【完結】真実の愛に気付いたと言われてしまったのですが

入多麗夜

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分業という大切さ

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 ヴァルドリア公国の使節との面談を終えた直後、レティシアは席に戻ることなく、そのまま控えていたエディンに声をかけた。

「エディン、少し話せる?」

「はい、もちろんです」

 エディンは書簡の束を抱えたまま軽く頭を下げ、レティシアの前に進み出た。面談の余韻が残る空気の中、彼女は小さく息を吐いて、言葉を選ぶように静かに切り出す。

「あなたが前に言っていた分業の話……本格的に始めようと思うの」

 エディンは一瞬目を瞬かせた。だがすぐにその意味を察し、表情を引き締める。

「そうですか! それは良かったです。それで、役割は一体どのように?」

 エディンの声には、明らかな熱がこもっていた。ただの記録・報告役としてではなく、自治領の責任の一端を担うのだから、その意味と重さを彼なりに理解していたのだ。

「あなたには、書類関連を一手に任せたい。中でも、外部からの申請や提案の仕分けと優先度の振り分け。そして、制度設計の草案も、可能な範囲で起こしてもらうわ」

「制度……設計まで、ですか?」

「ええ。判断に迷う案件はその都度わたしに回せばいい。でも、あなたが取捨選択できる案件の幅を広げれば、現場の回転も速くなる。今まではすべてが私のところに滞留していたから」

 エディンは頷き、静かに拳を握った。

「ありがとうございます。……全力でやらせていただきます」

 レティシアの口元に、わずかに笑みが浮かんだ。

「期待してるわ」

 その時、控えの扉がノックされ、ミリアとカイルが揃って顔をのぞかせた。レティシアは軽く頷いて手招きする。

「ちょうどいいところね。あなたたちにも、話があるの」

 ミリアとカイルが静かに部屋に入る。ミリアはいつもの調子で明るく手を挙げ、カイルは控えめに一礼しながら後に続いた。

「呼ばれて飛び出て、ってやつですね!」
「……なんか重要な話っぽいな」

 二人の様子に目を細めたレティシアは、椅子に深く腰をかけ直し、真っ直ぐに二人を見据える。

「今日、話すのは……この自治領の“これから”に関わる、大事なことよ」

 レティシアは静かな声で話し始める。

「エディンから提案されていた“分業体制”を、正式に導入することにしたわ。あなたたち三人には、それぞれの得意分野を活かして、実務の中心を担ってもらう」

 ミリアが瞬きをし、カイルが眉を僅かに動かす。その横で、エディンは黙って頷いていた。

「もちろん、最終的な方針は私が判断する。でも、細かな現場の判断や初期の立案、必要に応じた対外対応――そういったことは、あなたたちに任せる」

 カイルがゆっくりと口を開く。

「……つまり、命令を待つんじゃなくて、自分で判断して動けってことですね?」

「ええ。任せる以上は、責任も伴うけれど。それでも、引き受けてくれる?」

 ミリアが勢いよく手を挙げた。

「もちろんです! レティシア様のためにも、ローゼンのためにも!」

 カイルは小さく笑いながら、力強く頷いた。

「……やってみます。俺にできることがあるなら、全力で」

 レティシアはそんな二人の反応を見て、目を細めた。

「まず、カイル」

 レティシアは彼に視線を向ける。

「これまでは、主に屋敷内や官吏区の警備、それに夜間巡回を担当してもらっていたわね。でも今後は、それを一段広げるわ。」

 カイルが姿勢を正す。

「街全体の治安と警備体制の統括を任せるわ。巡回路の見直し、警備兵の再配置、各区画ごとの警備強化の優先順位……現場の状況に応じて判断して」

 レティシアは、机の端に置かれた地図に目をやった。

「特に北側の区画は、未開発地域が多いの。今後、人口の流入や住宅需要を考えれば、必ず手をつけることになるわ」

 レティシアは視線をミリアに移した。

「ミリア、あなたには住民の実態把握をお願いするわ。特に、どの地域にどんな年齢層や職業の人々が住んでいるか、どんな不満や希望があるのか――そういう細やかな声を拾って、まとめてほしいの」 

「なるほど、現場の声を拾う係ですね!」

 ミリアはぱっと表情を明るくし、すぐに腰のメモ帳を取り出して見せた。

「実は、昨日の視察でちょっと気になってたんです。北側の裏通り、子どもが遊んでるのに危なっかしい場所があって。ああいうのも、どんどん報告しちゃっていいですか?」

「もちろん。むしろ、そういう報告こそが大切よ」

 ミリアは力強く頷き、小さく拳を握った。

「分かりました! 任されました、レティシア様!」

 レティシアはふっと笑みを浮かべ、頷いた。

「最初は忙しくなると思うけど――冬には、この街から人員の増強を行うつもりよ。あなたたちの負担を少しでも軽くするためにも」

 ミリアの目がぱっと輝いた。

「えっ、本当ですか!? この街からってことは……後輩ができるってことですよね? やったぁ!」

 勢いよく立ち上がると、両手を胸の前でぎゅっと握りしめ、足をぱたぱたさせながら嬉しさを隠しきれない様子で跳ねる。

「ふふ、さすがにまだ配属までは先だけど、準備は進めておくわ」

 レティシアが微笑ましげにそう言うと、ミリアは張り切った様子で頷いた。

「がんばりますっ! 優しくて頼れる先輩って思ってもらえるように、今からちゃんとお手本にならなくっちゃ!」

 カイルが腕を組んだまま、呆れたように眉を上げた。

「……本当に務まるのかよ、先輩役なんて」

「失礼ですね! こう見えても、ちゃんと面倒見はいいんですよ!多分!」

 胸を張って反論するミリアだったが、語尾の弱さにレティシアはくすりと笑みを漏らす。

「言ってろ。どうせ最初に後輩と一緒にはしゃいでるのはお前だろ」

 ミリアは何か言いたげだったが、エディンが苦笑まじりに二人の間へ割って入った。

「はいはい、そういうのは執務室の外でやってくださいね。ほら、街に出る予定も詰まってますから」

 そう言うなり、エディンは二人の背中をぐっと強く押す。そんな事もあり、ミリアとカイルは渋々ながらも扉の方へと歩き出した。

 扉の前まで来たところで、エディンはちらりとレティシアの方を振り返り、改まった声で一礼した。

「それでは失礼します。お騒がせして申し訳ありません」

「気にしなくていいわ。元気で何よりよ」

「……ありがとうございます。それでは失礼します」

 ぴたりと閉ざされた扉の向こうからは、すぐに三人の足音と、かすかに続く会話の声が遠ざかっていった。
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