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第2章 その後のふたり
3、たろさんの「バレンタインおよばれ」の話
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着替えてから、キッチンに立つ堀ちゃんの背中にくっつくと腕の中で一瞬固まられた。
あれ?
もしかしてこういうべたべたしたのは嫌いだったか。
えっと、ここは離れるべきか。
そう思ったら。
ゆっくりこちらを見上げた彼女はとても嬉しそうな顔をしていたので、思わずもう一度、今度はその唇へキスした。
身長差があるから、上目遣いで見られる事が多い。
あの目にはいつもやられてしまう。
これ、どう考えたって不利過ぎるだろ。
「たろさん今日はお仕事だったんですから、座っててもらっていいですよ。すぐ出来ますし。でもお手伝いしたがりなたろさんは気になるでしょうから、お仕事を一つご用意しておきました」
企んだような顔をして、コタツを振り返った。
「バンテージを巻いといてもらえると助かります」
とても楽しそうに言ったその顔は、ニヤニヤ顔と言うにふさわしかった。
悪い顔するなぁ。
「股分かれしてる方から包帯を巻くみたいにくるくると最後まで巻かなきゃいけないんですよ。2本ありますので」
ボクシングジムで使うのだという、それ。
細くて白い、限りなく包帯に近い物。
けれど包帯ではないとなぜか直感させる、得体の知れないそれ。
それが部屋に入った時、コタツの上に山を作るように乗っていた。
気付いていながら、なんとなくあえて聞いてなかったのだけれど。
あぁ、うん。あれかー
知ってる。
ボクサーが拳に巻いてるやつだよね。
まさか彼女のうちでこういう体験をする事になろうとは思っていなかった。
本当に、堀ちゃんといると面白い。
「使い終わると毎回巻いとかないと次の時に使えないんですよ。あ、今回のは洗濯してありますのでご心配なく。あの会社にいた頃は休憩時間に巻いてたんですけどねー」
「……すごい光景だったろうね」
事務所配属の彼女とは休憩場所が違うので会う事はなかった。
ちょっと見て見たかった気もするけど、彼女をあまり知らなかったあの頃に見ていたら受ける印象は今よりだいぶ違っただろう。
見なくて正解だったかもしれない。
「さすがに今の会社じゃちょっとやりづらくて」
「まあ、確かにね。置いといてくれたら俺巻くから。会社ではしない方がいいかもね」
毎週巻いてあげるのは無理かもしれないけど。そう思いつつ言ったら、冗談だと思ったらしく彼女は大笑いしていた。
かなり本気だったんだけど。
「実に愉快な人」という彼女の魅力の一つを、俺以外の人間に知られるのはとても癪なので。
◆◇◆
「たろさん、ヤバいです」
相変わらず美味しい堀ちゃんの手料理をいただいていると、突然そう断言される。
「ちょっと酔いました」
堀ちゃんは照れたように笑った。
ゆるんだ表情に、言われてみれば少しだけ目がとろんとしている、かな?
2杯目のグラスがまだなみなみと残っている段階だった。
「そう言えば堀ちゃんが酔っぱらってるとこって見た事ないかも」
飲むといつもよりかなり陽気になるのは知っているけど。
「自力で家に帰る、が飲み会に行く時のポリシーですから」
ああ、なるほど。
幹事肌で、精算時には酔いが一瞬で冷めると言っていた堀ちゃんだ。
面倒見もいいし、無意識なんだろうけどセーブしてるんだろうな。
堀ちゃんはふぅ、と息をつきながら両手でパタパタと顔をあおぎ、もう一度照れたように笑った。
「大丈夫?」
「あ、全然大丈夫です。ちょうど気持ちいいです。普段こんな事ないんですけど、家飲みだからですかねー」
それは相手が俺だから、と思ってもいいのだろうか。
俺だから甘えてくれてるのなら嬉しい。
食後、ほろ酔いの堀ちゃんに片付けを買って出たところ、当然頷きはしなかった。
くすくす笑って楽しそうな堀ちゃんと並んで洗い物をしていたが……うーん、座ってた方がいい気がする。
皿とか滑り落としても危ないし。
「ほら、そろそろ堀ちゃんの大好きなニュースの時間だよ」
そうコタツでテレビを見るよう促した。
堀ちゃんは夕方のニュースが大好きだ。
特にローカルニュースは都合のつく限り毎日チェックしているようだ。
今日は土曜だから県内のイベントニュースなどがあったらいいんだけど。
堀ちゃんは「二人でやった方が早いと思いまーす」とご陽気だ。
「ほーら」
手が泡だらけなので、体を密着させるように押してもう一度促す。
「何か面白いネタあったら教えて」
出来れば起きていてほしくて、そんな注文をつけた。
まぁ、寝てしまったらそれはそれで可愛いとは思うけど。
「ではお言葉に甘えて行ってきます」
素面だったら絶対に応じなかっただろうな。
「新しい道の駅が出来るそうですよ」
「県のゆるキャラが動物園に行って動物にドン引きされてます」
「またどっかの政治家がいらん事言って大騒ぎになってます。任命責任とか、そんな事より他の事を協議して欲しいですよねぇ。その間の時間と税金がもったいない」
どうやら堀ちゃんは、自分が気になったニュースをピックアップして実況してくれているようだ。
そのうち立ち上がる気配があった。
あぁ、コマーシャルか。
こちらへ来たので何か飲むのかな、と思っていたら突然後ろから抱きつかれた。
きゅうぅ、っと抱きついてくる彼女は新種の小動物みたいだった。
それもとびきり可愛い系。
「堀ちゃん?」
「たろさんがさみしいかな、と思って」
背後に尋ねれば、落ち着いた返事が返って来たのでそのまま洗剤を流す作業を続けたけど━━
……えと、堀ちゃんさみしかった、とか?
やばい。顔がにやける。
ニュースが始まると小動物はコタツへと戻って行った。
思えば堀ちゃんからくっついてきたのは初めてな気がする。
顔がゆるむのを感じながら、急いで洗い物を片付けた。
一人暮らし用の正方形のコタツなので、いつもは角を挟んで斜め向かいに座るのだけど━━
「お片付け、ありがとうございました」
片付けを終えてコタツの傍へ行けば、そう言いながら堀ちゃんは端へと座り直した。
そして笑顔でリズムよく、トントンと天板を叩く。
あ、今日はそこへ入れと。
コタツの一辺に無理やり並んで座った。
普段、隙が無いほどしっかり者の堀ちゃん。
そんな彼女が柔らかい表情で、くったり俺にくっついて楽しそうにしている様子は、たまらない。
今後は定期的に家飲みを開催しよう。
あれ?
もしかしてこういうべたべたしたのは嫌いだったか。
えっと、ここは離れるべきか。
そう思ったら。
ゆっくりこちらを見上げた彼女はとても嬉しそうな顔をしていたので、思わずもう一度、今度はその唇へキスした。
身長差があるから、上目遣いで見られる事が多い。
あの目にはいつもやられてしまう。
これ、どう考えたって不利過ぎるだろ。
「たろさん今日はお仕事だったんですから、座っててもらっていいですよ。すぐ出来ますし。でもお手伝いしたがりなたろさんは気になるでしょうから、お仕事を一つご用意しておきました」
企んだような顔をして、コタツを振り返った。
「バンテージを巻いといてもらえると助かります」
とても楽しそうに言ったその顔は、ニヤニヤ顔と言うにふさわしかった。
悪い顔するなぁ。
「股分かれしてる方から包帯を巻くみたいにくるくると最後まで巻かなきゃいけないんですよ。2本ありますので」
ボクシングジムで使うのだという、それ。
細くて白い、限りなく包帯に近い物。
けれど包帯ではないとなぜか直感させる、得体の知れないそれ。
それが部屋に入った時、コタツの上に山を作るように乗っていた。
気付いていながら、なんとなくあえて聞いてなかったのだけれど。
あぁ、うん。あれかー
知ってる。
ボクサーが拳に巻いてるやつだよね。
まさか彼女のうちでこういう体験をする事になろうとは思っていなかった。
本当に、堀ちゃんといると面白い。
「使い終わると毎回巻いとかないと次の時に使えないんですよ。あ、今回のは洗濯してありますのでご心配なく。あの会社にいた頃は休憩時間に巻いてたんですけどねー」
「……すごい光景だったろうね」
事務所配属の彼女とは休憩場所が違うので会う事はなかった。
ちょっと見て見たかった気もするけど、彼女をあまり知らなかったあの頃に見ていたら受ける印象は今よりだいぶ違っただろう。
見なくて正解だったかもしれない。
「さすがに今の会社じゃちょっとやりづらくて」
「まあ、確かにね。置いといてくれたら俺巻くから。会社ではしない方がいいかもね」
毎週巻いてあげるのは無理かもしれないけど。そう思いつつ言ったら、冗談だと思ったらしく彼女は大笑いしていた。
かなり本気だったんだけど。
「実に愉快な人」という彼女の魅力の一つを、俺以外の人間に知られるのはとても癪なので。
◆◇◆
「たろさん、ヤバいです」
相変わらず美味しい堀ちゃんの手料理をいただいていると、突然そう断言される。
「ちょっと酔いました」
堀ちゃんは照れたように笑った。
ゆるんだ表情に、言われてみれば少しだけ目がとろんとしている、かな?
