婚約破棄したくせに「僕につきまとうな!」とほざきながらストーカーするのやめて?

百谷シカ

文字の大きさ
7 / 12

7 些末な問題ですね

しおりを挟む
 その夜は婚約を祝う祝宴となった。もちろん、居合わせた両家の人間だけの、内々のお祝いだ。母と次兄が旅を切り上げて戻って来られる頃合いを見計らって、正式な婚約発表を行う事に決まった。

 夕焼けに染まる前庭に食事会さながらの準備をして、松明を灯し、星空の下で極上の肉や魚、お酒を囲んでいる。豪快なフェドー伯爵に合わせたような豪華な食事は、シャサーヌ伯爵家の歓喜と歓迎の気持ちが込められているように思えた。

 
「はああぁぁぁっ! 嬉しくてじっとしていられませんッ! お嬢様、私を止めないでくださいッ!!」

「えっ!? メリザ──」


 唐突に席を立ち馬のように走っていった彼女へと向けた手が、行き場を失う。


「何度か言ったが、彼女は面白い人だな」


 フェドー伯爵令息が真顔で言った。


「そうなんですよ。ハハハ。あぁ、妹だけでなく彼女を奪われると思うと、あなたが憎い」


 長兄のデヴィッドが冗談で返した。
 メリザンドは家族同然。それはそうなのだけれど、たとえ兄でも求婚でもしない限りメリザンドを引き留めるのは不可能だろう。私たちは強い絆で結ばれ──


「……」

「ん? どうしました? レディ・フランシーヌ」


 フェドー伯爵令息は、家族の手前、少しお行儀よくしている。
 

「いえ。なんでも……」


 私は肉料理を口に含み、物理的に沈黙の権利を得た。
 兄とメリザンドは2つ違い。信頼関係と年齢差を考慮すれば、充分、その線は在り得る。今までそうでなかったとしても、私の婚約がきっかけで彼女がかけがえのない人だと気づき……なんて事がないとも限らない。

 だけど、ディディエ伯爵家との婚約中はそんな素振りはなかった。
 ただ、現婚約者ほど元婚約者は歓迎されてはいなかった。

 
「……」

「この細い顎でよくゴリゴリ肉を噛みしだくもんだと感心しますよ」

「妹は、見た目より狂暴で。母に似たんでしょうな」


 メリザンドには幸せになってほしいけれど、相手は兄でなくてもいい。
 どうか、フェドー伯爵家の付近で見つけてくれますように……まだ遅すぎはしない。


「ん? 戻ってきた」

「?」

「?」


 思ったよりあっという間に戻ってきたメリザンドに全員で目を向けた。
 歓喜に打ち震え酔いも手伝いかなりの興奮状態だったはずのメリザンドは、打って変わって鬼気迫る様子で戻ってくると食卓に手をついて父に告げた。


「旦那様、ディディエ伯爵家の馬車が……!」

「──え?」


 楽しい祝宴が一瞬で凍り付いた。
 けれど、それも一瞬の事だった。

 フェドー伯爵令息が雄々しく忌々しげな唸り声と共に、悪態をついたのだ。


「ああ、もう! 鬱陶しい奴だな!」


 その通りだった。


「次に顔を見せやがったら折りたたんで池に放り込んでやる」


 彼の言葉に私たちはかなり安堵した。
 メリザンド以外は。


「向こうが言い出した破談なのに」


 父が言い、


「妹に未練があるようだ」


 兄が言い、


「お嬢様になにかあったら……! ああっ! ロイク様!! どうかお嬢様をお守りくださいぃぃぃッ!!」


 メリザンドだけは号泣。
 ちなみに、私たちの間ではっきりと彼の名を口にしたのは彼女が初めてだった。


「もちろんだ。俺はこの人に惚れているんですよ。あなたの大事なお嬢様に指1本だって触れさせやしない」

「ロイク様ぁぁぁぁッ!」

「あなたが理解ある男でよかった」

「妹を頼みます」


 結束が強まった。

 そう。なにも心配は要らない。
 やや不可解で鬱陶しい私の元婚約者など、私たちの絆の前では些末な問題なのだ。


「さあ、メリザンド。デザートが運ばれてきたわ。あなたの好きな白鳥のシュークリームもある。泣かないで。一緒に食べましょう。ほら、座って」

「おおおお嬢様ぁぁぁっ」


 みんなに愛されて、私、本当に幸せ。
しおりを挟む
感想 19

あなたにおすすめの小説

聖女で美人の姉と妹に婚約者の王子と幼馴染をとられて婚約破棄「辛い」私だけが恋愛できず仲間外れの毎日

ぱんだ
恋愛
「好きな人ができたから別れたいんだ」 「相手はフローラお姉様ですよね?」 「その通りだ」 「わかりました。今までありがとう」 公爵令嬢アメリア・ヴァレンシュタインは婚約者のクロフォード・シュヴァインシュタイガー王子に呼び出されて婚約破棄を言い渡された。アメリアは全く感情が乱されることなく婚約破棄を受け入れた。 アメリアは婚約破棄されることを分かっていた。なので動揺することはなかったが心に悔しさだけが残る。 三姉妹の次女として生まれ内気でおとなしい性格のアメリアは、気が強く図々しい性格の聖女である姉のフローラと妹のエリザベスに婚約者と幼馴染をとられてしまう。 信頼していた婚約者と幼馴染は性格に問題のある姉と妹と肉体関係を持って、アメリアに冷たい態度をとるようになる。アメリアだけが恋愛できず仲間外れにされる辛い毎日を過ごすことになった―― 閲覧注意

『壁の花』の地味令嬢、『耳が良すぎる』王子殿下に求婚されています〜《本業》に差し支えるのでご遠慮願えますか?〜

水都 ミナト
恋愛
 マリリン・モントワール伯爵令嬢。  実家が運営するモントワール商会は王国随一の大商会で、優秀な兄が二人に、姉が一人いる末っ子令嬢。  地味な外観でパーティには来るものの、いつも壁側で1人静かに佇んでいる。そのため他の令嬢たちからは『地味な壁の花』と小馬鹿にされているのだが、そんな嘲笑をものととせず彼女が壁の花に甘んじているのには理由があった。 「商売において重要なのは『信頼』と『情報』ですから」 ※設定はゆるめ。そこまで腹立たしいキャラも出てきませんのでお気軽にお楽しみください。2万字程の作品です。 ※カクヨム様、なろう様でも公開しています。

ある朝、結婚式用に仕立ててもらったドレスが裂かれていました。~婚約破棄され家出したために命拾いしました~

四季
恋愛
ある朝、結婚式用に仕立ててもらったドレスが裂かれていました。

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。 クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。 婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。 そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。 そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯ 王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。 シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

没落寸前でしたが、先祖の遺産が見つかったおかげで持ち直すことができました。私を見捨てた皆さん、今更手のひらを返しても遅いのです。

木山楽斗
恋愛
両親が亡くなってすぐに兄が失踪した。 不幸が重なると思っていた私に、さらにさらなる不幸が降りかかってきた。兄が失踪したのは子爵家の財産のほとんどを手放さなければならい程の借金を抱えていたからだったのだ。 当然のことながら、使用人達は解雇しなければならなくなった。 多くの使用人が、私のことを罵倒してきた。子爵家の勝手のせいで、職を失うことになったからである。 しかし、中には私のことを心配してくれる者もいた。 その中の一人、フェリオスは私の元から決して離れようとしなかった。彼は、私のためにその人生を捧げる覚悟を決めていたのだ。 私は、そんな彼とともにとあるものを見つけた。 それは、先祖が密かに残していた遺産である。 驚くべきことに、それは子爵家の財産をも上回る程のものだった。おかげで、子爵家は存続することができたのである。 そんな中、私の元に帰ってくる者達がいた。 それは、かつて私を罵倒してきた使用人達である。 彼らは、私に媚を売ってきた。もう一度雇って欲しいとそう言ってきたのである。 しかし、流石に私もそんな彼らのことは受け入れられない。 「今更、掌を返しても遅い」 それが、私の素直な気持ちだった。 ※2021/12/25 改題しました。(旧題:没落貴族一歩手前でしたが、先祖の遺産が見つかったおかげで持ち直すことができました。私を見捨てた皆さん、今更掌を返してももう遅いのです。)

【完結】ブスと呼ばれるひっつめ髪の眼鏡令嬢は婚約破棄を望みます。

はゆりか
恋愛
幼き頃から決まった婚約者に言われた事を素直に従い、ひっつめ髪に顔が半分隠れた瓶底丸眼鏡を常に着けたアリーネ。 周りからは「ブス」と言われ、外見を笑われ、美しい婚約者とは並んで歩くのも忌わしいと言われていた。 婚約者のバロックはそれはもう見目の美しい青年。 ただ、美しいのはその見た目だけ。 心の汚い婚約者様にこの世の厳しさを教えてあげましょう。 本来の私の姿で…… 前編、中編、後編の短編です。

聖女追放された私ですが、追放先で開いたパン屋が大繁盛し、気づけば辺境伯様と宰相様と竜王が常連です

さくら
恋愛
 聖女として仕えていた少女セラは、陰謀により「力を失った」と断じられ、王都を追放される。行き着いた辺境の小さな村で、彼女は唯一の特技である「パン作り」を生かして小さな店を始める。祈りと癒しの力がわずかに宿ったパンは、人々の疲れを和らげ、心を温める不思議な力を持っていた。  やがて、村を治める厳格な辺境伯が常連となり、兵士たちの士気をも支える存在となる。続いて王都の切れ者宰相が訪れ、理屈を超える癒しの力に驚愕し、政治的な価値すら見出してしまう。そしてついには、黒曜石の鱗を持つ竜王がセラのパンを食べ、その力を認めて庇護を約束する。  追放されたはずの彼女の小さなパン屋は、辺境伯・宰相・竜王が並んで通う奇跡の店へと変わり、村は国中に名を知られるほどに繁栄していく。しかし同時に、王都の教会や貴族たちはその存在を脅威とみなし、刺客を放って村を襲撃する。だが辺境伯の剣と宰相の知略、竜王の咆哮によって、セラと村は守られるのだった。  人と竜を魅了したパン屋の娘――セラは、三人の大国の要人たちに次々と想いを寄せられながらも、ただ一つの答えを胸に抱く。 「私はただ、パンを焼き続けたい」  追放された聖女の新たな人生は、香ばしい香りとともに世界を変えていく。

処理中です...