とある令嬢の優雅な別れ方 〜婚約破棄されたので、笑顔で地獄へお送りいたします〜

入多麗夜

文字の大きさ
17 / 25

ハルベルト商会

しおりを挟む
 北地区第七倉庫群は、王都の北端を越えた街道沿いに位置する。
 
 地理的にはすぐそばだが、行政区分上は王都外にあたるため、監査局の監視対象には含まれない。
 
 ゆえに、セリーヌたちは公的な立場ではなく、商会としての繋がりを頼るしかなかった。

 そのための協力先が〈ハルベルト商会〉である。
 王立工房への搬入を長年担ってきた彼らは、倉庫群との往復路を熟知しており、現場への出入りを日常的に許可されている。  
 彼らの名を借りれば、自然に調査を行えるのだ。
 
 勿論、リュミエール商会が単独で調査を行うこともできた。
 だが、先日の件で本部はまだ正式な活動を制限されており、独断で動けば余計な波風を立てかねない。
 セリーヌ個人としても、今は「他商会の協力を受けて動く」という形を取る方が都合が良かった。
 
 とある昼下がり、セリーヌは一人で商会を訪れた。
 王都北端の商業街、その一角に立つ三階建ての煉瓦建築。
 外観は派手ではないが、手入れの行き届いた扉や整然とした看板に、堅実な経営ぶりがうかがえる。

 以前から、ハルベルト商会とは父の代から数十年に渡り、良好な関係を築いていた。
 とりわけ南部開発の際には、リュミエール商会が設計・資材調達を担い、ハルベルト商会が輸送・現地供給を担当する形で提携を結んでいた。
 お互いに利害が一致し、長年の取引を通じて一定の信頼関係が育まれている。

 セリーヌにとって、彼らは単なる取引相手ではなかった。所謂、現場仲間というものだった。

 受付で名を告げると、すぐに応接室へ案内された。
 
 部屋には香の薄い紅茶の匂いが漂い、壁際には整然とした書棚と、契約書類を収めた木箱が並んでいる。
 
 室内の空気は静かで、外の喧騒とは対照的に落ち着いていた。

 やがて、扉が開き、グレーの髭を整えた中年の男が姿を見せる。

 〈ハルベルト商会〉の現代表――オルグ・ハルベルト。
 
 飾り気のない服装に、誠実な眼差し。だが、その背後には長年この街道筋を仕切ってきた商人としての確かな風格が漂っていた。

「やあ、セリーヌ嬢。こうしてお会いするのは、例の南部開発以来ですな」

 落ち着いた声と共に、彼はにこやかに手を差し出した。
 セリーヌは軽く会釈しながら、その手を取る。

「お久しぶりです、オルグさん。突然のお願いにも関わらず、お時間をいただいてありがとうございます」

「構いませんとも。あなた方のところには、こちらも随分お世話になってますからな」

 オルグは柔らかく笑い、紅茶のカップをそっと置いた。

「……それにしても、最近はリュミエール殿のお姿を見かけませんな。噂ではご療養中とか。お加減はいかがです?」

「ええ、療養は続いていますが、少しずつ快方に向かっています。父も早く職に復帰したいと口にしているくらいです」

「そうですか。それは何よりだ。あの方には私も随分助けられましたからな。南部の輸送網が立ち上がったのも、あの人のお陰があってこそです」

 セリーヌは苦笑した。
 
「まだまだ父の足元にも及びません。でも――やらなければならないことがあります」
  
 静かにそう言うと、オルグは一瞬目を細め、重々しく頷いた。
 
「……なるほど。やはり、あの件に関わっておられるわけですな」

 セリーヌは小さく眉を動かした。
 
「“あの件”、というのは……?」

 オルグは少し声を落とした。 
 
「例の――リュミエール商会の騒動についてですよ。私の耳にも届いております。禁制品の剣が入っていたとか」
 
「……その節は、ご心配をおかけしました」

「いえいえ、セリーヌさん。私は分かっていますよ。――恐らく、嵌められたのでしょう。リュミエール殿の商会が、あんな危ない品に手を出すはずがない。あなたの父上を古くから知る者として、それくらいのことは見抜けます」

「……ありがとうございます。そう言っていただけるだけでも、少し肩の荷が下ります」
 
 紅茶のカップをそっと置くと、オルグは机の端に置かれた封筒を手に取った。
 中には、数枚の紙が丁寧に折り畳まれている。

「ところで――セリーヌさん、例のオックスフォード商会のことですがね」
 
 オルグは声を少し落とした。
 
「少し、面白いものが見つかりまして」

  セリーヌは視線を向ける。
「……何の資料ですか?」

「搬入記録の写しです。最近になって、妙な署名が混じっておりましてな」

 オルグは一枚の紙を差し出した。
 セリーヌはそれを受け取り、目を通す。

「……“アレス・バートン”」

「ええ。オックスフォード商会の代表だそうです」
 
 セリーヌは息を呑む。
 ――バートン。その名には覚えがあった。

 それは彼女から婚約者を奪った家の名前であった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】氷の令嬢は愛を請わない - 捨て子の『義妹』に愛も家族も奪われたマリーローズの逆襲

恋せよ恋
恋愛
銀髪紫眼の美貌の侯爵令嬢、マリーローズ。 完璧な淑女に育った彼女だったが、母は捨て子ジュリエットを寵愛。 婚約者の公爵家嫡男アレックスも、友人も、次々に奪われる――。 家族に裏切られ、すべてを失った彼女が下した決断は、 家族を見かぎり、国を捨て、自らの人生を取り戻すこと。 理不尽な悲恋を力に変え、運命をひっくり返す令嬢の逆転劇! 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

【完結】白い結婚を終えて自由に生きてまいります

なか
恋愛
––アロルド、私は貴方が結婚初日に告げた言葉を今でも覚えている。  忘れもしない、あの時貴方は確かにこう言った。  「初めに言っておく、俺達の婚姻関係は白い結婚として……この関係は三年間のみとする」 「白い結婚ですか?」 「実は俺には……他に愛する女性がいる」   それは「公爵家の令嬢との問題」を理由に、三年間だけの白い結婚を強いるもの。 私の意思を無視して三家が取り決めたものであったが、私は冷静に合意を決めた ――それは自由を得るため、そして『私自身の秘密を隠すため』の計算でもあった。 ところが、三年の終わりが近づいたとき、アロルドは突然告白する。「この三年間で君しか見えなくなった。白い結婚の約束をなかったことにしてくれ」と。 「セシーリア、頼む……どうか、どうか白い結婚の合意を無かった事にしてくれ」 アロルド、貴方は何を言い出すの? なにを言っているか、分かっているの? 「俺には君しかいないと、この三年間で分かったんだ」 私の答えは決まっていた。 受け入れられるはずがない。  自由のため、私の秘密を守るため、貴方の戯言に付き合う気はなかった。    ◇◇◇ 設定はゆるめです。 とても強い主人公が自由に暮らすお話となります。 もしよろしければ、読んでくださると嬉しいです!

《完結》初夜をすっぽかされた令嬢は夫を死亡扱いする

さんけい
恋愛
クズ夫の非常識を帳簿で粛々と清算!真実の愛?笑わせるわね! 全14話。

〖完結〗お飾り王妃は追放されて国を創る~最強聖女を追放したバカ王~

藍川みいな
恋愛
「セリシア、お前はこの国の王妃に相応しくない。この国から追放する!」 王妃として聖女として国を守って来たセリシアを、ジオン王はいきなり追放し、聖女でもない侯爵令嬢のモニカを王妃にした。 この大陸では聖女の力が全てで、聖女協会が国の順位を決めていた。何十年も一位だったスベマナ王国は、優秀な聖女を失い破滅する。 設定ゆるゆるの架空のお話です。 本編17話で完結になります。

婚約者チェンジ? 義理の妹は公爵令嬢の地位もチェンジされました』 ~三日で破談、家ごと褫奪の末路です~

ふわふわ
恋愛
「お姉様の婚約者、私がいただきますわ。だって“公爵令嬢”ですもの」 義理の妹コンキュはそう言って、王太子との婚約を奪いました。 父はそれを容認し、私は静かに受け入れます。 けれど―― 公爵令嬢とは“地位”ではなく、“責任”の継承者。 王宮で礼儀も実務も拒み、「未来の王太子妃」を名乗った義妹は、わずか三日で婚約破棄。 さらに王家への不敬と統治能力の欠如が問題視され、父の監督責任が問われます。 そして下されたのは――家ごとの褫奪。 一方で私は、領地を守り、帳簿を整え、静かに家を支え続ける。 欲しがったのは肩書。 継いだのは責任。 正統は叫びません。 ただ、残るだけ。 これは、婚約を奪われた公爵令嬢が “本当に継がれるべきもの”を証明する物語。

「役立たず」と婚約破棄されたけれど、私の価値に気づいたのは国中であなた一人だけでしたね?

ゆっこ
恋愛
「――リリアーヌ、お前との婚約は今日限りで破棄する」  王城の謁見の間。高い天井に声が響いた。  そう告げたのは、私の婚約者である第二王子アレクシス殿下だった。  周囲の貴族たちがくすくすと笑うのが聞こえる。彼らは、殿下の隣に寄り添う美しい茶髪の令嬢――伯爵令嬢ミリアが勝ち誇ったように微笑んでいるのを見て、もうすべてを察していた。 「理由は……何でしょうか?」  私は静かに問う。

婚約破棄されて追放された私、今は隣国で充実な生活送っていますわよ? それがなにか?

鶯埜 餡
恋愛
 バドス王国の侯爵令嬢アメリアは無実の罪で王太子との婚約破棄、そして国外追放された。  今ですか?  めちゃくちゃ充実してますけど、なにか?

お前との婚約は、ここで破棄する!

ねむたん
恋愛
「公爵令嬢レティシア・フォン・エーデルシュタイン! お前との婚約は、ここで破棄する!」  華やかな舞踏会の中心で、第三王子アレクシス・ローゼンベルクがそう高らかに宣言した。  一瞬の静寂の後、会場がどよめく。  私は心の中でため息をついた。

処理中です...