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2 妹の心は腐ってた
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あれから1年。
強欲で意地悪な妹が傍にいない生活は、本当に清々しいものだった。
婚約者が私から妹へと心変わりしてしまった事は悲しかったけれど、次第に、彼が妹のアンナを遠くへ連れ去ってくれたのだという感謝が芽生え始めていた。
それに、私はまた改めて婚約していた。
ルブラン伯爵ルベン・ムーシェ卿は、物静かで知的で善良な人。少し神経質なところもあるけれど、私もきちんとした暮らしを好む性格なので、結婚生活はとてもうまくいきそうだった。
それなのに、悲劇は再び起こってしまったのだ。
「ライサ・ルフェーヴル、折り入って話がある」
「はい。なんでしょうか」
礼儀正しいところも好感を持っていた。
彼がまじめな話をするなら、私も真摯に向き合う。
だから仰々しくフルネームで呼ばれても違和感を覚えず、正面からその言葉を受け止めてしまう事になった。
「君の血筋には問題がある。この婚約は破棄させてもらう」
「え!?」
私は足元が崩れ去っていくような、前後不覚に陥った。
「ど、どういう事でしょう?」
「言葉通りだ。君の現在の性格、或いは表面化している部分に不足はない。だが、血筋は欠陥品だ」
「え……?」
静かな口調ながら優しさは一欠けらもなく、辛辣な言葉には軽蔑すら滲んでいる。
血筋と言われても、人並みに病気にかかる親族がちらほらといるくらいで、奇病や大病に見舞われるような家系ではないし、特に問題はないはずだ。
と、その時。
脳裏に、あの姿が蘇った。
性格が悪い、妹のアンナ。
もしかして、彼女のせい……?
そう危惧している最中、ルブラン伯爵との婚約は本当に破談になった。
それからというもの、じわじわと、まるで死神の視線が絡みつくように、シャガール伯爵家は社交界で居心地の悪さを感じるようになった。
そう。
私だけでなく、両親も。
シャガール伯爵家そのものが爪弾きにされ始めていた。
そしてついに、その凶報は飛び込んで来たのだ。
「アンナがペリエ伯爵夫人の恋人を寝取って妊娠!?」
私が叫ぶと同時に、父が執務机に力なく伏した。
「そうなんだ……あの馬鹿娘は、事もあろうに義理の母親であり女主の恋人を惑わした上、こどもまで……っ」
「で、でも待って。お父様。ペリエ伯爵夫人の恋人ってどういう事? ペリエ伯爵は御健在よ? 庇うわけじゃないけど、悪いのはアンナひとりなの?」
私だってペリエ伯爵令息のエドモンと婚約していたのだ。
ペリエ伯爵夫妻がすこぶる健康である事くらい、承知している。
父は大きな溜息をついて、ゆっくりと土気色の顔をあげた。
「ああ。元来、ペリエ伯爵と夫人は領土拡大のために政略結婚した親友同士。跡継ぎを確保した後は、それぞれ自由に恋愛していたらしい」
「まあ、いろいろな夫婦の形はあるわよね。お互いが了承しているなら、それで……」
それで、妹の心に火が点いた?
女主より、自分のほうが女として上だっていう虚栄心に?
