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13 私の過ち
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ジェルマンの夕食を部屋に届けさせてから、私は急いで身支度を整えた。
たっぷり3時間悩んだけれど、やっぱり、絶対、今日中に謝っておくべきだ。
ジェルマンの事も含めて執事のセシャンに任せておけば心配ないし、あんなに不機嫌なデュモンをこのまま放っておけない。大切な親友を失くしてしまうなんて、耐えられない。
私は執事に置手紙を残し、馬車に乗り込んだ。
「レディ・ドルイユ! こんばんは。船長ならさっき帰りましたよ」
ベルト・デュ・コロワは私より一回り上で、かつては果物を売っていた。
私がデュモンから海の交易権を預かった時に、空家を宿屋に改築して彼女に任せたのだ。ベルトは人当たりがよく、誰からも好かれて、それでいて人を動かすのが上手で商才があった。
絶望に暮れた小娘を、初めてレディ・ドルイユと呼んでくれた人。
私は彼女が大好きだった。
「ありがとう、マダム・コロワ」
デュモンの部屋は最上階の西の角部屋。
訪ねるのは初めてではないけれど、だいたいは彼のいない時だった。つまり、海を渡って帰ってくる頃に合わせて整えたり、ただ懐かしむためにちょっとお邪魔して和んだり。
あとは、そう。
ささやかな贈り物を届けた事もあった。
今夜は、怒られに来たのだけれど……
「んんっ」
扉の前で咳ばらいをして、背筋を伸ばして、それから軽く叩く。
「デュモ~ン」
機嫌を取ろうと、つい猫なで声が出てしまった。
いけない。
謝りに来たのよ。ふざけている場合ではないわ。
「んっ、ん」
再び咳ばらいをして気を引き締める。
すると、無言のままに、扉は開かれた。
中から無表情のデュモンが、鬱蒼と私を見おろしてくる。そして弁明しようと息を吸った瞬間に、身振りで招き入れられた。私がそろそろと入ると、彼は無言のまま奥へ進んでいって、酒瓶に手を掛けた。
無言の背中が、とても、威圧的。
「今日はごめんなさい、デュモン。あなたが正しかった」
「こんばんは、プリンセス」
私の謝罪は無視して、抑揚のない声で挨拶をしながら彼は振り返った。その手のブランデーを差し出すので、私は首を振った。
彼がグラスに口をつける。
「ええ、そうよね、こんばんは」
気が重いわ。
だけど、子供じゃないのだから。
それに彼は、大切な人なのだから。
きちんと伝えなくては。
「あなたに謝りに来たの。私、軽率だったわ。それに、無責任だった。私の問題なのに、あなたを頼り過ぎてしまったわ。本当にごめんなさい」
「あの意志薄弱な根性なしについてなら、あなたは悪くないですよ。ちっとも」
昼間のように笑顔で怒りを伝えられるよりはいいけれど、彼の真剣な表情を見るに、私は誠意を示さなければならないだろう。
「若い頃の、終わった恋に……巻き込んだ。私が悪いのよ」
「奴を庇うんですか?」
「え?」
意外にも彼は、ジェルマンに向けても怒りを覚えているらしい。
「庇うもなにも、私がやった事だもの。反省しているわ」
「あんな情けない様子を見ても、あなたの愛は、燃えたんですか?」
「え……? 違うわ、そうじゃなくて」
駄目。
これでは、口答えみたいになってしまう。
私は首を振って、改めて丁寧に謝罪を伝えた。
「デュモン、苛立つのは当然よ。わかるわ」
「いいえ、プリンセス。あなたはなにもわかっちゃいない」
どうしよう。
なにを言っても怒らせてしまうみたい。
お互い冷静になるのを待つべきだった?
たとえば、一晩。だけど、もし、愛想をつかして二度と戻って来なかったら?
彼は自由だ。どこへでも行ける。
私はデュモンを失いたくない。
「ごめんなさい。……あなたの今の気持ちを、聞かせてくれる?」
「俺の気持ちですか」
そう言って、彼はグラスを置いた。
「まず、実のところ、よかったと思っています。これであなたの心に決着がついたでしょう。所詮、あなたを棄てた男だ」
彼の言う通り、楽しい再会ではなかった。
けれど喜ばしい事ではあるかもしれない。過去は過去として、大人になった私たちは、新しい関係を築ける。少なくともその努力はできるし、するべきだ。
ただ、はっきりさせておかなくてはいけない。
デュモンは誤解している。
「……違うの。彼は」
「なぜ奴を庇うんです?」
「だからデュモン、それは」
「お人好しも度が過ぎると不愉快ですよ、プリンセス。あの男は幼気なあなたを棄て、また現れた。こんな都合がいい話がありますか? あなたは貴族として奴を受け入れ、もてなした。立派です。だけどわざわざ奴を泊めた晩に俺の部屋に来て、奴のために弁解をするんですか? そんな事しなくても俺はあなたの理解者だ。あの男を軽蔑しながら、賞賛し敬うなんて容易い事だ」
「ねえ、デュモン。聞いて。彼は悪くないの。だからもう一度会いたいと思ったし、あなたとも」
「あなたの愛を拒んだ男なんて死ねばいいんだ!」
「私が拒んだのよ!!」
叫んでしまった。
そしてそのまま、感情の箍が外れて、涙が零れた。
「彼は来てくれた! ふたりで生きていこうって、来てくれたの、嵐の夜に。私が追い返したの……私が彼の愛を拒んだのよ!! それなのにジェルマンは会いに来てくれた! だからこれは……私の過ちなの!!」
