「お前を愛する気など毛頭ない」とおっしゃる旦那様、完全に同意です!

志野まつこ

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2、スケスケベビードールを着せられて初夜

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 スケスケベビードールってのは、ずいぶんと寒いモンなんだな。

 挙式を終え、俺は領主夫人の部屋から通じる浴室にて風呂に入れられた。
「ごめんなさい、マーロ」
「ごめんね、ごめんね」
 お嬢様が強制的にアクジョノ家から連行してきた侍女二人が泣きながら、肌にしっとりする化粧水やら乳液やらを塗り、髪にもいい匂いのするオイルを付けてくれた。

 そして泣きながら細い肩ひもを両手でつまみ、見せて来た夜着。
 二枚重ねても向こう側が見えるスケスケのベビードールに絶望した。

 俺がこれを着るのか。
 お嬢様、はじめからすべて準備してやがったな。
 これまでずっと共に働いてきた、異性の仕事仲間二人にこんな醜態を見せる事になるなんて。
 お嬢様。
 ああ、お嬢様。本当にお嬢様。

 仕事仲間二人と連れ立って夫婦の寝室に移動する。
 勝手に使っていいと言われてからはずっと三人だ。
 歓迎されていないのだろう。
 そりゃ挙式で旦那様を蔑ろにしたんだ、当然だ。

 下を向いて肩を震わせ、口を引き結ぶようにして嗚咽を堪える二人を振り返る。二人の抑えきれていない慟哭に救われる気がした。
「いいか。すぐ逃げろ。二人のせいじゃない。もしかしたら、気に入られるかもしれないだろ?」
 俺はちゃんと冗談らしく言えて、笑えただろうか。

 かっこよく言ったつもりだったが、着ているのは白いスケスケベビードール。乳首も女ものの小さなショーツの下の性器も透けて見えている、なんとも絶望的な格好で、同じく絶望的な表情の二人に言って聞かせた。
 若い女の子二人で、国内とは言え知らない土地だ。
 本当は一緒に行くべきなんだろうけど。

 二人が退室したあと、どこに座るか悩む。
 結局ベッドの真ん中に座って待った。
 やがて屋敷の主である旦那様がご帰還される。
 極限まで絞られたランプの明かりの中、旦那様は声を発することなくベッドの脇に立った。
 淡い色のローブを着ているのに闇を引き連れてきたような雰囲気だ。衣擦れの音に心臓がドクドクと鳴り、頭が熱くて沸騰するような気がする。
 トン、とサイドチェストに硬い物を置く音がしてびくりと体を跳ねさせてしまった。

「分かっているだろうが、お前を愛する気など毛頭ない」
 吐き捨てるような言い方だった。
 でしょうね。
 完全に同意です。同意しかありません。

「それでも、義務だ」
 ですよね。
 ヤりますよね。
 一瞬このまま出て行ってくれるかなと喜びかけたけど、期待は無駄に終わった。
 刻一刻と、その時が迫っていることを感じる。
 いっそ一思いにお願いしたい気もする。

「気は進まんし、不快で仕方ないがお互い様だろう。さっさと済ませる」
 ぶっきらぼうな口調だ。
 内容も初夜の新郎の言葉としては最悪。

 それなのになぜか気遣いを感じた。
 こんな女に、そんなの不要なのに。

 王都のアクジョノ家の屋敷まで顔合わせのために足を運んでくださった旦那様。
 お嬢様のご両親は急病だと言って、今日も結局来なかった。仮病に決まっている。今頃は家で『お荷物娘が片付いた』と祝杯を上げているかもしれない。
 ここに来てからも一度だけ顔を見に来て、次に二人が顔を合わせたのは挙式だったけどそれはお嬢様がそっぽを向き続けたせいだ。

 今日の挙式でも、ちゃんと馬車や控え室といった用意を全て手配してくださった。不自由なんてなかった。
 それなのに、文句ばかり言っていたお嬢様。
 愛されないのは当然だ。

 こちらが無言だからか、大きく嘆息してベッドに腰を掛ける旦那様。
 固く握った両手の震えを止められない。
 思わず両膝を抱え込んで小さくなってしまった。

 怖い。
 そしてそれ以上に虚しい。

 俺の人生はいったい何だったんだ。
 男とベッドに上がって、死に装束がこんなスケスケベビードール。
 なんで俺は、あんなクソ女のために殺されるんだ。

 唐突に怒りが湧いた。
 これまでの恐怖を凌駕するような、怒り。
 
 旦那様が体をこちらに向ける気配がする。
 目はもう慣れていた。
 別にこの人が悪いわけじゃないけど、俺を殺す男だ。
 せめて驚いた顔くらいは見てやろう。
 あとのことは知った事か。
 あ、いや俺のために泣いてくれた同僚二人には逃げ延びてほしいけど。

 旦那様が腕を伸ばしてくる。
 膝に手を乗せられると同時に俺は唇を開いた。

「あんっ」
 わざとらしい馬鹿みたいな喘ぎを聞かせてやろうと思ったのに、発せられたのは犬の鳴き声みたいな情けない声だった。

 刹那、部屋が明るくなる。
 え?

 気を取られた隙に大きな手で首を掴まれ、ヘッドボードに押し付けられた。瞬時にマウントも取られる。
 思い切り後頭部を強打するが、それよりも首が、息が━━

 なんとか目を開け、眩しさを堪えながら旦那様を見上げる。
 俺の頭から腰までを一瞥した旦那様は、絶句していた。

 護身用であろう短剣を持つ右手がすでに振りかぶられている。
 俺は観念して両手を投げ出し、目を閉じた。

 なんか、もういいや。
 分が悪すぎる。

 たぶん、ここまでのすべては一瞬の事だったと思う。
 急に喉から手を離され、ベッドに倒れ込むようにして激しく咽せた。
 旦那様が腰に乗ったままだから、うまく体を倒せない。
 咳き込む俺を旦那様はじっと見下ろしている。無言だ。
 ようやく息が整ったところで、改めて旦那様を見る。
 
「お前はあの女の侍従だな」
「はい……」
 妻になったはずなのにお嬢様、「あの女」呼ばわりされてらぁ。
 そんな事を思ったら。

「武器の所持は無し、か」
 旦那様のそれは独り言のようにも、誰かに聞かせるようにも聞こえた。

 ……どこもかしこも丸見えのスケスケベビードールだもんな。
 武器を隠しようがない、と暗殺の嫌疑を免れた気がする。
 だからと言って絶対にこれを着せたお嬢様や、ベビードールに感謝したりはしないがな!

「話を聞こう」
 嘆息と共にそう言って、俺の上から退いてくださる旦那様。

 ……旦那様、話聞いてくれるんですか?
 こんな、「着てないのと一緒じゃねぇか」みたいな常軌を逸した格好で自分のベッドに乗ってた、実に気持ちの悪い男の話を?

 え? めちゃくちゃいい人?
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