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「咎の雨に沈め」
37 新しい伝説
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「私を連れて行って頂けませんか? 生娘でもなく、若くもないですが、私にはイトハと同じ血が流れています。千帆さんには、普通の人生を歩んでもらいたかったのですよね? 私を燃やしてください。私を生贄にして、力を取り戻してください」
「それは、できないよ」
煌が静かに答えた。
病室の扉がけたたましく鳴った。血相を変えた母が、勢い余ってベッドにぶつかる。髪を振り乱したまま、食い入るように煌を見据えた。
「私にして」
「……お母さん」
見た事もない、母の真剣な表情。
私は息を呑んだ。
「私も煌の血を呑んだよね? だったら、私でもいいはずだよね? 千帆を守って貰うためにした事だったのに、今になって千帆を連れて行くの? どうして?」
母の声が震えている。
煌は私の手をしっかりと握り直してから、口角をあげた。
「千帆は番になった。千帆を連れて行くよ」
シーツを握りしめて泣き崩れたかと思ったら、母は突進してきて私の腕を掴んだ。それから煌を叩こうとして、私は咄嗟に、母の細い手首を掴んでいた。
「離しなさい!」
「お母さん」
「こんなんじゃない! こんな事、望んでない!!」
「お母さん!」
私はただでさえ体が大きくて力が強かった。でも、母の抵抗をなんの努力もなしに封じてしまうほどではなかった。だって、母も見かけによらず、体が丈夫で怪力だったから。
私は煌の魄を呑んだ。
きっかけは母だったかもしれない。でも、過去の話だ。
母は伯母の死を知り、凱おじさんに襲われ、娘を失うのだ。辛過ぎる。
私は母の目を覗き込んで、その哀しみに胸が詰まった。
「きっと、お母さんと私には、別々の運命があるんだよ」
「……千帆?」
怯えと戸惑いを湛えた瞳から、涙が溢れて頬を伝い、細い顎からぽたぽた落ちる。母は、私みたいな娘がいるようには見えないほど若い。16年前に、みんなが命を掛けて守った命。娘だからって、私が守っちゃいけない理由はない。
「私はやるべき事をやるよ。お母さんも、お母さんにしかできない事をして」
「千帆……」
「死ぬわけじゃないんだよね? 煌」
母を片腕で抱えて見下ろすと、煌が私を見つめていた。
私だけを、見つめていた。
「うん」
「ほら、ね? お母さん。娘なんてどうせいずれ嫁ぐんだから、これは早めの結婚式だよ。自分だって高校中退して私を産んだんでしょ? 一緒一緒」
母を抱きしめて、背中をぽんぽんと叩く。
そして煌の向こう、灰色の濡れた空を眺めた。
「私たちは生贄なんかじゃない。新しい伝説を作るんだよ」
ふしぎなほど、心は鎮まっていた。
「それは、できないよ」
煌が静かに答えた。
病室の扉がけたたましく鳴った。血相を変えた母が、勢い余ってベッドにぶつかる。髪を振り乱したまま、食い入るように煌を見据えた。
「私にして」
「……お母さん」
見た事もない、母の真剣な表情。
私は息を呑んだ。
「私も煌の血を呑んだよね? だったら、私でもいいはずだよね? 千帆を守って貰うためにした事だったのに、今になって千帆を連れて行くの? どうして?」
母の声が震えている。
煌は私の手をしっかりと握り直してから、口角をあげた。
「千帆は番になった。千帆を連れて行くよ」
シーツを握りしめて泣き崩れたかと思ったら、母は突進してきて私の腕を掴んだ。それから煌を叩こうとして、私は咄嗟に、母の細い手首を掴んでいた。
「離しなさい!」
「お母さん」
「こんなんじゃない! こんな事、望んでない!!」
「お母さん!」
私はただでさえ体が大きくて力が強かった。でも、母の抵抗をなんの努力もなしに封じてしまうほどではなかった。だって、母も見かけによらず、体が丈夫で怪力だったから。
私は煌の魄を呑んだ。
きっかけは母だったかもしれない。でも、過去の話だ。
母は伯母の死を知り、凱おじさんに襲われ、娘を失うのだ。辛過ぎる。
私は母の目を覗き込んで、その哀しみに胸が詰まった。
「きっと、お母さんと私には、別々の運命があるんだよ」
「……千帆?」
怯えと戸惑いを湛えた瞳から、涙が溢れて頬を伝い、細い顎からぽたぽた落ちる。母は、私みたいな娘がいるようには見えないほど若い。16年前に、みんなが命を掛けて守った命。娘だからって、私が守っちゃいけない理由はない。
「私はやるべき事をやるよ。お母さんも、お母さんにしかできない事をして」
「千帆……」
「死ぬわけじゃないんだよね? 煌」
母を片腕で抱えて見下ろすと、煌が私を見つめていた。
私だけを、見つめていた。
「うん」
「ほら、ね? お母さん。娘なんてどうせいずれ嫁ぐんだから、これは早めの結婚式だよ。自分だって高校中退して私を産んだんでしょ? 一緒一緒」
母を抱きしめて、背中をぽんぽんと叩く。
そして煌の向こう、灰色の濡れた空を眺めた。
「私たちは生贄なんかじゃない。新しい伝説を作るんだよ」
ふしぎなほど、心は鎮まっていた。
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