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魔族と天人、そしてブタ

閑話:大いなる闇の話

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 はじめに、闇があった。

 闇のほかに何もなく、変化のない無限の時が過ぎてゆく。

 どれぐらいの時が過ぎただろうか? いや、そもそもいつから時が動いているのか。それすらも分からないある時、闇は「寂しい」と思った。

 永遠に続く寂しさに耐えかねた闇は、おのれの死を願った。だが闇は闇。そこに生も死も存在しない。

 だから、闇はまず『自分』を作った。

 身体を手に入れ、生と死の概念を手に入れた闇は、次に自分を殺してくれる存在を求める。闇の力では闇そのものである自分を殺せなかったのだ。

 そうして生まれたのが輝く大樹の姿をした『光明神トゥマリク』と穏やかな獣の姿をした『慈愛神エロイゾン』だった。

 トゥマリクとエロイゾンは夫婦となり、子を成した、それが燃え盛る炎の鳥『正義神ヴォルカー』である。するとトゥマリクとエロイゾンは子を巡って喧嘩を始めた。力を合わせて自分を殺してくれるものだと期待していた大いなる闇『暗黒神エレシュマ』は失望するが、孫であるヴォルカーが相談を持ち掛けた。

「両親が私を取り合って喧嘩をしています。私はどちらとも仲良くしたいのに……どうか二人を仲直りさせられませんか?」

 エレシュマは少し考え、巨大な魚の姿をした『創造神ソクレース』、蛇の下半身を持つ男の姿をした『破壊神テュポーン』と自分の尾を咥える蛇の姿をした『永劫神ウロボロス』を生み出した。

「ソクレースは大地を作り、そこに我々を模した新たな命を育てる。トゥマリクとエロイゾンはそこに生まれる命を慈しむようになるだろう。そこにテュポーンが全てを破壊しようとやってくる。ソクレースとトゥマリクとエロイゾン、それにヴォルカーの四柱は協力して大地を守るのだ。さすれば喧嘩をする気も起こるまい。ウロボロスはその戦いが未来永劫続くように戦況を見て劣勢側に加勢する。これでそなた達は未来永劫団結し、手を取り合って暮らせるだろう」

 エレシュマの狙い通り、大地が創られ世界が誕生した。そこに生まれた無数の命をトゥマリクは太陽となり、エロイゾンは月となって交代で見守った。ヴォルカーは世界にことわりをもたらし、ソクレースを支えた。たびたび世界を脅かそうとするテュポーンと彼等は戦い、どちらかが勝ちそうになるとウロボロスが加勢して劣勢を覆した。

 最初に生み出された人間は、テュポーンが送り込んだ怪物達に対抗するべく、様々な武器を作り出した。次第に進歩していく武器は、やがて強力な破壊力を持つようになり、テュポーンの配下を圧倒していく。するとウロボロスがテュポーンに加勢し悪魔を生み出した。悪魔は人間を捕獲して改造し、魔法を使う力を持つ魔族を作って人間と戦わせた。魔法の力は強く、人間は次々と蹂躙されて数を減らしていった。

 光陣営の劣勢を受けて、ウロボロスはトゥマリクに加勢し天使を生み出した。天使は人間と交わり天人を作り出したが、既に圧倒的な数の差があったために劣勢を覆すことはできなかった。そこでトゥマリクは魔法を使う種族エルフを生み出し、魔族を追い払うことに成功した。

 その後も光と闇の陣営が世界に干渉しながら戦う様子を満足げに見守っていたエレシュマだったが、エルフと魔族の戦争から千年ほどしてあることに気付く。

 このままでは自分の望みが果たされる時は永遠にこないのだと。

 そして、エレシュマは新たな神を生み出した。その名は『悪戯あくぎ神バルバリル』。エレシュマの望みを果たすため世界に混乱を巻き起こし、敵意を彼女に向けさせるのが彼の役目だ。

 道化の姿をしたバルバリルが目覚めると、エレシュマは彼にこう言った。

「我の望みを叶えてくれ」

 バルバリルはエレシュマの『望み』を理解し、それを果たすために動き出す。

 まず最初にテュポーンを通じて世界各地にモンスターの支配するダンジョンを配置し、その中に様々な財宝を置いた。寿命を延ばす薬、伝説の武具、そして宝石や貴金属。更に東の大陸にはモンスターを使役する方法を記した書物をばら撒いた。

 次に、人間とエルフが惹かれ合うように呪いをかけ、人間とエルフの混血であるハーフエルフという種族が生まれるように世界の理を変えさせた。これにはヴォルカーの協力も得ている。

 バルバリルは語る。

「こうすれば人間やエルフはダンジョンを手中に収めようと争いを始め、魔族はモンスターを手懐けて力を誇示するようになるだろう。世界が乱れれば、おのずと母の望みに近づいていく」

 神々は彼の行動が世界に混乱を招くことは理解したが、それがエレシュマの望みとどう関係するのかが分からなかった。何より、エレシュマ以外の神はエレシュマを殺したいとは思っていなかったのだ。バルバリルの企みが、本当に暗黒神を滅ぼすことになるのなら、その時には神々も協力して彼の企みを潰そうとも考えているのである。

 それはつまり、光と闇両陣営の神が力を合わせてエレシュマと敵対するということになる。エレシュマの望んでいた構図だ。

 だが一つだけ彼女の思惑と違っていたのは、神々は彼女を生かすために敵対するのだという点だった。
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