たっぷり3時間悩んだけれど、やっぱり、絶対、今日中に謝っておくべきだ。
ジェルマンの事も含めて執事のセシャンに任せておけば心配ないし、あんなに不機嫌なデュモンをこのまま放っておけない。大切な親友を失くしてしまうなんて、耐えられない。
私は執事に置手紙を残し、馬車に乗り込んだ。
「レディ・ドルイユ! こんばんは。船長ならさっき帰りましたよ」
ベルト・デュ・コロワは私より一回り上で、かつては果物を売っていた。
私がデュモンから海の交易権を預かった時に、空家を宿屋に改築して彼女に任せたのだ。ベルトは人当たりがよく、誰からも好かれて、それでいて人を動かすのが上手で商才があった。
絶望に暮れた小娘を、初めてレディ・ドルイユと呼んでくれた人。
私は彼女が大好きだった。
「ありがとう、マダム・コロワ」
デュモンの部屋は最上階の西の角部屋。
訪ねるのは初めてではないけれど、だいたいは彼のいない時だった。つまり、海を渡って帰ってくる頃に合わせて整えたり、ただ懐かしむためにちょっとお邪魔して和んだり。
あとは、そう。
ささやかな贈り物を届けた事もあった。
今夜は、怒られに来たのだけれど……
「んんっ」
扉の前で咳ばらいをして、背筋を伸ばして、それから軽く叩く。
「デュモ~ン」
機嫌を取ろうと、つい猫なで声が出てしまった。
いけない。
謝りに来たのよ。ふざけている場合ではないわ。
「んっ、ん」
再び咳ばらいをして気を引き締める。
すると、無言のままに、扉は開かれた。
中から無表情のデュモンが、鬱蒼と私を見おろしてくる。そして弁明しようと息を吸った瞬間に、身振りで招き入れられた。私がそろそろと入ると、彼は無言のまま奥へ進んでいって、酒瓶に手を掛けた。
無言の背中が、とても、威圧的。
「今日はごめんなさい、デュモン。あなたが正しかった」
「こんばんは、プリンセス」
私の謝罪は無視して、抑揚のない声で挨拶をしながら彼は振り返った。その手のブランデーを差し出すので、私は首を振った。
彼がグラスに口をつける。
「ええ、そうよね、こんばんは」
気が重いわ。
だけど、子供じゃないのだから。
それに彼は、大切な人なのだから。
きちんと伝えなくては。
「あなたに謝りに来たの。私、軽率だったわ。それに、無責任だった。私の問題なのに、あなたを頼り過ぎてしまったわ。本当にごめんなさい」
「あの意志薄弱な根性なしについてなら、あなたは悪くないですよ。ちっとも」
昼間のように笑顔で怒りを伝えられるよりはいいけれど、彼の真剣な表情を見るに、私は誠意を示さなければならないだろう。
「若い頃の、終わった恋に……巻き込んだ。私が悪いのよ」
「奴を庇うんですか?」
「え?」
意外にも彼は、ジェルマンに向けても怒りを覚えているらしい。
「庇うもなにも、私がやった事だもの。反省しているわ」
「あんな情けない様子を見ても、あなたの愛は、燃えたんですか?」
「え……? 違うわ、そうじゃなくて」
駄目。
これでは、口答えみたいになってしまう。
私は首を振って、改めて丁寧に謝罪を伝えた。
「デュモン、苛立つのは当然よ。わかるわ」
「いいえ、プリンセス。あなたはなにもわかっちゃいない」
どうしよう。
なにを言っても怒らせてしまうみたい。
お互い冷静になるのを待つべきだった?
たとえば、一晩。だけど、もし、愛想をつかして二度と戻って来なかったら?
彼は自由だ。どこへでも行ける。
私はデュモンを失いたくない。
「ごめんなさい。……あなたの今の気持ちを、聞かせてくれる?」
「俺の気持ちですか」
そう言って、彼はグラスを置いた。
「まず、実のところ、よかったと思っています。これであなたの心に決着がついたでしょう。所詮、あなたを棄てた男だ」
彼の言う通り、楽しい再会ではなかった。
けれど喜ばしい事ではあるかもしれない。過去は過去として、大人になった私たちは、新しい関係を築ける。少なくともその努力はできるし、するべきだ。
ただ、はっきりさせておかなくてはいけない。
デュモンは誤解している。
「……違うの。彼は」
「なぜ奴を庇うんです?」
「だからデュモン、それは」
「お人好しも度が過ぎると不愉快ですよ、プリンセス。あの男は幼気なあなたを棄て、また現れた。こんな都合がいい話がありますか? あなたは貴族として奴を受け入れ、もてなした。立派です。だけどわざわざ奴を泊めた晩に俺の部屋に来て、奴のために弁解をするんですか? そんな事しなくても俺はあなたの理解者だ。あの男を軽蔑しながら、賞賛し敬うなんて容易い事だ」
「ねえ、デュモン。聞いて。彼は悪くないの。だからもう一度会いたいと思ったし、あなたとも」
「あなたの愛を拒んだ男なんて死ねばいいんだ!」
「私が拒んだのよ!!」
叫んでしまった。
そしてそのまま、感情の箍が外れて、涙が零れた。
「彼は来てくれた! ふたりで生きていこうって、来てくれたの、嵐の夜に。私が追い返したの……私が彼の愛を拒んだのよ!! それなのにジェルマンは会いに来てくれた! だからこれは……私の過ちなの!!」
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