【完結】真実の愛に気付いたと言われてしまったのですが

入多麗夜

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同盟からの招待

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 夕暮れが近づく頃、屋敷の窓から差し込む光は橙色を帯び、壁に長く影を落としていた。

 レティシアは執務室にて、招待状の写しを静かに見つめていた。
 それは、ヴァルドリア公国から届いた丁寧な筆致の書状。

「このたびの同盟を記念し、貴国よりの視察団を謹んでお迎えいたします。我らの歩みが交わる最初の一歩となることを願って」

 丁寧に綴られた招待状の一文を、レティシアは何度目かも知れぬほど読み返していた。

 ――ローゼンは、正式にヴァルドリア公国と同盟を結んだ。

 彼の王国から距離を取り、独自の道を模索し始めた自治州。
 ヴァルドリア公国は、その変化を静かに見守ってきた。
 かつては、旧帝国の緩やかな支配のもとで生きてきた両国。
 だが今は、どちらも“自らの未来”を選ばねばならない立場にある。

 ヴァルドリアの外交姿勢は、明らかに慎重だった。
 拡大も、侵攻も望まない。ただ、周辺国との安定と協調を優先する。
 その方針のもと、今回の同盟も「相互不干渉・相互尊重」を掲げる形で結ばれた。

 だが――その裏には、もうひとつの現実がある。

 ローゼンの成長は速かった。
 発足からわずかな年月で、制度も整備も、驚くほどの速度で前に進んでいる。
 かつて宗主国だった“彼の王国”すら、今や追い越しかけていると言っても過言ではない。

 ヴァルドリアの中には、こう評する声すらあるという。

「可能であれば、いっそ自治州の枠組みに入れていただきたいほどだ」

 もちろん、それは冗談交じりの言葉に過ぎない。
 だが、それほどまでにローゼンは、いま“可能性の象徴”として他国の目に映っているのだ。

 レティシアは招待状からそっと目を離し、机上の蝋燭に視線を移した。

「失礼します。レティシア様、エディンです」

「どうぞ」

 静かに入室してきたエディンは、外套を脱ぎながら軽く一礼した。
 手には新たな報告書――護衛班との最終調整記録が握られていた。

「警備面、物資ともに問題ありません。カイルも一通り確認を終えたとのことです。……彼はまだ、訓練場で最後の打ち合わせをしているようですが」

「そう……彼らしいわね」

 レティシアは目を細める。

 抜けや漏れが嫌いで、常に最悪を想定する男だ。けれどその慎重さが、これまで幾度となく彼女を助けてきたことを、彼女はよく知っている。

「ミリアは?」

「先ほどまで装備品の再確認をしていました。『今回は他国に行くんですから!』と、いささか気合いが入りすぎている様子でしたが……」

「ふふ、らしいわね」

 短く笑ったあと、レティシアは椅子から立ち上がり、窓辺に近づいた。
 薄明の空には、星がいくつか瞬き始めている。
 この空の向こうに、まだ見ぬ街がある。まだ見ぬ人々が暮らしている。

 その街は、ローゼンとは違う――
 けれど、違うからこそ、そこに学ぶ価値がある。

「エディン。街の外観や作りにも注意して見てきて」

 レティシアはゆっくりと口を開いた。

「建物の配置、道幅、広場の使い方、人の動線……何か、私たちの街づくりに応用できるものがあれば、細かく記録しておいてほしいの」

「了解しました」

 そして、懐から取り出した革の手帳を手早く開く。
 小さなページに、すでにいくつかの分類項目が並んでいたが、そこへ彼はさらさらと追記を始めた。

「街路設計」「市場・広場の様子」「建物外観」まるで、それらがすでに頭の中に形として組み上がっているかのようだった。

 書きながら、ふと呟くように言葉を足す。

「見たものを“図”にして持ち帰れるよう、視察中は簡易のスケッチも加えます。位置取りや高低差も含めて、記録します」

「頼もしいわね。あなたの目と手に、かかってるわよ」

 レティシアが微笑むと、エディンはわずかに頬を緩めた。

「任せてください」

 手帳を閉じる音が、静かな部屋の中に小さく響いた。
 準備は、着実に整っていた。あとは、踏み出すだけだ。

 すると、扉の向こうから控えめなノック音が響いた。

「……レティシア様。失礼いたします」

 静かに扉が開かれ、一人の若い従者が姿を見せた。

「馬車の準備が整いました。ご同行の皆さまも、それぞれお揃いです」

 レティシアはゆっくりと頷いた。
 その言葉が、決意を行動へと変える“合図”のように感じられた。

「ありがとう。すぐに向かうわ」

 従者は一礼し、再び静かに扉を閉める。

 レティシアは机に視線を戻し、最後にもう一度、招待状の写しを手に取った。
 そしてそれを手帳の隙間に挟むように、そっとエディンに差し出す。

「これはあなたに預けるわ。大切に保管していて頂戴」

「お預かりします」

 エディンが両手でそれを受け取ると、部屋の空気に静かな緊張が満ちた。

 準備は整った。この街を代表して、彼らは境を越える。

 未知の地へ。そして、未来のために。
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