに卑屈なの?」
「……!」
恐い。
私は反射的に目を瞑って肩を竦めた。
恥ずかしくて、惨めで。
そしてそれは、とても馴染み深い感覚だった。
「なぜそう卑屈なのかと訊いているの」
彼女は赦してはくれない。
「……自信が、なくて……ごめんなさい……っ」
「あなた、やる気もないのに王家の舞踏会に出るの? 無礼だわ」
「ちっ、違うんです! そうじゃなくて……わ、私にはなにもないんです。取り得も、なにも。いいところなんてなくて、それが……わかっているつもりだったのだけれど、あ、あなたを見て目が覚めたの。甘かったんです。父に言われた通り、どんなにやる気を振り絞ったとしても私は──」
「違う。ほかの誰でもない、あなたを貶めているのはあなたよ」
「……!」
睨まれている。
美しすぎて、とても恐い。
「呆れた」
彼女から先に目を逸らした。
「こんな人と一緒に準備するなんて、ゼント卿はなにを考えていらっしゃるの」
「あ、あの方は悪くないんです! 私が……」
「わかっています。これは私が考えるべき私の問題なので、あなたの意見は必要ありません」
そう言って部屋を出て行こうとしたフローレンスは、戸口でふり返り、私をまっすぐに見据えた。
「自分の行いをよく見つめ直して。遊びではないのよ」
「!」
立ち去り方は優雅で、だから尚更、彼女の怒りに打ちのめされた。
私は顔を覆い、その場でしゃがみ込んで泣いた。
フローレンスは非の打ち所がない。
フローレンスが正しい。
私は自分のなにがいけなかったのか、よく理解していた。
自分が大嫌いになった。最初から大嫌いだった。
私には、なにもない。
なにもない。
「……っ」
優しい人に出会った。
その人のために、頑張ろうと思った。
それだって、思い上がり。
私にそんな大それた事、できるわけがなかった。
「ごめ……なさ、い……っ」
ゼント卿の優しさに。
フローレンスの誇りに。
私は泥を塗ってしまった。
本当に無礼だ。
「ローズマリー」
「!?」
私を軽蔑して立ち去ったはずのフローレンスが、戸口に手を掛けて私を見つめていた。
膝をついて泣いていた私は身を捻るように見あげたのだけれど、彼女の表情が優しいものだったので、戸惑った。戸惑っているうちに彼女が正面に跪き、私の肩に手を添えた。
「ごめんなさい。あなたの境遇を聞いた。私は、あなたに思いやりの気持ちを持つべきだったわ」
「え……」
「自分にはなにもないなんて言わないで。あなたはあなた。だからこそ意味があるのよ。あなたには、あなたがあるの。見つけるわ。あなたは、見つける」
「?」
雄弁で美しいため、単純に見惚れてしまったのもある。
けれど彼女の言葉が私の心に触れたのも確かだった。
フローレンスが膝を擦り、私を抱きしめ、髪を撫でた。
とてもあたたかかった。
「大丈夫よ、ローズマリー。私にはもう見えているから」
251
あなたにおすすめの小説
「陛下、子種を要求します!」~陛下に離縁され追放される七日の間にかなえたい、わたしのたったひとつの願い事。その五年後……~
ぽんた
恋愛
「七日の後に離縁の上、実質上追放を言い渡す。そのあとは、おまえは王都から連れだされることになる。人質であるおまえを断罪したがる連中がいるのでな。信用のおける者に生活できるだけの金貨を渡し、託している。七日間だ。おまえの国を攻略し、おまえを人質に差し出した父王と母后を処分したわが軍が戻ってくる。そのあと、おまえは命以外のすべてを失うことになる」
その日、わたしは内密に告げられた。小国から人質として嫁いだ親子ほど年齢の離れた国王である夫に。
わたしは決意した。ぜったいに願いをかなえよう。たったひとつの望みを陛下にかなえてもらおう。
そう。わたしには陛下から授かりたいものがある。
陛下から与えてほしいたったひとつのものがある。
この物語は、その五年後のこと。
※ハッピーエンド確約。ご都合主義のゆるゆる設定はご容赦願います。
心を病んでいるという嘘をつかれ追放された私、調香の才能で見返したら調香が社交界追放されました
er
恋愛
心を病んだと濡れ衣を着せられ、夫アンドレに離縁されたセリーヌ。愛人と結婚したかった夫の陰謀だったが、誰も信じてくれない。失意の中、亡き母から受け継いだ調香の才能に目覚めた彼女は、東の別邸で香水作りに没頭する。やがて「春風の工房」として王都で評判になり、冷酷な北方公爵マグナスの目に留まる。マグナスの支援で宮廷調香師に推薦された矢先、元夫が妨害工作を仕掛けてきたのだが?
【完結】伯爵令嬢は婚約を終わりにしたい〜次期公爵の幸せのために婚約破棄されることを目指して悪女になったら、なぜか溺愛されてしまったようです〜
よどら文鳥
恋愛
伯爵令嬢のミリアナは、次期公爵レインハルトと婚約関係である。
二人は特に問題もなく、順調に親睦を深めていった。
だがある日。
王女のシャーリャはミリアナに対して、「二人の婚約を解消してほしい、レインハルトは本当は私を愛しているの」と促した。
ミリアナは最初こそ信じなかったが王女が帰った後、レインハルトとの会話で王女のことを愛していることが判明した。
レインハルトの幸せをなによりも優先して考えているミリアナは、自分自身が嫌われて婚約破棄を宣告してもらえばいいという決断をする。
ミリアナはレインハルトの前では悪女になりきることを決意。
もともとミリアナは破天荒で活発な性格である。
そのため、悪女になりきるとはいっても、むしろあまり変わっていないことにもミリアナは気がついていない。
だが、悪女になって様々な作戦でレインハルトから嫌われるような行動をするが、なぜか全て感謝されてしまう。
それどころか、レインハルトからの愛情がどんどんと深くなっていき……?