「ぁ……」
「ライサ!」
眩暈がした。
倒れかけた私を、父が支えてくれる。
「……すみません、お父様。ショックで」
「ああ、わかるよ。お前にはなんの罪もないのに、可哀相に」
ルブラン伯爵が血筋を理由に結婚を躊躇うのも、尤もだ。
むしろ、慎重さを褒め称えたいくらい。
私が逆の立場なら、少なくとも、どういう教育を施したのだろうと警戒くらいはするはずだ。場合によっては、やはり婚約そのものを見直すだろう。
問題は、その心の腐りきった悪女が、私と似た顔立ちの妹という事。両親にとっては、娘であるという事。そしてシャガール伯爵家にとって、確かに不名誉極まりない醜聞の種であるという事だった。
強欲で意地悪な妹が傍にいない生活は、本当に清々しいものだった。
婚約者が私から妹へと心変わりしてしまった事は悲しかったけれど、次第に、彼が妹のアンナを遠くへ連れ去ってくれたのだという感謝が芽生え始めていた。
それに、私はまた改めて婚約していた。
ルブラン伯爵ルベン・ムーシェ卿は、物静かで知的で善良な人。少し神経質なところもあるけれど、私もきちんとした暮らしを好む性格なので、結婚生活はとてもうまくいきそうだった。
それなのに、悲劇は再び起こってしまったのだ。
「ライサ・ルフェーヴル、折り入って話がある」
「はい。なんでしょうか」
礼儀正しいところも好感を持っていた。
彼がまじめな話をするなら、私も真摯に向き合う。
だから仰々しくフルネームで呼ばれても違和感を覚えず、正面からその言葉を受け止めてしまう事になった。
「君の血筋には問題がある。この婚約は破棄させてもらう」
「え!?」
私は足元が崩れ去っていくような、前後不覚に陥った。
「ど、どういう事でしょう?」
「言葉通りだ。君の現在の性格、或いは表面化している部分に不足はない。だが、血筋は欠陥品だ」
「え……?」
静かな口調ながら優しさは一欠けらもなく、辛辣な言葉には軽蔑すら滲んでいる。
血筋と言われても、人並みに病気にかかる親族がちらほらといるくらいで、奇病や大病に見舞われるような家系ではないし、特に問題はないはずだ。
と、その時。
脳裏に、あの姿が蘇った。
性格が悪い、妹のアンナ。
もしかして、彼女のせい……?
そう危惧している最中、ルブラン伯爵との婚約は本当に破談になった。
それからというもの、じわじわと、まるで死神の視線が絡みつくように、シャガール伯爵家は社交界で居心地の悪さを感じるようになった。
そう。
私だけでなく、両親も。
シャガール伯爵家そのものが爪弾きにされ始めていた。
そしてついに、その凶報は飛び込んで来たのだ。
「アンナがペリエ伯爵夫人の恋人を寝取って妊娠!?」
私が叫ぶと同時に、父が執務机に力なく伏した。
「そうなんだ……あの馬鹿娘は、事もあろうに義理の母親であり女主の恋人を惑わした上、こどもまで……っ」
「で、でも待って。お父様。ペリエ伯爵夫人の恋人ってどういう事? ペリエ伯爵は御健在よ? 庇うわけじゃないけど、悪いのはアンナひとりなの?」
私だってペリエ伯爵令息のエドモンと婚約していたのだ。
ペリエ伯爵夫妻がすこぶる健康である事くらい、承知している。
父は大きな溜息をついて、ゆっくりと土気色の顔をあげた。
「ああ。元来、ペリエ伯爵と夫人は領土拡大のために政略結婚した親友同士。跡継ぎを確保した後は、それぞれ自由に恋愛していたらしい」
「まあ、いろいろな夫婦の形はあるわよね。お互いが了承しているなら、それで……」
それで、妹の心に火が点いた?
女主より、自分のほうが女として上だっていう虚栄心に?
「ぁ……」
「ライサ!」
眩暈がした。
倒れかけた私を、父が支えてくれる。
「……すみません、お父様。ショックで」
「ああ、わかるよ。お前にはなんの罪もないのに、可哀相に」
ルブラン伯爵が血筋を理由に結婚を躊躇うのも、尤もだ。
むしろ、慎重さを褒め称えたいくらい。
私が逆の立場なら、少なくとも、どういう教育を施したのだろうと警戒くらいはするはずだ。場合によっては、やはり婚約そのものを見直すだろう。
問題は、その心の腐りきった悪女が、私と似た顔立ちの妹という事。両親にとっては、娘であるという事。そしてシャガール伯爵家にとって、確かに不名誉極まりない醜聞の種であるという事だった。
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