【完結】真実の愛に気付いたと言われてしまったのですが

入多麗夜

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深夜の捜索

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 夜気がひんやりと肌を撫でる。屋敷の外れ、文庫室へと続く裏道は、昼間のにぎわいが嘘のように静まり返っていた。

 その闇の中、足音を忍ばせながら二つの影がそっと歩を進めている。

「ちょっと……本当に暗くない? 蛇とかお化けとか、出ないでしょうね!?」

 小声で叫ぶようにしてミリアがエディンの袖を引っ張る。足元を気にしてか、時折つまずきそうになりながらも、なんとか歩を進めていた。

 エディンはというと、片手に小型の提灯を掲げながら、苦笑交じりに肩をすくめた。

「今はそんな場合じゃないでしょ。お化けは出ないし、蛇は昼行性だよ。それに、ミリアさん……そういう声が一番目立つんだけど」

「わ、分かってるわよ。でもこの雰囲気、絶対ろくでもない展開が来るやつじゃない!」

 冗談交じりの声に、エディンは息を吐きながらも、提灯の明かりを文庫室の扉に向けた。

「……そっちこそ気をつけて。ここから先は、どこに誰が潜んでるか分からないから」

 ミリアはようやく真剣な顔に戻り、頷いた。

 月明かりも届かぬ静寂の中、二人はゆっくりと、文庫室の扉を押し開けた。

 文庫室は、政務館の別棟として建てられた独立構造の書庫であり、古文書から現行の政策資料、国外との交渉記録に至るまで、膨大な文書が保管されていた。第一文庫は公開記録や日常記録、第二は各種政策草案と補助記録。そして、もっとも奥に位置する第三文庫が、国家機密に類する極秘文書を収める、いわば“禁域”だった。

 そのため、夜間にここへ足を踏み入れるというだけでも、文庫管理官以外にとっては異例の行動だった。

「まずは……第一文庫から見ていこう。異常があれば、足跡なり、風の流れなり、何かしらの痕跡があるはずだから」

 エディンがそう言って、兵士と共に足を踏み入れると、ミリアもすぐに後に続いた。石造りの床はひんやりと冷たく、棚と棚のあいだに差し込む提灯の明かりが、不規則に揺れては影をつくっていく。

 照らし出された書架には、革装丁の分厚い書物や、封蝋の残る文書束がずらりと並んでいた。どれも年季が入ったものばかりだが、整然と並べられ、管理の行き届いた印象があった。

「……さすがに第一文庫は問題なさそうだね。入退記録にも不審な動きはなかったはずだし」

 エディンが小声でつぶやきながら、扉横の記録板に目をやる。ミリアは棚の隙間を覗き込むようにしながら歩き、周囲の様子を注意深く見ていた。

「それでも、何かを残してるかもしれない。小さな紙切れでも、足跡でも……」

 提灯の灯がきらりと金具に反射し、天井の梁にまで揺らめく。そんな中、後方に控えていた兵士のひとりが声を潜めて告げた。

「……異常ありません、第一文庫。次はどうしますか?」

「第二へ進もう。ここより人の出入りは少ない。管理の手も限られているから、抜け道があるとしたらあっちだ」

 エディンはそう判断を下すと、再び提灯を掲げ、第二文庫へと歩を進めた。ミリアも黙って頷き、その後に続く。

 扉を開けた瞬間、空気の質が変わった。

 ひやりと肌を撫でる冷気。そして、何かの気配――あるいは、それを錯覚させるような沈黙の重みが、二人の間を満たした。

「……なんか、空気が違うような……?」

 ミリアがつぶやくように言った。 
 エディンも、その場に立ち止まり、耳を澄ませる。

 沈黙――だが、耳を澄ませば、確かにあった。かすかに、紙が擦れるような音。誰かが手探りで文書をめくっている音だった。

「……聞こえた?」

 ミリアが小声で尋ねたが、エディンは無言で頷き、提灯の灯を少し下げて棚の影へと目を凝らす。

 音の出どころは、風の通らぬはずの文庫の奥、第三区画の方からだった。そこは帳簿や未整理の資料が積み上げられた、最も見通しの悪い一角――出入りする者もほとんどいない。

 エディンの喉が、ごくりと鳴る。提灯の灯が揺れ、天井近くの梁に浮かぶ影が、不規則にうごめいていた。それは、まるで誰かがこちらの気配に反応するかのように、微かに身じろいでいるようにも見える。

「……誰か、いるな」

 呟きながら、彼は足音を殺してゆっくりと前へ出た。棚の角を曲がるたび、緊張の糸がぴんと張っていく。ミリアも後ろで息を潜めるように従っていた。

 ――そして、見えた。

 棚の隙間から、わずかに黒い布のようなものが覗いている。さらに一歩踏み出した瞬間、木棚の奥――その死角に、はっきりと人影があった。

 屈み込むような姿勢で、誰かが文書の束をめくっている。焦るような仕草。何かを探している……それとも、盗ろうとしているのか。

 エディンは呼吸を殺して身を伏せ、素早く手を上げて合図を送った。後ろの兵士が身構え、ミリアも息を止める。

 その時、棚の隙間から漏れた灯に、男の横顔が一瞬だけ浮かび上がった。

 気配に気づいたのか、男の視線が、まっすぐにこちらを見る。

 エディンは息を呑んだ。ミリアの肩が、ぴくりと跳ねた。

 ――見られた。

 その瞬間、男は咄嗟に何かの文書を掴み、そのまま背を翻す。影のような身のこなしで、奥の非常扉へと駆け出した。

「待てっ――!」

 反射的にエディンが叫ぶ。その声は、重く張りつめた文庫の空気を切り裂くように響き渡った。

 男の足音が床を叩き、紙束がはらりと宙に舞う。灯が揺れ、逃げる黒影を追うように影が壁を這った。
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