お兄様、奥様を裏切ったツケを私に押し付けましたね。只で済むとお思いかしら?

百谷シカ

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12 スージーは暗い檻の中

「……」


 その顔が思いのほか冷静で、私は違和感を覚えた。
 横顔から読み取れたのは、絶望や怒りや焦りでも恐怖でもなく、疲労。
 
 夜泣きが堪えた?

 だけど、確かに母性だけは感じたのに。
 やはり彼女は、兄に相応しい酷い娼婦、それだけのものなのか。

 がっかりしている自分に、びっくりよ。
 なにを期待していたのだろう。


「……」


 ええ、そうよ。
 赤ん坊と引き離されて泣き叫ぶ姿を、目の当たりにすると思い込んでいたのよ。

 たとえ、兄に相応しい娼婦だろうと。

 溜息をついた私の背中を、アルセニオが摩ってくれる。
 スージーを連行する役人たちは、執事が対応してくれていた。

 重苦しい空気の中で、私たちは順に大階段を下りていた。
 
 そしてついに、玄関広間の中央でスージーが足を止めた。
 縄を引かれても踏ん張り、振り向いた。

 燃えるような瞳で。


「私たちの暮らしを知ってる?」

「歩け!」


 役人が容赦なく連れて行こうとしても、スージーは踏みとどまった。そして私ではなく、まだ大階段の中腹にいたリヴィエラに叫んだ。


「あんたはいいねぇ! 殴られもしない! 蹴られもしない! ただそうやって着飾って泣いていれば守ってもらえるお貴族様が、この世の終わりみたいな顔していい気なもんだ! 私たちみたいに金で買われて股を開かなきゃ食ってけない女がさぁッ、みんな好きでやってるわけじゃないんだよッ! あんたらお貴族様が貪り食って出した糞の塊なんだよッ!!」

「黙れ!」


 ことさら強く縄を引かれ、スージーは引き摺られるようにまた歩き出した。けれど、その燃えるような目を私に据えた。


「ね、ソニア様?」

「!」


 突き刺されたような衝撃。
 私は、初めてスージーを恐いと思った。

 アルセニオが庇うように私を抱きしめた。


「伯爵様が今の代になってから、町がどこまで落ちぶれたかご存知?」

「いい加減にしろ!」


 ついに役人がスージーの頭に麻袋を被せた。
 そして担がれ、物のように運ばれていった。

 心臓がバクバクいって、汗が噴き出す。

 間違っている。
 とにかく、何か取り返しのつかない罪を犯してしまったような、そんな焦燥。


「引き留めて」


 私はアルセニオの胸を叩き、そう言っていた。


「ソニア?」

「いいから。馬車を出させないで」

「無駄だ。彼女は不敬罪で逮捕されたんだ」

「わかってるから少し待たせて!」


 アルセニオの腕から飛び出し、大階段を駆け上る。
 途中、座り込んだままスージーに目を向けるリヴィエラを追い越す。

 私は私室に走った。

 事情を把握しているらしいメイドは、頑としてカルミネを離さなかった。だから、カルミネのよだれかけを掴んだ。
 それから寝室に飛び込んで、邪魔なベッドの上かけを剥いで、シーツを掻き集めて丸めてそれを抱いてまた走った。

 大階段を駆け下り、玄関広間を駆け抜け、前庭に出る。
 囚人用の馬車が死神のようにそこにいた。

 檻の中に座るスージーは抜け殻のようだった。

 役人を引き留めていたアルセニオが、私を不安そうに見つめた。私は大股で檻の前まで行き、スージーに声をかけた。


「私よ」


 それから鉄格子の隙間に手を入れて、彼女の頭から麻袋を外した。


「いつもお優しい事で」


 スージーが鼻で笑う。
 スージーは疲れているのだ。人生に。

 
「あの日、ブランケットをかけたのはたぶんリヴィエラ」

「……」


 反応は薄い。
 私は話題を変えた。あまり時間はない。


「兄は宗教裁判ですって」


 スージーの夫であり、カルミネの父親。
 悪魔みたいな男で、不出来な領主で、それを承知で憎々しいお貴族様の胤を宿して乗り込んで来たなんて、どうして……そんな疑問が私の中で渦巻いていた。

 なにがしたかったの?

 兄がリヴィエラにしたかったように、傷つけるために貴族の血を引くこどもを産んだの?

 

 そう思うのと同時に、スージーが私を凝視した。
 私は息を呑んだ。

 あなたは棄てないでしょ、と。
 鋭い眼差しが真意を伝えてくる。

 
「……」


 恵まれずに生まれ、娼婦になるしかなかった。
 こどもがほしいけど、とても育てられない。
 だけど貴族との子なら、こどもは生きていける。

 そんなふうに考えていた人なのだと、私が勝手に思いたいだけ。

 グルグル巻きのシーツからカルミネのよだれかけを引っ張り出して、檻の中にぐいと挿し込んだ。


「!」


 スージーの仮面が、砕けた。
 スージーはよだれかけを掴むと、震える手で握りしめ、抱きしめるように胸元に寄せて、キスをした。切なそうに眉を絞り、嗚咽を洩らした。


「私がちゃんと育てる」


 返事はなかった。
 それに、時間もなかった。

 
「アルセニオ。手伝って」


 彼を呼び、檻の外側をシーツで覆う。


「見世物になんかさせないわ。あの子の母親なのよ」

「お人好しめ」


 悪態をつきながらも、アルセニオは手伝ってくれた。

 いつだってそう。
 私の望みを叶え、私のためになんでもしてくれる。

 愛されている。

 けれど……この世は不公平で、責任の一端を私も背負っている。
 そんな事を考えながら、私は、馬車を見送った。
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