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不釣り合いな内訳
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工房の奥へと進むと、すぐ右手に「材料庫」と刻まれた札が見えた。
扉を開くと、油の匂いと鉄の冷たい空気が漂ってくる。
棚には束ねられた鉄材が積み上げられ、天井近くまで並んでいた。
「うわ、かなり高いですね! あんな上の方、どうやって積んだんだろう……」
アナスタシアが見上げながら感嘆の声を漏らす。
「高く積んであるのは、空気を通すためよ。湿気がこもると鉄が痛むから、風の流れを遮らないようにしているの」
「へえ……ちゃんとそんな配慮までしてるんですね」
「この規模の工房なら当然よ。少しでも錆が出れば、鍛造の段階で致命的な欠陥になるわ」
セリーヌは棚の配置を眺めながら答えた。
どの束にも札が掛けられ、日付・搬入先が明確に記されている。
流石、王立工房なだけあって見事な管理だった。
棚の並びに乱れはなく、鉄材はどれも磨かれたように均一で、置かれた角度まで統一されている。
床には一片の粉塵すら見当たらず、完璧な整頓といって間違いがなかった。
おそらく、材料庫は問題がないだろうと彼女は踏んだ。そればかりか、ここまで徹底された管理を見せられると、むしろ他の区画も大丈夫なのではないかという安心感が出るくらいだ。
セリーヌは札に記された日付を追いながら、棚の奥まで目を走らせた。
最新の搬入は一週間前。その前もほぼ定期的に入荷が続いている。
搬入量にも特に偏りはなく、記録上はすべて大丈夫であった。
「材料庫は大丈夫そうね」
●
扉を閉め、二人は再び通路に出た。
鉄の打音が遠くで響き、空気の中に細かな粉塵が光を反射して舞っている。
少し歩くと、左手の壁に「検品室」と記された札が見えた。
「ここが検品室ですね」
アナスタシアが確認するように呟く。
セリーヌは頷き、取っ手に手をかけた。扉は重く、軋んだ音を立てて開く。
検品室は材料庫よりもずっと狭く、中央の作業台には金属片や計測具がずらりと並んでいる。
壁際には、検査済みの鉄材を一時的に置くための棚があり、それぞれに「第一級」「第二級」「第三級」と刻まれた札が掛けられていた。
アナスタシアが棚の前に立ち、目を丸くする。
「わっ……“第二級”と“第三級”の棚、すごく詰まってますね。逆に、“第一級”の方は全然ない……」
セリーヌも隣に立ち、棚を一瞥した。
確かに、第一級の鉄はわずかしかない。
元々、全体の割合として第一級は多くはない――しかし、ここまで少ないのは明らかに異常だった。
「本来、ここは第一級がもう少し多いはずよ。軍の主力分は必ずここを通るから。……なのに、直近の月次で第一級が目に見えて減っているわね」
アナスタシアが身を乗り出す。
「基準が変わったとか、そういうことは?」
「記録を見る限り、基準は従来どおり。検査項目も更新されていないわ。単純に、入ってくる鉄の“出来”が落ちているか、あるいは第一級に達する量が確保できていないかだわ」
アナスタシアは第二級の束を指で軽く叩き、札を読み上げる。
「ここ一週間だけでも、第二級の受け入れが多いですね。搬入元の欄、“北部産業区”の記載が続いてます」
セリーヌはうなずき、別の束の札も確かめた。搬入日、検品担当印、等級――数字は整っている。書きぶりにも不自然はない。
ただ、並んでいる内訳だけが、過去の感覚からずれていた。
「以前は第一級が四:第二級が五:第三級が一位の比率で推移していたはず。今は、第一級が一:第二級が七:第三級が二に近いわね。用途配分を考えると、あまり良くないバランスわね」
アナスタシアが小声で問う。
「検品のミス、って可能性は?」
「ゼロじゃないわね。でも、ここまで傾くと“ミスが積み重なった”では説明しにくいわね。供給そのものが変わったと見る方が自然よ、それに王立工房がそんな失態を犯す訳ないもの」
彼女は第一級の束をひとつ抜き、切断面を確かめてからそっと戻した。
重さ、鈍い光、触れたときの鳴り――どれも申し分ない。問題は数だ。
アナスタシアが眉を寄せた。
「つまり……品質は落ちてないのに、数だけが減っているって事ですか?」
