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4 見覚えのある顔ですね
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私は悪い気はしなかったけれど、父はいい顔をしなかった。兄もいい顔をしなかった。ただ私を信頼していると言ってしまった手前、父はじりじりしている。そんな父を、母が目線と顎で安心させて、私とフェドー伯爵令息の交流は始まった。
「あなたは気品に溢れ神々しく美しいのに、意外にも豪胆だなと思っていたんです。なるほど、兄上の影響ですか。じゃあ次は王宮騎士団の練習試合を見物するっていうのはどうです?」
「ええ、ぜひ。とても楽しみにしていたのです」
「では決まりだ」
「実は兄も余興で一役買います」
「そうなんですか! それは楽しみだ! 楽しみが増えた!」
気さくな性格のフェドー伯爵令息は、豪快に笑いながら、私のお目付け役でもあるメリザンドにも友好的に接してくれる。私たちが甘い焼き菓子に目がないと気づいているので、お土産も忘れず、それは私だけでなくメリザンドの分も用意されていた。
「楽しみですね!」
メリザンドも一目置くフェドー伯爵令息に、私は早くも好意を抱き始めていた。
そういうわけで、待ちに待った王宮騎士団の練習試合で私たち両家はまとまって貴族席で見物した。王宮騎士団の練習試合は行進や楽団の演奏などもあり、闘技場を市場が囲み、身分を問わず見物できる王都をあげてのお祭りなので、とても賑やか。
当然、合間であちこちに挨拶の声があがる。
半ば普通の宴会と化し、静かに頷き続ける母に場を任せ、私はフェドー伯爵令息と目配せして少し散策へ。メリザンドはお目付け役なので同じ席にいたけれど、私を追おうとして母に止められ、察した様子でウィンクをよこした。
「陽気な人だ」
メリザンドを既に親戚のように扱ってくれるフェドー伯爵令息には、どこか懐の深さを感じる。兄とは性格が異なるものの、似たような安心感を与えてくれる。
「自分では戦わないの?」
ふいに問いかけてから、自分の口調がずいぶんと砕けている事に気づいた。
彼は少なからず驚いた様子で目を煌めかせ、それから目線で私を市場へ誘った。
「嗜み程度さ。あなたは?」
「母はいざという時に身を守れるようにと、私に短剣をくれました」
「くれました?」
彼が気になるのは、そこらしい。
「母が短剣をくれたわ」
言い直すと、彼が嬉しそうに微笑んだ。
その顔がとても優しくて、少なからず好意を抱き始めていた私の胸は、一気に熱くなった。
「それで果物でも切った?」
「いえ。メリザンドと海賊ごっこをして壁を削った」
「はは! ほら、意外におてんばなんだ。馬は?」
「乗るわ」
「次は遠乗りに行こう」
「夕食はあなたが仕留めてくれるの?」
「ああ。肉がお望みなら、少し手伝ってもらおう」
「いいわ」
狩の経験はないけれど、彼に教わるなら楽しそう。
市場には同じように散策に下りた貴族たちがちらほらといて、売り子のほうも心得ているので、この日ばかりは積極的に声をかけてくる。
いちじくのパイとメレンゲを食べ歩きながらお喋りを楽しんでいると、後半戦の開始を告げる鐘が鳴り響いた。私とフェドー伯爵令息は期待を胸に笑みを交わして、踵を返した。
そのとき。
「?」
ふと明文化し難いなにかを感じて、私は振り向いた。
なんのことはない。人混みの隙間に、見覚えのある顔があっただけだ。こちらを睨んでいる。
「フランシーヌ?」
粗暴なフェドー伯爵令息は私を呼び捨てにしたけれど、なぜか私は、それが嬉しかった。だから笑って答えた。
「元婚約者がいたの」
「へえ」
「練習試合に興味があるとは思わなかった。付き合いで来てるのかも」
「ははぁん。向こうは未練があるんだろう」
「向こうが破棄したのに?」
「まったくわけがわからないよな。行こう」
