お兄様、奥様を裏切ったツケを私に押し付けましたね。只で済むとお思いかしら?

百谷シカ

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19 何にも縛られない(※リヴィエラ視点)

「どうしたの?」


 ソニアが察してくれた。
 私はマックス・アーカート卿から、ソニアの緊迫した顔へ視線を移した。


「ん?」


 バーヴァ伯爵も訝し気に声を洩らす。


「父から、手紙が。勘当されました」

「なんですって!?」


 椅子を蹴るように立って、ソニアがこちらへ向かって来る。そして私の手に握られた父からの手紙を無言でもぎ取り、険しい表情で目を走らせた。

 バーヴァ伯爵も席を立ち、ソニアの真後ろに立って手紙を覗き込んだ。


「なんたる非情。レディ・リヴィエラは巻き込まれた被害者だ」

「そうよ!」

「無事で済んだと喜ぶべきところを『滲みのついたリネンは破棄するのが妥当』だと?」

「リネンに例えるなんて!」

「ああ、クソッ」

「まともな男はいないのッ!?」


 相性ピッタリのふたりが私のために憤慨してくれている。
 それだけで、かなり心が救われた。


「次期当主となる弟への教育や、妹たちの結婚が優先されるのは、当然です」

「またそんな事言って。もうイイコでいる必要なんかないわ! あなた心無い父親から使い捨てにされたのよ!? ッ!」


 ソニアがハッと目を見開いて、自らの口を両手で塞いだ。


「ごめんなさい……!」

「いいの。ソニア。その通りなのよ」

「ああ、私……なんて事……っ」


 ソニアが私を傷つけるために言ったわけではないと、わかっている。
 むしろ私のために言ってくれた。私のために怒ってくれた。
 だから、嬉しかった。

 私はソニアの手に触れようとして、ふと気づいて身を引いた。


「?」


 ソニアが混乱している。


「私はもう、貴族ではないので」

「馬鹿言わないで!」


 ソニアが潤んだ目で私を睨み、私の手を掴んだ。そして引き寄せて、私をぎゅっと抱きしめた。

 何にも縛られない私を繋ぎとめようとする、たった一つのもの。
 それが大切な人の腕であるなら、私は幸せだ。

 強く抱きしめられながら、私はただ天井を見つめた。


「……」


 ──あんたはいいねぇ! 殴られもしない! 蹴られもしない! 


 スージー。


 ──ただそうやって着飾って泣いていれば守ってもらえるお貴族様が、この世の終わりみたいな顔していい気なもんだ! 


 ごめんなさい、スージー。


 ──私たちみたいに金で買われて股を開かなきゃ食ってけない女がさぁッ、みんな好きでやってるわけじゃないんだよッ! あんたらお貴族様が貪り食って出した糞の塊なんだよッ!!


 あなたの言う通りよ。
 自由になって、やっと、意味がわかったわ。

 静かな涙が目尻から零れて、耳の中に入っていく。
 それがくすぐったくて、私は溜息をついた。


「レディ・リヴィエラ。悲観するなと言っても無理だろうが、思い詰める事はない。私が手を打とう。あなたが自由なら、私があなたをどうしようと誰も文句はあるまい」


 静かに憤るバーヴァ伯爵の声は、低く、力強い。
 私は、私を抱きしめて震えるソニアの背を撫でて、抱擁を解くよう促した。

 体を離すと、ソニアは私の腕を掴んで顔を覗き込んでくる。


「ああ、リヴィエラ。そうよ。私たちと一緒にいればいい。私たちは家族なんだから」


 ソニアが意気込んで言った。
 本気でそう思ってくれているのは、素直に嬉しい。

 だから私は、今、こんなにも穏やかに笑っていられるのだ。


「バーヴァ伯爵。御厚意を賜り嬉しく思います。ですが、おふたりの美しい門出を邪魔したくありません」

「やめて」

「レディ・ソニア」

「やめて!」

「もう充分です。ありがとうございました」


 ソニアが両手で顔を覆って俯く。
 守るように肩を抱いたバーヴァ伯爵がなにか言おうと口を開けた時、思わぬ方向から低い声が滑り込んだ。


「差し出がましいようですが」

「……?」


 ゆっくりと首を巡らして、その見知らぬ男性をまじまじと見つめる。

 沸き立った頭が、いくらか冷静になっていた。
 私は我に返り、自らを恥じた。

 
「申し訳ありません。

「いえ、お気になさらず。それより、あなたは曲りなりにもフロリアン伯爵夫人としてここで生きていたのでしょう。あまり卑屈になる必要はない」

「お気遣いありがとうございます」


 私が膝を折ってお辞儀をすると、ソニアがなぜか彼を睨んだ。
 バーヴァ伯爵がソニアを撫で摩り宥める。そうしながらも、同じように彼を睨むような目つきで警戒している。

 彼は至極冷静だった。


「正式にフロリアン伯爵家を継いだ身として、一言。リヴィエラ。あなたの身の振り方が決まるまで、永続的に部屋を提供する」

「……」

「暮らしを変える必要はない」


 彼は事務的だった。
 それは優しさや情ではない。ただ、本心ではあるようだった。

 彼はまっすぐ私を見つめたまま、こう締め括った。


「自由とは、選び取る権利だ。だから、私はここに居る」
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