お兄様、奥様を裏切ったツケを私に押し付けましたね。只で済むとお思いかしら?

百谷シカ

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23 光の下と影の中(※マックス視点)

 メイラー侯爵の宗教裁判に伴い前フロリアン伯爵は移送されたが、スージーのほうは〈フロリアン伯爵令嬢及び元フラカストロ伯爵令嬢への不敬罪〉で領内の監獄に収監されている。

 もう関わるな。
 それが、本心だった。


「お願いします」


 リヴィエラは頑固だ。
 冷酷な父のもとで耐え、残酷な仮の夫のもとでも耐えてきた。耐え忍びながら意志を貫くリヴィエラの意向を挫けば、隠れて思いを遂げるのは明らかだ。

 
「私の指示を守り、必ず離れないと約束するなら」

「約束します」


 私たちは監獄へ向かった。
 山道や橋を越え、深い森を抜けた先。暮らしから隔絶されたその場所は、さながらこの世の地獄と言える。

 気が気ではなく、横目で何度もリヴィエラの様子を確かめた。

 手続きを済ませ、監獄長の案内で女子棟へ通される。
 身の安全は確保されているものの……


「御領主様が慰問にいらしてくださったとなれば、ここの女たちも少しは改心するでしょうよ」


 上機嫌な監獄長と、今にも卒倒しそうなリヴィエラに挟まれ、私は果てしなく後悔していた。

 そんな私に呼応するように、事件は起こった。
 ちょうど向かっている方向の雑居房で、女たちの狂暴な怒声があがった。乱闘騒ぎだ。


「こんな時に!」


 監獄長が走り出し、辺りからも来れるだけの看守が駆けつける。
 その中にリヴィエラが飛び込んでいった。


「リヴィエラ!」


 捕まえようと伸ばした腕が、屈強な女看守たちに阻まれた。

 彼女はスージーに会いに来たのだ。
 彼女は今、スージーの事で頭がいっぱいなのだ。

 あの愚かな女のために、まだ傷つこうとしている。


「貴族に成り上がろうなんて生意気なんだよ!!」

「そうだそうだッ!」

「お高く留まってんじゃないよアバズレがぁっ!」


 最悪な事に、乱闘騒ぎの中心にいるのは当のスージーのようだった。
 看守たちを掻き分け、檻の前で血相を変えたリヴィエラに並ぶ。そして夢中でその体に腕を回し、そこから連れ去ろうとした。

 その時だ。

 太った大柄の囚人が、一人の華奢な囚人の髪を後頭部から掴み、石壁に数度、激しく叩きつけた。


「これで! 思いッ、知ったか!!」

「やめてぇッ!!」


 リヴィエラの叫びなど、檻の中の狂暴な女たちには届かない。
 むしろ、檻の中では歓声があがった。囚人たちは、額から血を流して転がった華奢な囚人を踏みつけながら、暴行に及んだほうを囃し立て喜んでいる。


「お前たち! なにやってる!」

「やめなさい! 全員、懲罰房にぶちこむよ!」


 そこにあるのは狂気だ。
 挑発がきっかけかは定かではない。ただ、鬱憤晴らしの餌食になった事だけは確かだろう。


「……っ」


 両手で口を押さえ、目を瞠り、リヴィエラは硬直している。


「スージー?」


 念のため尋ねると、リヴィエラは小さく頷いた。
 
 忌々しい。
 深い溜息が洩れる。

 檻の中では、なだれ込んだ女看守たちによる説教と実力行使がなされ、スージーもまた半身抱き起こされた。

 それで、顔が見えた。
 壁に打ち付けられる前までに、殴られたらしい。片目が異様に腫れあがり、唇が切れている。


「医官で足りるのか?」


 檻の外から、中の監獄長に尋ねる。


「ええ、なんとかしますよ。慣れてるんでね」

「っ」


 ついにリヴィエラが怒りの表情を浮かべ、涙を零した。


「ダメよ! 連れて帰ります……!」

「リヴィエラ」

「あの人はうちにいたのよ!? マックス!」


 リヴィエラが、涙を流しながら食って掛かる。

 囚人同士の撲殺など、珍しくはない。
 連れて来た私が悪い。

 私はリヴィエラの腕を掴み、了解したと頷いて報せ、再び監獄長に声をかけた。


「保釈金を払う。その女は、こちらで医者に診せる」

「え!?」


 驚くだろう。
 私も驚きだ。

 だがリヴィエラがそう望むのだから、するしかない。


「そちらで悪さを働いた女ですよ?」

「ああ。丁重に申し出ているうちに、手続きを」

「わ、わかりました……」


 戸惑っている監獄長が、ふと、泣き崩れるリヴィエラに目を向けた。ふしぎそうな顔をして、それから、昏倒したままのスージーに向き直り、その頬を叩いた。起きない。


「嘘……嘘……っ」


 愕然とするリヴィエラに、歩くよう促す。
 動かない。

 スージーが運ばれていく。
 額から鼻筋を辿り、頬を伝う、赤い血。


「スージー……! 嫌よ、こんな事……っ!!」


 リヴィエラが壊れる。
 私は舌打ちをした後、リヴィエラの細い手首を掴み強引に歩き出した。


「あなたはあの女を救おうとしているんだ、しっかりしろ!」


 なぜ。

 なぜ。

 罪のないあなたが、あの女を。

 その苛立ちをぶつけると、リヴィエラの目に理性が戻った。足を早めて私に並び、乱暴に涙を拭き、こちらを見あげる。


「ソニアに見つからないようにしないと」

「馬鹿を言うな」

「マックス……!」

「違う。医官の応急処置のあと、外科医の元へ直接運ぶんだ。悠長にベッドで待つ時間はない」

「死なないわよね?」

「わからない」

「お願い、マックス」

「私は医者じゃない。それに、あの女が死んでもあなたのせいではない」

「どうしてよ! 同じ命なのにッ!!」


 泣き叫んだリヴィエラ自身、自分がなにに対して憤っているのか、わかっていないのかもしれない。

 私は足を止め、彼女の両肩に手を置いて、その果てしなく済んだ瞳を覗いた。
 冷静ではない。だから、その心に届くように。


「わかっている。だから搬送するんだ」


 リヴィエラは息を止めた。
 それから、か細い声を絞り出した。


「そうね……あ、ありがとう……」


 結果、スージーは手厚い看護下に置かれる事となった。
 
 無論、私は不服でしかない。
 適切な処罰が下されたとは言えない。理由なき優遇措置でしかない。

 そんな事は、承知の上だ。
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