彼の手が背中に添えられて、あたたかくて、私はすっかり忘れてしまった。
熱い戦いに胸が躍り、甘い刺激に舌が踊り、彼も鼻歌を歌い出し、すべてが完璧だった。の、だ、けれど……
「あなたは気品に溢れ神々しく美しいのに、意外にも豪胆だなと思っていたんです。なるほど、兄上の影響ですか。じゃあ次は王宮騎士団の練習試合を見物するっていうのはどうです?」
「ええ、ぜひ。とても楽しみにしていたのです」
「では決まりだ」
「実は兄も余興で一役買います」
「そうなんですか! それは楽しみだ! 楽しみが増えた!」
気さくな性格のフェドー伯爵令息は、豪快に笑いながら、私のお目付け役でもあるメリザンドにも友好的に接してくれる。私たちが甘い焼き菓子に目がないと気づいているので、お土産も忘れず、それは私だけでなくメリザンドの分も用意されていた。
「楽しみですね!」
メリザンドも一目置くフェドー伯爵令息に、私は早くも好意を抱き始めていた。
そういうわけで、待ちに待った王宮騎士団の練習試合で私たち両家はまとまって貴族席で見物した。王宮騎士団の練習試合は行進や楽団の演奏などもあり、闘技場を市場が囲み、身分を問わず見物できる王都をあげてのお祭りなので、とても賑やか。
当然、合間であちこちに挨拶の声があがる。
半ば普通の宴会と化し、静かに頷き続ける母に場を任せ、私はフェドー伯爵令息と目配せして少し散策へ。メリザンドはお目付け役なので同じ席にいたけれど、私を追おうとして母に止められ、察した様子でウィンクをよこした。
「陽気な人だ」
メリザンドを既に親戚のように扱ってくれるフェドー伯爵令息には、どこか懐の深さを感じる。兄とは性格が異なるものの、似たような安心感を与えてくれる。
「自分では戦わないの?」
ふいに問いかけてから、自分の口調がずいぶんと砕けている事に気づいた。
彼は少なからず驚いた様子で目を煌めかせ、それから目線で私を市場へ誘った。
「嗜み程度さ。あなたは?」
「母はいざという時に身を守れるようにと、私に短剣をくれました」
「くれました?」
彼が気になるのは、そこらしい。
「母が短剣をくれたわ」
言い直すと、彼が嬉しそうに微笑んだ。
その顔がとても優しくて、少なからず好意を抱き始めていた私の胸は、一気に熱くなった。
「それで果物でも切った?」
「いえ。メリザンドと海賊ごっこをして壁を削った」
「はは! ほら、意外におてんばなんだ。馬は?」
「乗るわ」
「次は遠乗りに行こう」
「夕食はあなたが仕留めてくれるの?」
「ああ。肉がお望みなら、少し手伝ってもらおう」
「いいわ」
狩の経験はないけれど、彼に教わるなら楽しそう。
市場には同じように散策に下りた貴族たちがちらほらといて、売り子のほうも心得ているので、この日ばかりは積極的に声をかけてくる。
いちじくのパイとメレンゲを食べ歩きながらお喋りを楽しんでいると、後半戦の開始を告げる鐘が鳴り響いた。私とフェドー伯爵令息は期待を胸に笑みを交わして、踵を返した。
そのとき。
「?」
ふと明文化し難いなにかを感じて、私は振り向いた。
なんのことはない。人混みの隙間に、見覚えのある顔があっただけだ。こちらを睨んでいる。
「フランシーヌ?」
粗暴なフェドー伯爵令息は私を呼び捨てにしたけれど、なぜか私は、それが嬉しかった。だから笑って答えた。
「元婚約者がいたの」
「へえ」
「練習試合に興味があるとは思わなかった。付き合いで来てるのかも」
「ははぁん。向こうは未練があるんだろう」
「向こうが破棄したのに?」
「まったくわけがわからないよな。行こう」
彼の手が背中に添えられて、あたたかくて、私はすっかり忘れてしまった。
熱い戦いに胸が躍り、甘い刺激に舌が踊り、彼も鼻歌を歌い出し、すべてが完璧だった。の、だ、けれど……
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