【完結】真実の愛に気付いたと言われてしまったのですが

入多麗夜

文字の大きさ
33 / 38

レティシアの賭け

しおりを挟む
 朝の鐘が鳴るころ、執務室の扉が慌ただしく開いた。

「報告です! 国境南東部にて、シュレンガル帝国の部隊と思われる軍が動きを見せています!」

 報告に駆け込んできた文官の声に、室内の空気が一変した。

 従者の一人が立ち上がり、信じられないといった表情で言う。

「……帝国が動いた? 正規軍ですか?」

「まだ確証はありません。ただ、接触した遊撃の斥候によると、編成と装備、指揮系統が帝国式に極めて近いとのことです」

 ミリアが思わず小声を漏らす。

「そんな……本当に来たら、ヴァルドリアでも……」

 重い沈黙が一瞬、執務室を支配した。

「――他に動きは?」

「本家、ローゼンより連絡が届きました! 中央より軍の派遣が決定され、すでに展開準備に入っているとのことです。こちらに到達するには数日かかる見込みですが、最低限の防衛線は維持できるかと」

 一同がようやく息を吐いた。だが、安堵するには早すぎた。

 エディンが静かに口を開く。

「問題は、内側です」

「……封鎖の影響、ね」

 レティシアの声に、 従者の一人は頷いた。

「はい。市場に流れる物資の量が三割以上減少し、それに伴い、穀物や塩、油などの生活必需品の価格が高騰しています。これ以上の放置は、民の不安を招く恐れがあります」

 レティシアは机に置かれた帳簿に目を落とした。頁を繰る指が止まり、そして静かに言葉を落とす。

「……州の国庫から支出します。急ぎ補填の算段を」

 従者の一人が眉をひそめた。

「それでは足りぬ可能性もあります。備蓄に限界がありますし、今後さらに物流が悪化すれば――」

「そのときは、私の私財を使います」

 レティシアの言葉に、室内の空気が止まった。

「この地を預かる者として、民の不安を見過ごすわけにはいかない。必要な支出は、惜しまないわ」

 言い切ったレティシアに、誰も異を唱えなかった。

 すると、従者の誰かがゆっくりと口を開く。

「……レティシア様、それでは身が持ちません。これは国全体の問題であって、州ひとつで抱えるには荷が重すぎます」

「それでも、最初に支えるのはここ。アルンヘルムよ。ローゼンが立ち直るまでの時間を稼ぐ。それが、いま私たちにできる最善です」

 ミリアが不安げに問う。

「じゃあ、その間の補給はどうするんですか? 本当に、何も入ってこないんですか……?」

 従者の一人が答える。

「一部の交易路はまだ封鎖されていません。けれど、それも時間の問題です。いまのところ動いているのは、山越えの旧道だけです。そこにも見張りが立ち始めていると報告があります」
  
 レティシアは、机の端から報告書を取り、ひとつずつ確認しながら指示を飛ばしていく。

 レティシアはわずかに目を伏せ、次の瞬間には顔を上げていた。ためらいはなかった。

「……あなた。急ぎ、エディンとカイルを追って。ふたりに伝えて。旧道を使って、ヴァルドリアへ直接書簡を届けてほしいと」

 執務室の隅に控えていた従者が、驚いたように目を見開く。

「承知しました!」

 従者が駆け足で部屋を飛び出していくのを見届け、レティシアはすぐさまミリアの方へ向き直った。

「書簡はすぐ書くわ。封蝋と印章は正規のものを使う。途中で見つかっても、公式文書として通せるはずよ。とにかく、最速で」


「ミリア。あなたには、旧道以外の街道に偽装馬車を用意してもらうわ」

「……偽装馬車、ですか?」

 ミリアが一瞬戸惑ったように聞き返す。

「そう。街道の封鎖側に、こちらからの使節が大量に出ているように見せかけたいの。中身は空でも構わない。見た目だけ、それらしく整えて。馬車台数は多ければ多いほどいい」

「錯乱させるために……ですね?」

「ええ。本物の文がどれか、相手が判断できないようにする。いちいち全てを止めているようでは手が回らないはずよ」

 ミリアは頷き、小さく拳を握った。

「任せてください!すぐ手配します。馬と御者も、見かけだけはちゃんと揃えます!」

「ありがとう。お願いね」

 言葉を交わすと同時に、レティシアは机に戻り、すぐさま新たな羊皮紙にペンを取った。

 ――いまは、一本でも多くの道を開かなくてはならない。例えそのほとんどが囮でも、真実を繋ぐ一本が届けば、それでいい。

 万策は、既に尽きていた。

 封鎖された道、遮断された連絡網と初動の対応遅れが致命的な一打になっていた。

 だが、それでも打てる手はすべて打った。あとは、この策が「届く」ことを祈るしかない。

 運に賭ける。それは、行政の長として決して選ぶべき道ではなかった。けれど、状況は既に緊迫している。

 封をして印を押し、書簡を差し出す。扉の外には、走る足音と命令の声が響いていた。

 レティシアは、背もたれにもたれることなく姿勢を正し、次の書類に手を伸ばした。

 ――ここからは、持久戦だ。

 この国を守るために。
 民を餓えさせぬために。
 そして、敵に抗う為に

 耐えねばならない。
 持ちこたえなければならない。

 その覚悟だけが、今の彼女の武器だった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

幼馴染と夫の衝撃告白に号泣「僕たちは愛し合っている」王子兄弟の関係に私の入る隙間がない!

佐藤 美奈
恋愛
「僕たちは愛し合っているんだ!」 突然、夫に言われた。アメリアは第一子を出産したばかりなのに……。 アメリア公爵令嬢はレオナルド王太子と結婚して、アメリアは王太子妃になった。 アメリアの幼馴染のウィリアム。アメリアの夫はレオナルド。二人は兄弟王子。 二人は、仲が良い兄弟だと思っていたけど予想以上だった。二人の親密さに、私は入る隙間がなさそうだと思っていたら本当になかったなんて……。

皇帝の命令で、側室となった私の運命

佐藤 美奈
恋愛
フリード皇太子との密会の後、去り行くアイラ令嬢をアーノルド皇帝陛下が一目見て見初められた。そして、その日のうちに側室として召し上げられた。フリード皇太子とアイラ公爵令嬢は幼馴染で婚約をしている。 自分の婚約者を取られたフリードは、アーノルドに抗議をした。 「父上には数多くの側室がいるのに、息子の婚約者にまで手を出すつもりですか!」 「美しいアイラが気に入った。息子でも渡したくない。我が皇帝である限り、何もかもは我のものだ!」 その言葉に、フリードは言葉を失った。立ち尽くし、その無慈悲さに心を打ちひしがれた。 魔法、ファンタジー、異世界要素もあるかもしれません。

結婚したけど夫の不倫が発覚して兄に相談した。相手は親友で2児の母に慰謝料を請求した。

佐藤 美奈
恋愛
伯爵令嬢のアメリアは幼馴染のジェームズと結婚して公爵夫人になった。 結婚して半年が経過したよく晴れたある日、アメリアはジェームズとのすれ違いの生活に悩んでいた。そんな時、机の脇に置き忘れたような手紙を発見して中身を確かめた。 アメリアは手紙を読んで衝撃を受けた。夫のジェームズは不倫をしていた。しかも相手はアメリアの親しい友人のエリー。彼女は既婚者で2児の母でもある。ジェームズの不倫相手は他にもいました。 アメリアは信頼する兄のニコラスの元を訪ね相談して意見を求めた。

心から信頼していた婚約者と幼馴染の親友に裏切られて失望する〜令嬢はあの世に旅立ち王太子殿下は罪の意識に悩まされる

佐藤 美奈
恋愛
公爵令嬢アイラ・ミローレンス・ファンタナルは虚弱な体質で幼い頃から体調を崩しやすく常に病室のベットの上にいる生活だった。 学園に入学してもアイラ令嬢の体は病気がちで異性とも深く付き合うことはなく寂しい思いで日々を過ごす。 そんな時、王太子ガブリエル・アレクフィナール・ワークス殿下と運命的な出会いをして一目惚れして恋に落ちる。 しかし自分の体のことを気にして後ろめたさを感じているアイラ令嬢は告白できずにいた。 出会ってから数ヶ月後、二人は付き合うことになったが、信頼していたガブリエル殿下と親友の裏切りを知って絶望する―― その後アイラ令嬢は命の炎が燃え尽きる。

母が病気で亡くなり父と継母と義姉に虐げられる。幼馴染の王子に溺愛され結婚相手に選ばれたら家族の態度が変わった。

佐藤 美奈
恋愛
最愛の母モニカかが病気で生涯を終える。娘の公爵令嬢アイシャは母との約束を守り、あたたかい思いやりの心を持つ子に育った。 そんな中、父ジェラールが再婚する。継母のバーバラは美しい顔をしていますが性格は悪く、娘のルージュも見た目は可愛いですが性格はひどいものでした。 バーバラと義姉は意地のわるそうな薄笑いを浮かべて、アイシャを虐げるようになる。肉親の父も助けてくれなくて実子のアイシャに冷たい視線を向け始める。 逆に継母の連れ子には甘い顔を見せて溺愛ぶりは常軌を逸していた。

夫「お前は価値がない女だ。太った姿を見るだけで吐き気がする」若い彼女と再婚するから妻に出て行け!

佐藤 美奈
恋愛
華やかな舞踏会から帰宅した公爵夫人ジェシカは、幼馴染の夫ハリーから突然の宣告を受ける。 「お前は価値のない女だ。太った姿を見るだけで不快だ!」 冷酷な言葉は、長年連れ添った夫の口から発せられたとは思えないほど鋭く、ジェシカの胸に突き刺さる。 さらにハリーは、若い恋人ローラとの再婚を一方的に告げ、ジェシカに屋敷から出ていくよう迫る。 優しかった夫の変貌に、ジェシカは言葉を失い、ただ立ち尽くす。

「神に見捨てられた無能の職業は追放!」隣国で“優秀な女性”だと溺愛される

佐藤 美奈
恋愛
公爵令嬢アンナ・ローレンスはグランベル王国第一王子ダニエル・クロムハートに突然の婚約破棄を言い渡された。 その理由はアンナの職業にあった。職業至上主義の世界でアンナは無能と言われる職業を成人の儀で神に与えられた。その日からアンナは転落人生を歩むことになった。公爵家の家族に使用人はアンナに冷たい態度を取り始める。 アンナにはレイチェルという妹がいた。そのレイチェルの職業は神に選ばれた人しかなれない特別な職業と言われる聖女。アンナとレイチェルは才能を比較された。姉のアンナは能力が劣っていると言われて苦しい日常を送る。 そして幼馴染でもある婚約者のダニエルをレイチェルに取られて最終的には公爵家当主の父ジョセフによって公爵家を追放されてしまった。 貴族から平民に落とされたアンナは旅に出て違う国で新しい生活をスタートする。一方アンナが出て行った公爵家では様々な問題が発生する。実はアンナは一人で公爵家のあらゆる仕事をこなしていた。使用人たちはアンナに無能だからとぞんざいに扱って仕事を押し付けていた。

婚約者の家に行ったら幼馴染がいた。彼と親密すぎて婚約破棄したい。

佐藤 美奈
恋愛
クロエ子爵令嬢は婚約者のジャック伯爵令息の実家に食事に招かれお泊りすることになる。 彼とその妹と両親に穏やかな笑顔で迎え入れられて心の中で純粋に喜ぶクロエ。 しかし彼の妹だと思っていたエリザベスが実は家族ではなく幼馴染だった。彼の家族とエリザベスの家族は家も近所で昔から気を許した間柄だと言う。 クロエは彼とエリザベスの恋人のようなあまりの親密な態度に不安な気持ちになり婚約を思いとどまる。

処理中です...