【完結】真実の愛に気付いたと言われてしまったのですが

入多麗夜

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危機の淵に立つ者達

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空は澄んでいるのに、街の空気はどこか重かった。

 ローゼンの城都。帰ってきたはずなのに、歓迎の声ひとつない。レティシアは馬車を降り、振り返る。後ろではカイルとミリア、エディンが黙々と荷を下ろしていた。

 静かすぎる帰還だった。 

 状況が、以前とはまるで違っていることは、国境を越えた瞬間から明らかだった。

 ヴァルドリアの馬車がなければ、ここまでたどり着くのに何度足止めを食らったか分からない。国境沿いでは、ローゼンとは関係のない勢力――名もなき諸侯の兵や、どこから差し向けられたかも知れぬ私兵たちが、勝手に臨時の検問を張っていた。

 通行証の確認に、身元の詮索、そして不要な質問の数々。まるで、ローゼンに入る者すべてが敵であるかのような扱いだった。

 それでもヴァルドリアの紋章が掲げられた馬車であったからこそ、彼らは表向きには干渉せず、嫌味を吐くだけで道を開けた。――ただ、それだけの話だ。

 そんな旅路を経てようやく辿り着いた城門の前で、レティシアが一歩を踏み出したその瞬間だった。

「レティシア様!」

 遠くから名前を呼ぶ声とともに、一人の従者が駆け寄ってきた。まだ若い青年で、息を切らし、顔は明らかに血の気を失っている。

「レティシア様、大変です!」

 言葉を続けるより先に、彼の顔がすべてを物語っていた。何かが起きている――しかも、尋常ではない何かが。

「……何があったの?」

 レティシアが即座に問い返すと、青年は一度大きく息を吸い、声を震わせながら答えた。

「今朝、各地の市場が一斉に閉鎖されました。ここだけでなく、周辺の街道でも物資の流通が止められていて……住民たちの不満が、すでにあちこちで――」

「補給線が、断たれているのね、他に被害は?」

「まだ混乱は広がっていませんが、商隊や地方の役人たちからの連絡が相次いでいます。関所での荷の押収、理由なき関税の上乗せ、そして……『ローゼンと関われば罰を受ける』と、誰が発したかも分からない通達が流れてきているようです」

 カイルが荷を持ったまま、低く呟いた。ミリアは顔をこわばらせながら従者の話を聞いている。エディンは沈黙を守ったまま、レティシアの隣に控えていた。

「執務室を、整えて。急ぎ、報告をまとめるわ。諸侯の動き、交易路の情報、外交使節の反応……すべて整理して出せるように」

「はっ!」

 従者は頭を下げ、足早に城内へと戻っていった。
  
 この一連の事件は、決して偶然ではない。
 ヴァルドリアでの襲撃も、国境での不審な動きも、全ては、同じ意図のもとに仕組まれているのだと。

 執務室に戻ると、レティシアは迷うことなく机へと向かい、引き出しから用紙と封蝋を取り出した。窓の外では、カイルたちが荷の整理を続けている気配がある。

 インク壺のふたを開ける手に迷いはなかった。

 ――急がなければ。

 ローゼンの本家へ、速やかに状況を報せる必要があった。封鎖の広がり、交易路の遮断、民衆の不安、それに――敵意の矛先。

 走る筆先が紙を滑っていく。形式的な挨拶は省き、現状と推察される意図、そして予想される次の一手を短く端的に書き記す。

 最後に「返答急務」と添えて、封をした。

「この手紙、最速で本家へ。城下の連絡使いを使って」

 エディンがすでに傍らに控えていた。受け取った書状を確かめるように一瞥し、無言で頷いて部屋を出ていく。

「エディン、すぐに連絡網を再確認して。城下だけじゃない、近郊の各街道沿い、伝令の経路すべて。途中で何かが遮断されている形跡があれば、優先して報告を。カイルと一緒に兵士を向かわせて、連絡網の回復に努めて頂戴」

「了解しました!」

 エディンは即答し、足音も立てぬまま執務室を後にした。

 再び執務室に静寂が戻る。だが、レティシアの手は止まらなかった。

 机に座り直すと、すぐに新たな羊皮紙を引き寄せる。筆を取り、先ほどの書簡とは異なる丁寧な筆致で言葉を綴っていく。

 ――宛先は、ヴァルドリア中央行政局。ヴィクトル・ハーヴェル理事の名宛である。

 報告と、要請。

 現在ローゼンが受けている包囲的な圧力、通商遮断、そして連絡網への妨害の可能性。それらを率直に伝えたうえで、ヴァルドリアとして可能な範囲の経済支援を願いたい、と。

 ローゼンが一方的に孤立しているように見せかけられることは、何より危うい。小国としての立場を守るには、外からの応援が必要だった。

 書き終えた文面を封じながら、レティシアは小さく息を吐いた。

 この書状も、今は送る術がない。

「……交通が回復し次第、最優先で送ること。手配は整えておかないと」

 本家からの返答はなく、連絡網も遮断されている。

 それでも、何もせずに待つわけにはいかなかった。

 ――いま、このローゼンでいち早く対応できるのは、アルンヘルムにいる自分しかいない。

 だからこそ、立ち止まるわけにはいかない。

 手を尽くし、先手を打ち、守るべきものを守るために。

 レティシアは、次の報告書に手を伸ばした。
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