※前回の作品同様、投稿前日に思いついて書いてみた作品なので、先のプロットや展開は未定です。今作も、完結までは書くつもりです。
※第一話のキャラがざまぁされそうな感じはありますが、今回はざまぁがメインの作品ではありません。もしかしたら、このキャラも更生していい子になっちゃったりする可能性もあります。(このあたり、現時点ではどうするか展開考えていないです)
婚約破棄寸前だった令嬢が殺されかけて眠り姫となり意識を取り戻したら世界が変わっていた話
ひよこ麺
恋愛
シルビア・ベアトリス侯爵令嬢は何もかも完璧なご令嬢だった。婚約者であるリベリオンとの関係を除いては。
リベリオンは公爵家の嫡男で完璧だけれどとても冷たい人だった。それでも彼の幼馴染みで病弱な男爵令嬢のリリアにはとても優しくしていた。
婚約者のシルビアには笑顔ひとつ向けてくれないのに。
どんなに尽くしても努力しても完璧な立ち振る舞いをしても振り返らないリベリオンに疲れてしまったシルビア。その日も舞踏会でエスコートだけしてリリアと居なくなってしまったリベリオンを見ているのが悲しくなりテラスでひとり夜風に当たっていたところ、いきなり何者かに後ろから押されて転落してしまう。
死は免れたが、テラスから転落した際に頭を強く打ったシルビアはそのまま意識を失い、昏睡状態となってしまう。それから3年の月日が流れ、目覚めたシルビアを取り巻く世界は変っていて……
※正常な人があまりいない話です。
幼馴染の公爵令嬢が、私の婚約者を狙っていたので、流れに身を任せてみる事にした。
完菜
恋愛
公爵令嬢のアンジェラは、自分の婚約者が大嫌いだった。アンジェラの婚約者は、エール王国の第二王子、アレックス・モーリア・エール。彼は、誰からも愛される美貌の持ち主。何度、アンジェラは、婚約を羨ましがられたかわからない。でもアンジェラ自身は、5歳の時に婚約してから一度も嬉しいなんて思った事はない。アンジェラの唯一の幼馴染、公爵令嬢エリーもアンジェラの婚約者を羨ましがったうちの一人。アンジェラが、何度この婚約が良いものではないと説明しても信じて貰えなかった。アンジェラ、エリー、アレックス、この三人が貴族学園に通い始めると同時に、物語は動き出す。
【完結】「お前に聖女の資格はない!」→じゃあ隣国で王妃になりますね
ぽんぽこ@3/28新作発売!!
恋愛
【全7話完結保証!】
聖王国の誇り高き聖女リリエルは、突如として婚約者であるルヴェール王国のルシアン王子から「偽聖女」の烙印を押され追放されてしまう。傷つきながらも母国へ帰ろうとするが、運命のいたずらで隣国エストレア新王国の策士と名高いエリオット王子と出会う。
「僕が君を守る代わりに、その力で僕を助けてほしい」
甘く微笑む彼に導かれ、戸惑いながらも新しい人生を歩み始めたリリエル。けれど、彼女を追い詰めた隣国の陰謀が再び迫り――!?
追放された聖女と策略家の王子が織りなす、甘く切ない逆転ロマンス・ファンタジー。
【完結】元悪役令嬢は、最推しの旦那様と離縁したい
うり北 うりこ@ざまされ2巻発売中
恋愛
「アルフレッド様、離縁してください!!」
この言葉を婚約者の時から、優に100回は超えて伝えてきた。
けれど、今日も受け入れてもらえることはない。
私の夫であるアルフレッド様は、前世から大好きな私の最推しだ。 推しの幸せが私の幸せ。
本当なら私が幸せにしたかった。
けれど、残念ながら悪役令嬢だった私では、アルフレッド様を幸せにできない。
既に乙女ゲームのエンディングを迎えてしまったけれど、現実はその先も続いていて、ヒロインちゃんがまだ結婚をしていない今なら、十二分に割り込むチャンスがあるはずだ。
アルフレッド様がその気にさえなれば、逆転以外あり得ない。
その時のためにも、私と離縁する必要がある。
アルフレッド様の幸せのために、絶対に離縁してみせるんだから!!
推しである夫が大好きすぎる元悪役令嬢のカタリナと、妻を愛しているのにまったく伝わっていないアルフレッドのラブコメです。
全4話+番外編が1話となっております。
※苦手な方は、ブラウザバックを推奨しております。
婚約破棄に、承知いたしました。と返したら爆笑されました。
パリパリかぷちーの
恋愛
公爵令嬢カルルは、ある夜会で王太子ジェラールから婚約破棄を言い渡される。しかし、カルルは泣くどころか、これまで立て替えていた経費や労働対価の「莫大な請求書」をその場で叩きつけた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる