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豚の国と二つの帝国

ソフィーナ帝国首都クレルージュ

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 ソフィアさん達を乗せた馬車が街道を進むと、クレルージュが見えてきました。ここまで来る間にハンニバル将軍のパーティーは二つ目のダンジョンを探索し終え、三つ目のダンジョンへと向かっています。

 ちなみに二つ目のダンジョンは遺跡のような石造りの建物でした。形状はよくあるダンジョンですが、そんなものが短期間で現れたという事実が非常に興味深い場所です。ここではステラさんが大活躍していたのですが、ソフィーナ帝国のことが気になっていたのであまり見ていませんでした。ごめんなさい!

「もうすぐクレルージュに着きますわ!」

 ウキウキでガイドをするソフィアさんです。本当に正体を隠して名もなき冒険者としてやってきているつもりなのでしょう。なお特にいつもと変わらない服装です。

「わーすごい! ここからお城が見えるよ」

 ラウさんが遠くに見える巨大な城を見てはしゃいでいます。あれはこの世界で最大の城で、そのままソフィーナ城という名前です。巨大なだけでなく、常に建物の壁が真っ白。純白の皇帝城カイザーブルクと呼ばれています。カイザーブルクはソフィーナ帝国の言葉です。ソフィーナ語はいちいちヨハンさんが喜びそうな響きですね。この白さを維持するために、いつも多くの奴隷がお城の壁を掃除しています。命がけなので給料は相当いいらしく、「金が欲しけりゃソフィーナ城の壁磨き」と言われるほどです。人権的な意味だと奴隷はフォンデール王国が一番いい扱いをしているんですけどね。

 余談ですが、世界最大の宗教である『エロイズム』の本部である大聖堂もソフィーナ城のそばにあって、どちらが城だか分からなくなると評判です。『慈愛神エロイゾン』の姿とされる、羊のような頭に狼のような胴体を持ち虎のような足と馬のような尻尾を持った四足獣の像が大聖堂の目印です。

「クレルージュに入る時は、冒険者ギルドの身分証を見せれば大丈夫だ。冒険者は無条件で入ることを許されている」

 世界最大の国の首都がそれでいいんですか? 完全にソフィアさんの趣味で決めてますよね?

 クレルージュの町を囲う巨大な堀の上にある入場門へ馬車がたどり着くと、衛兵が身分証の提示を要求してきました。帝国兵であることを示す狼の紋章が胸に描かれた布の丈長服を着ています。この下に鎖帷子を着ているので見た目より防御力が高いという噂です。

「はい、冒険者カードです」

 冒険者の身分証はギルドが発行しているカード状のもので、通称『冒険者カード』と呼ばれています。笑顔で差し出すソフィアさんの顔とカードを見たあと、衛兵は表情一つ変えずに「通れ」と言いました。えっ、もしかして気付いてないんですか?

 満足げなソフィアさんに続いてアルベルさんもカードを差し出します。全身真っ黒の鎧です。こんな姿の人は他に見たことがないのですが、こちらも同じように無表情で通されました。ここの警備は大丈夫なのでしょうか?

「お勤めごくろうさまー」

 マリーモさんがカードを差し出しながら衛兵に話しかけると、ここで初めて彼の表情が変わりました。困ったような笑顔を見せて肩をすくめ、チラリと視線を前の二人へ向けます。

 あー、これは皇帝陛下の機嫌を損ねないように空気を読んでいたんですね。プロの仕事だったようです。

 ラウさんもカードを見せて、全員がクレルージュへと入りました。

「町の中もキラキラだ!」

 クレルージュの街並みも白っぽい立派な家が美しく整列していて、とても清潔な印象を与えます。舗装された道路も掃除が行き届いているのか、ゴミが一つも落ちていません。確かソフィーナ帝国に街をきれいに保つような法律はなかったはずなので、住民が相当なきれい好きなのでしょう。

「ここが冒険者ギルドクレルージュ支部だ」

 アルベルさんの案内で1ギタール(約750メートル)ほど歩いたところに、そこはありました。

「アーデンのギルドとほとんど同じねー」

「同じ形になるように作らせましたから」

 ということで、ギルドの内装も同じようです。旅をする冒険者が実家のような安心感を得られるようにというソフィアさんの提案で、ソフィーナ帝国内にある全ての支部は同じような見た目に統一されているようです。フォンデール王国内にはまだ支部とかないんですけど、ソフィーナ帝国には既にいくつか支部があるらしいです。さすが皇帝の権力は凄いですね。

「いらっしゃいませー。あら、ソフィアさんにアルベルさん」

 ギルドの受付(アーデンの本部でいつも私がいる場所)にいた女性がソフィアさん達に話しかけました。こちらでもちゃんと皇帝とその従者ではなく冒険者として扱っているようです。

「こんにちは。マリーモさん、ラウさん、こちらがクレルージュ支部長のヘルミーナさんです」

 ソフィアさんがマリーモさんとラウさんにその女性を紹介します。支部長もその位置にいるんですね、そんなところまで真似なくてもいいんですけど。

「初めまして、私がここの支部長をしているヘルミーナよ。ゆっくりしていってね」

 ソフィーナ人らしく色の薄い茶髪にグレーの瞳を持つヘルミーナさんは、見た感じ私より十歳ぐらい年上の印象です。大きくはっきりとした声は、やり手の雰囲気を醸し出しています。

「よろしくー、さっそくだけどこの国の噂について調べたいのよねー」

 マリーモさんが意味ありげな視線を送りながらヘルミーナさんに話しかけます。と、あちらも意図が分かったのか薄く笑うと無言で顎を酒場の奥に向けました。そちらを見ると、そこには……。

「おやぁ、フォンデールの冒険者さん達ですねぇ」

 胡散臭い口調で、でも気安く声をかけてきたのは大きなリュックを背負い、覆面のフードを被った商人、モミアーゲさんでした。

「わあ、面白い恰好!」

 無邪気に喜ぶラウさんの横で、マリーモさんが驚いた顔をしてモミアーゲさんを指差し、声を上げました。

「な、なんでアンタがここにいるのよー!」
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