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19 さらば求婚者
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翌日、宿に赴いて3人を見送った。
こうして町に下りてくると、活気のある雰囲気に勇気付けられる。
「帰りましょう、セシャン」
「はい、ご主人様」
2日目までは彼らの不在が新鮮だった。
3日目から、少し物足りなさを感じた。
4日目。
早ければ明日帰ってくるという事を考えながら、度々窓の外を眺めた。
そして5日目に、事件は起きた。
「たっ、大変です! 領主様……!!」
物足りなさを感じながら、書斎の窓から前庭を眺めていた時。
見覚えのある少年が門を越えて駆けこんできて、使用人たちに付き添われて建物内に入って来た。それが見えていたので私も、何事かと書斎を出て玄関広間に向かっていた。
廊下で鉢合わせると、少年は私に縋りついたのだ。
「えっ!?」
「あっ、こら!」
咎めようとする執事のセシャンを目で制し、私は少年の肩を掴んで顔を覗き込んだ。
「どうしたの?」
見るからに只事ではなかった。
少年は半泣きで、汗だくで、狼狽していた。
「いっ、今すぐ来てください!」
「どこへ?」
「宿屋です!」
それで思い出した。
昨日デュモンたちを見送りに町へ下りた際に見た、宿の勝手口から忙しそうにジャガイモを運び入れていた少年だ。食堂が下働きを雇ったのだわと思ったのと、一生懸命に働いている姿を見て微笑ましく思った。会った事もない、私の甥たちと重ねたのかもしれない。
宿は今、帳簿係が留守を守っている。
なにが起きたのだろう。もし火事なら、煙が見えるはず。
「ええ、行くわ。歩きながら聞かせてちょうだい」
少年を促し、執事に馬車を用意させた。
馬車に乗り込んだ頃には状況を把握し、頭に血が昇っていた。
「憲兵を手配して」
「はい、ご主人様」
執事を下ろしてそちらを任せ、私は少年の肩を抱いて宿に向かった。
宿に着くと半ば馬車を飛び降りるようにして、大急ぎで食堂に走る。
「ああ、レディ・ドルイユ……!」
帳簿係のジョゼフ・ショーソンが額から血を流して蹲っていた。
小さな鼻眼鏡は砕けてひしゃげ、彼の手に力なく抓まれている。
そして中央の席であの男が小型拳銃を片手にくだを巻いていた。
そんな事より、衝撃的な痛々しい光景を見て間髪入れずに駆け寄った。
「これは……まさか、レディ・ドルイユは趣味が悪いですな」
そんなのは耳に入らない。
泣きじゃくるハイラを抱きしめ、縄を外し、男を睨んだ。
「ラファラン伯爵……!」
彼はハイラに目隠しをした上で手首を縛り、輪にした縄を彼女の首にかけて、それを椅子に腰かけたまま引いて。
「あなた、なんて事を……!」
ハイラは私の声を聞き、自分を抱きしめているのが誰かわかると、箍が外れたように泣き叫び始めた。安心させるために跪いてしっかりと抱き込み、頭を撫でて額にキスをする。縛られた手は私の衣服にしがみつき震えていた。当然だ。酷い目に遭ったのだから。
目隠しを外す。
ハイラは私の胸に顔を埋め、更に泣いた。
「ふん。なに、道理をわからせてやっただけですよ。人に似た形をしているだけで、その民族は家畜と同じようなものだ。なんでしたっけ? カバ? あれを手懐けていると言えば聞こえがいいですが、所詮は羊を管理する犬と一緒だ。クソ生意気にそこの食卓で食事をしていた。だから教えてやっているんです。人間様がね」
「申し訳ありません、レディ・ドルイユ……」
額から血を流していて、ラファラン伯爵が小型拳銃を持っているのだから、あれで殴られて脅されたのは明らかだ。武器で既にひとり傷つけている貴族相手に、平民である宿屋の全員がなにもできないのは、彼らが謝るべき事ではない。
「……あなた」
なんという極悪人なの。
「そんなものを後生大事に飼っているからあなたは駄目なんです! 海の貿易権というものの価値をわかっていない! これではっきりしたでしょう。あなたは、あの下衆な薄汚い商人がいなきゃ無力なんだ! ぐずぐず言ってないで求婚を受けろ!! ドルイユをよこせ!!」
「……」
彼は酔っていて、武器を持っている。
けれど一端の領主気取りで、呼ばれてもいないのに乗り込んで来たのだ。
私を撃てば、自分がどう裁かれるかくらい、わかっている。
それにすぐ憲兵が到着するはず。
泣きじゃくるハイラをあやし、私は彼から目を逸らさずに立ちあがった。
「出て行きなさい」
「ぁあっ!?」
「今すぐ、出て行きなさい。あなたの求婚は受けません」
「行き遅れの淫売が生意気な口を効くな! 貴様はただ黙ってひれ伏せばいいんだ!!」
心が憤怒で凍っていく。
泥酔したお気楽貴族のお坊ちゃんが、笑わせてくれる。
「よくも私の大切な客人をいたぶってくれましたね。ラファラン伯爵オーブリー・ルノー。これが最後です。私の土地から立ち去りなさい。そして、2度と足を踏み入れてはなりません」
静かに命じた。
彼の目に微かな知性が蘇り、私たちはしばらく黙ったまま睨みあいを続け、それは彼の鼻息まで続いた。
「ふん。交渉決裂だな」
のそりと大きな体を持ち上げて、ラファラン伯爵が出口に向かう。
けれど戸口に差し掛かったところで振り向いて、また怒鳴り散らした。
「覚えてろ! 誰に逆らったか思い知らせてやる!! お前も! お前も!! お前も!!! 全員地獄へ叩き落してやるからなァッ!!」
こうして町に下りてくると、活気のある雰囲気に勇気付けられる。
「帰りましょう、セシャン」
「はい、ご主人様」
2日目までは彼らの不在が新鮮だった。
3日目から、少し物足りなさを感じた。
4日目。
早ければ明日帰ってくるという事を考えながら、度々窓の外を眺めた。
そして5日目に、事件は起きた。
「たっ、大変です! 領主様……!!」
物足りなさを感じながら、書斎の窓から前庭を眺めていた時。
見覚えのある少年が門を越えて駆けこんできて、使用人たちに付き添われて建物内に入って来た。それが見えていたので私も、何事かと書斎を出て玄関広間に向かっていた。
廊下で鉢合わせると、少年は私に縋りついたのだ。
「えっ!?」
「あっ、こら!」
咎めようとする執事のセシャンを目で制し、私は少年の肩を掴んで顔を覗き込んだ。
「どうしたの?」
見るからに只事ではなかった。
少年は半泣きで、汗だくで、狼狽していた。
「いっ、今すぐ来てください!」
「どこへ?」
「宿屋です!」
それで思い出した。
昨日デュモンたちを見送りに町へ下りた際に見た、宿の勝手口から忙しそうにジャガイモを運び入れていた少年だ。食堂が下働きを雇ったのだわと思ったのと、一生懸命に働いている姿を見て微笑ましく思った。会った事もない、私の甥たちと重ねたのかもしれない。
宿は今、帳簿係が留守を守っている。
なにが起きたのだろう。もし火事なら、煙が見えるはず。
「ええ、行くわ。歩きながら聞かせてちょうだい」
少年を促し、執事に馬車を用意させた。
馬車に乗り込んだ頃には状況を把握し、頭に血が昇っていた。
「憲兵を手配して」
「はい、ご主人様」
執事を下ろしてそちらを任せ、私は少年の肩を抱いて宿に向かった。
宿に着くと半ば馬車を飛び降りるようにして、大急ぎで食堂に走る。
「ああ、レディ・ドルイユ……!」
帳簿係のジョゼフ・ショーソンが額から血を流して蹲っていた。
小さな鼻眼鏡は砕けてひしゃげ、彼の手に力なく抓まれている。
そして中央の席であの男が小型拳銃を片手にくだを巻いていた。
そんな事より、衝撃的な痛々しい光景を見て間髪入れずに駆け寄った。
「これは……まさか、レディ・ドルイユは趣味が悪いですな」
そんなのは耳に入らない。
泣きじゃくるハイラを抱きしめ、縄を外し、男を睨んだ。
「ラファラン伯爵……!」
彼はハイラに目隠しをした上で手首を縛り、輪にした縄を彼女の首にかけて、それを椅子に腰かけたまま引いて。
「あなた、なんて事を……!」
ハイラは私の声を聞き、自分を抱きしめているのが誰かわかると、箍が外れたように泣き叫び始めた。安心させるために跪いてしっかりと抱き込み、頭を撫でて額にキスをする。縛られた手は私の衣服にしがみつき震えていた。当然だ。酷い目に遭ったのだから。
目隠しを外す。
ハイラは私の胸に顔を埋め、更に泣いた。
「ふん。なに、道理をわからせてやっただけですよ。人に似た形をしているだけで、その民族は家畜と同じようなものだ。なんでしたっけ? カバ? あれを手懐けていると言えば聞こえがいいですが、所詮は羊を管理する犬と一緒だ。クソ生意気にそこの食卓で食事をしていた。だから教えてやっているんです。人間様がね」
「申し訳ありません、レディ・ドルイユ……」
額から血を流していて、ラファラン伯爵が小型拳銃を持っているのだから、あれで殴られて脅されたのは明らかだ。武器で既にひとり傷つけている貴族相手に、平民である宿屋の全員がなにもできないのは、彼らが謝るべき事ではない。
「……あなた」
なんという極悪人なの。
「そんなものを後生大事に飼っているからあなたは駄目なんです! 海の貿易権というものの価値をわかっていない! これではっきりしたでしょう。あなたは、あの下衆な薄汚い商人がいなきゃ無力なんだ! ぐずぐず言ってないで求婚を受けろ!! ドルイユをよこせ!!」
「……」
彼は酔っていて、武器を持っている。
けれど一端の領主気取りで、呼ばれてもいないのに乗り込んで来たのだ。
私を撃てば、自分がどう裁かれるかくらい、わかっている。
それにすぐ憲兵が到着するはず。
泣きじゃくるハイラをあやし、私は彼から目を逸らさずに立ちあがった。
「出て行きなさい」
「ぁあっ!?」
「今すぐ、出て行きなさい。あなたの求婚は受けません」
「行き遅れの淫売が生意気な口を効くな! 貴様はただ黙ってひれ伏せばいいんだ!!」
心が憤怒で凍っていく。
泥酔したお気楽貴族のお坊ちゃんが、笑わせてくれる。
「よくも私の大切な客人をいたぶってくれましたね。ラファラン伯爵オーブリー・ルノー。これが最後です。私の土地から立ち去りなさい。そして、2度と足を踏み入れてはなりません」
静かに命じた。
彼の目に微かな知性が蘇り、私たちはしばらく黙ったまま睨みあいを続け、それは彼の鼻息まで続いた。
「ふん。交渉決裂だな」
のそりと大きな体を持ち上げて、ラファラン伯爵が出口に向かう。
けれど戸口に差し掛かったところで振り向いて、また怒鳴り散らした。
「覚えてろ! 誰に逆らったか思い知らせてやる!! お前も! お前も!! お前も!!! 全員地獄へ叩き落してやるからなァッ!!」
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