2杯目のグラスがまだなみなみと残っている段階だった。
「そう言えば堀ちゃんが酔っぱらってるとこって見た事ないかも」
飲むといつもよりかなり陽気になるのは知っているけど。
「自力で家に帰る、が飲み会に行く時のポリシーですから」
ああ、なるほど。
幹事肌で、精算時には酔いが一瞬で冷めると言っていた堀ちゃんだ。
面倒見もいいし、無意識なんだろうけどセーブしてるんだろうな。
堀ちゃんはふぅ、と息をつきながら両手でパタパタと顔をあおぎ、もう一度照れたように笑った。
「大丈夫?」
「あ、全然大丈夫です。ちょうど気持ちいいです。普段こんな事ないんですけど、家飲みだからですかねー」
それは相手が俺だから、と思ってもいいのだろうか。
俺だから甘えてくれてるのなら嬉しい。
食後、ほろ酔いの堀ちゃんに片付けを買って出たところ、当然頷きはしなかった。
くすくす笑って楽しそうな堀ちゃんと並んで洗い物をしていたが……うーん、座ってた方がいい気がする。
皿とか滑り落としても危ないし。
「ほら、そろそろ堀ちゃんの大好きなニュースの時間だよ」
そうコタツでテレビを見るよう促した。
堀ちゃんは夕方のニュースが大好きだ。
特にローカルニュースは都合のつく限り毎日チェックしているようだ。
今日は土曜だから県内のイベントニュースなどがあったらいいんだけど。
堀ちゃんは「二人でやった方が早いと思いまーす」とご陽気だ。
「ほーら」
手が泡だらけなので、体を密着させるように押してもう一度促す。
「何か面白いネタあったら教えて」
出来れば起きていてほしくて、そんな注文をつけた。
まぁ、寝てしまったらそれはそれで可愛いとは思うけど。
「ではお言葉に甘えて行ってきます」
素面だったら絶対に応じなかっただろうな。
「新しい道の駅が出来るそうですよ」
「県のゆるキャラが動物園に行って動物にドン引きされてます」
「またどっかの政治家がいらん事言って大騒ぎになってます。任命責任とか、そんな事より他の事を協議して欲しいですよねぇ。その間の時間と税金がもったいない」
どうやら堀ちゃんは、自分が気になったニュースをピックアップして実況してくれているようだ。
そのうち立ち上がる気配があった。
あぁ、コマーシャルか。
こちらへ来たので何か飲むのかな、と思っていたら突然後ろから抱きつかれた。
きゅうぅ、っと抱きついてくる彼女は新種の小動物みたいだった。
それもとびきり可愛い系。
「堀ちゃん?」
「たろさんがさみしいかな、と思って」
背後に尋ねれば、落ち着いた返事が返って来たのでそのまま洗剤を流す作業を続けたけど━━
……えと、堀ちゃんさみしかった、とか?
やばい。顔がにやける。
ニュースが始まると小動物はコタツへと戻って行った。
思えば堀ちゃんからくっついてきたのは初めてな気がする。
顔がゆるむのを感じながら、急いで洗い物を片付けた。
一人暮らし用の正方形のコタツなので、いつもは角を挟んで斜め向かいに座るのだけど━━
「お片付け、ありがとうございました」
片付けを終えてコタツの傍へ行けば、そう言いながら堀ちゃんは端へと座り直した。
そして笑顔でリズムよく、トントンと天板を叩く。
あ、今日はそこへ入れと。
コタツの一辺に無理やり並んで座った。
普段、隙が無いほどしっかり者の堀ちゃん。
そんな彼女が柔らかい表情で、くったり俺にくっついて楽しそうにしている様子は、たまらない。
今後は定期的に家飲みを開催しよう。
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