お兄様、奥様を裏切ったツケを私に押し付けましたね。只で済むとお思いかしら?

百谷シカ

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22 穢れなき罪のために(※マックス視点)

「町の様子は、よくないのですか?」


 伏目がちにリヴィエラが口を開いた。
 惨状を目の当たりにする前に心構えをさせたほうがいい。そう判断し、簡潔に伝える。


「ここ十数年、度重なる重税でかなり圧迫させたようだ」

「……そう、ですか」

「娼館や賭博場、宝石店、質屋などは優遇されている」

「……」

「そこから手を付けるつもりだ。まずは民の暮らしをまともな水準に引き上げなくては」

「私、何も知らない愚かな女ですよね。何も知らないで、着飾って、笑って、食べて……毎晩、あたたかなベッドで泣くんです」


 生贄のような半生を辿り、リヴィエラは悲観的になっている。

 口が上手ければ慰める事もできるだろう。
 私には不向きなので、そういう助けはフロリアン伯爵令嬢に一任している。

 だが間もなく、私一人で対応しなくてはいけない生活が始まる。

 引き留めるためには、信頼されなくてはならない。
 少なくともバーヴァ伯爵と同じ部類くらいには思ってもらわなければ。


「それが当然だ。あなたが政務に関わる事など、誰も望んでいない」

「……」


 しまった。


「あなただけでなく、女性の仕事ではない。たまにそういう女傑と呼ばれる部類の猛者も現れるが、一握りだ。あなたは違う」


 フロリアン伯爵令嬢のありがたみを知った。
 リヴィエラがわずかに口角をあげる。


「私の仕事は、もうお人形ではありません」


 この話は切り上げたほうがよさそうだ。


「あなたは教会へ寄付をする。それで充分だ」

「……そうでしょうか」


 長い旅になる。

 私の覚悟は、現実になった。
 馬車が町に入ると、その不衛生極まる劣悪たる様子に、リヴィエラは息を呑んだ。小窓に貼り付いて目を瞠り、何度も肩を揺らす。


「そんな……」

「心配しなくても、ここで悪政が行われただけであなたの故郷はまともだ」

「……」


 聞いていない。

 控えめで礼儀正しく淑女然としたリヴィエラだが、忍耐強さが悪いほうへ作用している。彼女の背負うべきではない罪のために、傷つき、贖罪に身を投じる覚悟だ。
 
 気の済むまでやらせるしかない。


「着くぞ」

「……はい」


 目当ての教会は、まだ衛生観念を保っていた。
 しかしリヴィエラは、その貧しさや、貧しさからくる度の過ぎた節制に胸を抉られたようだった。


「……ドレスや手袋なんて、役に立たないわ」

「質屋で金に換えるという手がある」

「……」

「ブローチなどは、孤児が喜ぶかもしれない。女児のほうが」

「……お金に、変えさせてください」


 私は馬車を質屋に向けさせた。
 リヴィエラの荷物は莫大な援助金に化けた。

 対応したシスターは、神の恵み、神の導きに感謝し、リヴィエラからそのすべてを受け取った。リヴィエラは共に祈りを捧げ、また近いうちに訪れると約束をする。連れてくるのは、私だ。


「様子を見せてください」


 私は視察の目的を果たすため、教会の運営する救護院と孤児院の案内を受けた。
 
 救護院では案の定リヴィエラが世話を焼き始め、シスターの感嘆の溜息に苦々しい気持ちにさせられた。新しい領主として、教会への援助を検討するのは当然の責務。だがリヴィエラがシスターに交じり看護にあたる必要はまったくない。


「触るんじゃないよ!」

「?」


 心配した矢先、病人がリヴィエラの手を払い除けた。
 私とシスターは同時に早足で向かう。

 リヴィエラが息を乱し、払われた手を抱くような姿勢で怯えている。

 しかし。


「ああ……すみませんねぇ、あたしゃ病気なんで。親切なお嬢様にうつしちゃいけないって思ったら、つい……向こうへ行ってください。そのお慈悲だけで、ちょっとは楽になりましたから……うっ」


 病人は中年の女で、諦めたように笑ってから呻った。
 痛みが酷いらしい。

 リヴィエラは居た堪れないといった表情で固まっている。
 私は隣に並び、一言告げた。


「医者を手配しよう」

「お願いします……」


 その後、孤児院で貧しくも元気なこどもたちに懐かれると、リヴィエラの顔に笑顔が戻った。

 結局、教会には3時間ほど滞在してしまった。
 すでに陽が傾き、冷えた風が吹き抜ける。


「今日できる事はもうない」

「……」

「あなたは、充分やった」

「……」


 動かない。
 馬車に乗らない。

 
「リヴィエラ」


 また泣き出すかと思った。

 初めて見た、あの美しい泣き顔が脳裏に過る。

 不憫な令嬢が無慈悲な通達を握りしめ応接室に現れた時、私は、その美しさに胸打たれた。外見もそうだが、なにより、悲嘆を受け止めた静かな覚悟と、祈るような涙に、神の存在を目の当たりにしたようだった。

 この想いは、信仰に似ている。

 だがリヴィエラは天使ではない。
 政治と悪事の道具にされ傷ついた無垢な令嬢だ。

 思いを遂げさせてやりたい反面、もうやめろと言いたい。
 試練が魂を強めるとは限らない。本人も気づかぬうちに、潰れていくかもしれない。


「リヴィエラ、またいつでも来るから」


 幼子をあやす口調を真似て、説得にあたる。
 
 呆然と私の足元辺りを凝視していたリヴィエラの瞳に、意志が宿った。
 嫌な予感がした。

 リヴィエラが強い眼差しで、私を見あげる。


「監獄へ連れて行ってください」
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