猫のもの語り         ~猫探偵社 始動編~

猫田 薫

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第九章 取り調べ

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窓のない取調室のドアが開き、刑事と記録係が静かに入ってきた。
二人が席に着くと、部屋には再び沈黙が満ちた。
その沈黙に耐えきれず、彼女は自ら言葉を発した。
「刑事さん、私は本当にやっていません。信じてください。
もし私が犯人なら、どうして自分から通報なんてするんですか?
私が彼女の家を訪ねたときには、もう……彼女は亡くなっていたんです。
強盗殺人だというなら、私が何を盗んだというんですか?
通報して、警察が来るまで、私はずっとあの場所にいたんですよ。
家を荒らすなんて、そんなこと……私がやるわけないじゃないですか。
私が行ったときには、すでに荒らされていたんです。
私がやったという証拠があるんですか? なぜ、私が疑われるんですか?」
「凶器からは、あなたの指紋しか検出されていないんですよ」
「それは……先日、彼女の家で果物を切ったときのものです。
私は昔、彼女の家でお手伝いをしていましたし、彼女とは姉妹のように育ったんです。
こんなことになるなんて……」
「あなたの素性はすでに調べています。
西園寺家で働いていたこと、そして――あなたが被害者の腹違いの妹であることも。
西園寺勝洋氏の妾の娘であることも、確認済みです。
由紀子さんが亡くなれば、あなたにも相続権が発生する。
財産目当てで彼女を殺害し、家を荒らして強盗殺人に見せかけた――
そう考えるのが自然では?」
「なぜ……私がそんな酷いことを?
お金には困っていません。母が遺してくれた財産で、十分に暮らしていけます。
もちろん、それは西園寺家のお父様からいただいたものだと思いますが……
由紀子さんを亡くしてまで、得たいものなんて何もありません。
私にあるのは、ただ……大切な姉妹を失った悲しみだけです」
……
警察署の大会議室では、捜査会議が始まろうとしていた。
ざわめきながら刑事たちが席に着き、資料や手帳を確認している。
やがて本部長が入室すると、全員が立ち上がり、敬礼ののちに着席した。
「事件の概要を報告します」
被害者は西園寺由紀子、57歳。
未明に何者かが邸宅に侵入し、刃物で複数回刺され、出血多量で死亡。
現場の状況から、強盗殺人の可能性が高いと見られている。
彼女は西園寺ホールディングスの顧問であり、実質的なオーナー。
創業者・勝洋氏の長女で、現在は経営には関与せず、株式保有を通じて影響力を持っていた。
勝洋氏には3人の子がいる。
長男・勝之(59)は独立して事業を営むが、経営は芳しくない。
次男・洋之(58)は美容整形医。医院は順調だが、ギャンブル癖があるとの情報あり。
長女・由紀子(被害者)は、亡き夫との間に3人の子を持つ。
長男・由雄(37)は商社勤務。不倫が発覚し、家庭は別居中。
次男・紀男(34)は飲食店経営者。投資の失敗で経営が傾き、家族とも疎遠。
長女・由子(28)は小学校教師。母とは不仲で、独立して一人暮らし中。
容疑者・斎藤京子(55)は第一発見者。
猫の保護活動の相談で訪問し、遺体を発見して通報。
凶器から彼女の指紋が検出され、また、彼女が被害者の腹違いの妹であることも判明。
財産目当ての犯行の可能性も視野に入れ、現在、拘留中。
「報告、ありがとう。
ただし、財産目当てという動機だけでは弱い。
他の兄弟や子どもたちにも相続権はある。
凶器に指紋があったとはいえ、犯人が自ら指紋を残すのは不自然だ。
他の可能性も視野に入れ、引き続き捜査を進めてくれ」
……
「斎藤さん、大丈夫ですか?」
接見室で、弁護士の小田桐が静かに声をかけた。
「取り調べ、厳しいようですね。
私からも抗議は入れてあります。
拘留期限までは、もう少し時間があります。
猫たちのことは、加賀美さんにお願いしました。
マルコの捜索も含めて、すでに動いてもらっています。
費用のことは後ほど整理しますが、まずは猫たちの安全は確保しましたので、ご安心ください」
「ありがとうございます……猫たちのことが気がかりで……
刑事さんたちは、私が妾の子だからって、財産目当てに由紀子さんを殺したって……
でも、そんなこと、絶対にありません。
彼女は……私の姉なんです」
「わかっています。
どんなに問い詰められても、認めないでください。
つらければ、黙っていていい。黙秘権はあなたの権利です。
もし、暴言や不当な取り調べがあれば、必ず私に知らせてください。
私は、あなたの味方ですから」
「……先生、ありがとうございます」
……
キーンコーンカーンコーン――
小学校の下校チャイムが、午後5時を告げる。
私は公園の近くを一通り探してみたけれど、猫の姿は見当たらなかった。
マリンも、まだ戻ってこない。
猫のおやつは持っているけれど、肝心の猫に出会えなければ意味がない。
マリンはしっかり者だけど、やっぱり猫は猫。自由で、気まぐれで、そして少し心配。
念のため、首輪はつけて、マイクロチップは埋め込んである。
犬のような登録制度はないけれど、最近では猫にもマイクロチップを入れる人が増えている。
それが、彼女を守る手段になるなら――それでいい。
「おまたせにゃ。いろいろ聞いて回ってたら、遅くなったにゃ。今日はもう終わりにするにゃ」
いつの間にか、マリンが静かに戻ってきていた。
空はすでに、夕暮れの茜色に染まり始めていて――陽は間もなく、沈もうとしている。
私はバッグを肩にかけ直し、彼女の言葉にうなずいた。
今日はもう帰ろう。焦っても、いいことはきっとない。
明日は朝から、斎藤さんの家に行き、メイとジュンの世話をする予定だ。
そのあとで――マルコの手がかりを探しに、別のエリアをあたってみようと思う。
マリンの背中はどこか誇らしげで、私の心にも静かな決意が灯った。
夜が明ければ、また次の手がかりがきっと、見つかる。
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