【完結】真実の愛に気付いたと言われてしまったのですが

入多麗夜

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緑と風の通り道

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 朝の陽が傾斜屋根を斜めに照らす頃、アルンヘルムの西側にある一本の通りに、槌音が響きはじめた。

 ここは、街の整備計画における試験導入区画。
 “新しい街の形”を実際に導入してみる、最初の場所だった。

 数週間前の夜灯の集会で、市民から多く寄せられた声、「通りが暗い」「石畳が崩れて足を取られる」「子どもが遊ぶ場所が危ない」などなど。

 そうした切実な訴えに応える形で、レティシアは具体的な対応に踏み切った。

 整備内容は、老朽化した石畳の張り直し、間隔を計算した並木の植樹、そして夜間用の火皿を据える鉄柱の設置である。

「……始まりましたね」

 通りの端に立つレティシアの隣で、エディンが感慨深げに呟いた。

「ええ。こうして目に見える形で住民の手による“変化”が生まれるのは、何よりも大事だわ。」

 レティシアは、通りの奥で作業に当たる職人たちを見つめながら言った。

 エディンは手元の設計書を閉じ、ゆっくりと視線を通りへ戻した。

 通りの両脇には、すでに数本の若木が植えられつつあった。
 葉はまだまばらだが、何年か経った後には、やわらかな日陰をつくってくれるはずだ。

 火皿付きの鉄柱も、要所ごとに等間隔で立ち並ぶ。夜間は灯りがともり、足元を照らしてくれる。
 景観を壊さない程度の造りは、見通しと防犯を両立するための工夫だった。

 ふと、通りの向こうに小さな人だかりができているのが見えた。
 商人らしき男が腕を組んで作業を眺めており、その隣では買い物袋を抱えた母子が立ち止まっている。

「……あれだけの声があったのです。皆、気にしているんでしょうね」

 エディンの言葉に、レティシアは小さく頷いた。

「生活がほんの少しでも良くなったと、そう思ってもらえるなら何よりだわ」

 言葉にすれば簡単なことだ。けれど、それを本当に“感じてもらう”ためには、数え切れない労力と配慮が必要だった。

 市井に暮らす人々の目線は、想像より率直である。
「変わった」と思える風景を見て、初めて気づくのだ。

 “ああ、これは自分たちのために動いたことなのだ”と。

 そんな想いを胸に、レティシアは並木の根元に視線を落とした。

 ふと、通りの奥からささやくような声が耳に届いた。

「……ほんとに、始まったんだな。口だけじゃなかったんだ」

 遠巻きに工事の様子を見つめていた男のひとりが、そう呟いたのだろう。
     その一言に、誰かが小さく頷き、また別の者が微かに笑った。

 ――言葉ではなく、行動で示す。

 それが、今の自分に課された役目なのだと。

 その時だった。

「レティシア様~! 見に来ちゃいましたっ!」

 空気を揺らすような明るい声が通りの端から響いた。
 人々の視線がそちらへ向かうより早く、レティシアはその声の主を察していた。

 ミリアだった。

 やや泥の跳ねた裾を気にする様子もなく、軽やかな足取りで駆け寄ってくる。
 続いて姿を見せたのは、やや遅れて歩いてくるカイルだった。

 その肩には少しばかり疲労の色が見える。けれど、苦情を言うでもなく、彼なりの落ち着いた歩調でレティシアたちに近づいてきた。

「全く……“少し見に行くだけ”って言ってたのに、全力疾走かよ」

「だって気になるじゃないですか! 新しい区画なんですよ? これはもう、見に来なきゃ損です!」

 張り切った声に、レティシアは思わず肩の力を抜いて笑った。

「今日は予定が詰まっていないのね」

 軽く問うと、ミリアは誇らしげに胸を張った。

「はいっ! 楽しみにしていたので、さっさと終わらせてきました!」

 その目は、遠足を控えた子どものようにきらきらと輝いていた。
 とはいえ、ただの興味本位ではない。整備前の設計図を、数日前にエディンからちらりと見せてもらったという。
 それ以来、実際にどう形になるのかが気になって仕方がなかったらしい。

 ミリアが目を丸くして辺りを見渡す隣で、カイルは無言のまま通りを見つめていた。

 関わる者の数が増えれば増えるほど、それは“街のもの”として根付いていく。

 そう――これは、レティシア一人の街ではないのだから。

 街並みに目を向けながら、レティシアはそっと息を吐いた。
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