セリーヌは頷き、棚に残る鉄材を一瞥した。
「そういうこと。質の問題じゃない、量の問題。第一級が足りないのよ。第二や第三ばかり増えているのは――その穴を埋めるためかもしれないわね」
「供給元が変わった? それとも、どこかで横流しでも?」
アナスタシアが口にした言葉に、セリーヌは即答はしなかった。
工房の記録に虚偽があるとは考えにくい。ここは王都直属の施設であり、検査票一枚の改竄すら重罪に当たる。
それでも、第一級の在庫が目に見えて少ないという事実は動かせなかった。
「……いずれにしても、搬入経路を確かめる必要があるわね」
アナスタシアが記録票を手に取りながら、慎重に尋ねた。
「……となると、どこを確認することになるんでしょうか?」
セリーヌは腕を組む。
「搬入元と受け入れ先、両方を追う必要があるわね。特に“北部産業区”からの供給が続いているのが気になるわね」
彼女は小さく息をつき、続けた。
「まずは搬入を受けている北地区第七倉庫群を確認をする。ここが工房に物資を運び込む直前の保管地点よ。そこで食い違いがあれば、北部産業区の問題になるわね」
「そういえば、倉庫群って、確か王都の外れにある大きな貯蔵区ですよね?」
アナスタシアが記録票を見下ろしながら言った。
「そう。北地区の物流を一手に扱う要所よ。……以前に話したとは思うけど、あそこは警備体制が少し甘いのよね」
「やっぱりそうなんですね」
「門番はいるけれど、荷の確認は殆どしないの。搬入証さえ揃っていれば、ほとんどが素通りよ。工房に運び込まれる前の段階で、誰かが手を加えるなら――あそこが最も現実的な場所ね」
アナスタシアはすぐに理解して頷く。
「倉庫で異常がなかった場合は?」
「そのときは、供給源――北部産業区を当たるわ。精錬所のどこかが第一級を別に流している可能性があるしね。王都直轄の契約を結んでいる工房ばかりだけど、最近は民間との取引も増えてるし……怪しい動きがあっても不思議じゃないわ」
セリーヌは扉の方へ歩き出し、低く言葉を結んだ。
「――次は倉庫群ね。行くわよ、アナスタシア」
アナスタシアは小さく頷き、記録票を抱え直した。
検品室の静けさを背に、二人は北地区への調査に向けて歩き出した。
扉を開くと、油の匂いと鉄の冷たい空気が漂ってくる。
棚には束ねられた鉄材が積み上げられ、天井近くまで並んでいた。
「うわ、かなり高いですね! あんな上の方、どうやって積んだんだろう……」
アナスタシアが見上げながら感嘆の声を漏らす。
「高く積んであるのは、空気を通すためよ。湿気がこもると鉄が痛むから、風の流れを遮らないようにしているの」
「へえ……ちゃんとそんな配慮までしてるんですね」
「この規模の工房なら当然よ。少しでも錆が出れば、鍛造の段階で致命的な欠陥になるわ」
セリーヌは棚の配置を眺めながら答えた。
どの束にも札が掛けられ、日付・搬入先が明確に記されている。
流石、王立工房なだけあって見事な管理だった。
棚の並びに乱れはなく、鉄材はどれも磨かれたように均一で、置かれた角度まで統一されている。
床には一片の粉塵すら見当たらず、完璧な整頓といって間違いがなかった。
おそらく、材料庫は問題がないだろうと彼女は踏んだ。そればかりか、ここまで徹底された管理を見せられると、むしろ他の区画も大丈夫なのではないかという安心感が出るくらいだ。
セリーヌは札に記された日付を追いながら、棚の奥まで目を走らせた。
最新の搬入は一週間前。その前もほぼ定期的に入荷が続いている。
搬入量にも特に偏りはなく、記録上はすべて大丈夫であった。
「材料庫は大丈夫そうね」
●
扉を閉め、二人は再び通路に出た。
鉄の打音が遠くで響き、空気の中に細かな粉塵が光を反射して舞っている。
少し歩くと、左手の壁に「検品室」と記された札が見えた。
「ここが検品室ですね」
アナスタシアが確認するように呟く。
セリーヌは頷き、取っ手に手をかけた。扉は重く、軋んだ音を立てて開く。
検品室は材料庫よりもずっと狭く、中央の作業台には金属片や計測具がずらりと並んでいる。
壁際には、検査済みの鉄材を一時的に置くための棚があり、それぞれに「第一級」「第二級」「第三級」と刻まれた札が掛けられていた。
アナスタシアが棚の前に立ち、目を丸くする。
「わっ……“第二級”と“第三級”の棚、すごく詰まってますね。逆に、“第一級”の方は全然ない……」
セリーヌも隣に立ち、棚を一瞥した。
確かに、第一級の鉄はわずかしかない。
元々、全体の割合として第一級は多くはない――しかし、ここまで少ないのは明らかに異常だった。
「本来、ここは第一級がもう少し多いはずよ。軍の主力分は必ずここを通るから。……なのに、直近の月次で第一級が目に見えて減っているわね」
アナスタシアが身を乗り出す。
「基準が変わったとか、そういうことは?」
「記録を見る限り、基準は従来どおり。検査項目も更新されていないわ。単純に、入ってくる鉄の“出来”が落ちているか、あるいは第一級に達する量が確保できていないかだわ」
アナスタシアは第二級の束を指で軽く叩き、札を読み上げる。
「ここ一週間だけでも、第二級の受け入れが多いですね。搬入元の欄、“北部産業区”の記載が続いてます」
セリーヌはうなずき、別の束の札も確かめた。搬入日、検品担当印、等級――数字は整っている。書きぶりにも不自然はない。
ただ、並んでいる内訳だけが、過去の感覚からずれていた。
「以前は第一級が四:第二級が五:第三級が一位の比率で推移していたはず。今は、第一級が一:第二級が七:第三級が二に近いわね。用途配分を考えると、あまり良くないバランスわね」
アナスタシアが小声で問う。
「検品のミス、って可能性は?」
「ゼロじゃないわね。でも、ここまで傾くと“ミスが積み重なった”では説明しにくいわね。供給そのものが変わったと見る方が自然よ、それに王立工房がそんな失態を犯す訳ないもの」
彼女は第一級の束をひとつ抜き、切断面を確かめてからそっと戻した。
重さ、鈍い光、触れたときの鳴り――どれも申し分ない。問題は数だ。
アナスタシアが眉を寄せた。
「つまり……品質は落ちてないのに、数だけが減っているって事ですか?」
セリーヌは頷き、棚に残る鉄材を一瞥した。
「そういうこと。質の問題じゃない、量の問題。第一級が足りないのよ。第二や第三ばかり増えているのは――その穴を埋めるためかもしれないわね」
「供給元が変わった? それとも、どこかで横流しでも?」
アナスタシアが口にした言葉に、セリーヌは即答はしなかった。
工房の記録に虚偽があるとは考えにくい。ここは王都直属の施設であり、検査票一枚の改竄すら重罪に当たる。
それでも、第一級の在庫が目に見えて少ないという事実は動かせなかった。
「……いずれにしても、搬入経路を確かめる必要があるわね」
アナスタシアが記録票を手に取りながら、慎重に尋ねた。
「……となると、どこを確認することになるんでしょうか?」
セリーヌは腕を組む。
「搬入元と受け入れ先、両方を追う必要があるわね。特に“北部産業区”からの供給が続いているのが気になるわね」
彼女は小さく息をつき、続けた。
「まずは搬入を受けている北地区第七倉庫群を確認をする。ここが工房に物資を運び込む直前の保管地点よ。そこで食い違いがあれば、北部産業区の問題になるわね」
「そういえば、倉庫群って、確か王都の外れにある大きな貯蔵区ですよね?」
アナスタシアが記録票を見下ろしながら言った。
「そう。北地区の物流を一手に扱う要所よ。……以前に話したとは思うけど、あそこは警備体制が少し甘いのよね」
「やっぱりそうなんですね」
「門番はいるけれど、荷の確認は殆どしないの。搬入証さえ揃っていれば、ほとんどが素通りよ。工房に運び込まれる前の段階で、誰かが手を加えるなら――あそこが最も現実的な場所ね」
アナスタシアはすぐに理解して頷く。
「倉庫で異常がなかった場合は?」
「そのときは、供給源――北部産業区を当たるわ。精錬所のどこかが第一級を別に流している可能性があるしね。王都直轄の契約を結んでいる工房ばかりだけど、最近は民間との取引も増えてるし……怪しい動きがあっても不思議じゃないわ」
セリーヌは扉の方へ歩き出し、低く言葉を結んだ。
「――次は倉庫群ね。行くわよ、アナスタシア」
アナスタシアは小さく頷き、記録票を抱え直した。
検品室の静けさを背に、二人は北地区への調査に向けて歩き出した。
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