「お前を愛する気など毛頭ない」とおっしゃる旦那様、完全に同意です!

志野まつこ

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【後日談】旦那様は旦那様♡と呼ばれたい。(前半)

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 私の祖父はこの国の王だった。
 過去形であるのは、すでに崩御しているからだ。

 死ぬまで王であり、現在はその息子が王位を継承している。
 祖父は王としては評価される男であったが、「英雄、色を好む」を地で行くような好色でもあった。

 地位の低い貴族の娘に手を出し、女児が生まれた。
 それが母だ。
 のちに祖母と母の生家は没落し、母は商人と結婚して生まれたのが私だ。父は早世している。

 他にも幾人も似たような子供がいたはずだ。よって生まれた女児は対応が後回しにされ、祖母も母も忘れられたのだろう。
 私も彼女達から自分に王族の血が流れているなどと、聞いたことはない。

 あってはならない魔力を使える事に気付き、祖父あたりが確実に怪しいと睨んでいたが、知らないふり気付かないふりをした。
 結局、出自を聞かないままに国軍に入った。

 家を出たかったというのもあるし、己の力を試したい気持ちもあった。
 母も祖母も一時は反対したが「それほど言うなら」とあっさり入軍を認めた。
 今思えば、彼女達のそういった短慮な性格が私のような子供を産んでしまったのだろうと思わないでもない。

 ではなぜ自分に流れている、「知られてはならない血」が露見したか。それは国境での小競り合いの際死にかけた仲間を、力を使って助けたからだ。
 その仲間がアントンとカルレイだ。

「どうして。君の出自がばれてしまったではないか。愚かなことを」

 薄々気付いていたらしいカルレイにはそう嘆かれ、人間はここまで悲壮感に暮れられるのかといった面持ちで謝罪されたが━━仲間二人が死にかけで、それは派手に痙攣していたのだ。咄嗟に治療してしまうだろう。
 長く共にあり、仲間内でも一番に親しくしていた人間なのだから。

 国境を守る部隊のトップにいた私は、そのままそこを守る事が命じられた。
 切るには惜しかったのだろう。領主にすげ、監視する事を国は選択したのだ。

 マーロに、新妻がするように甘く「旦那様」と呼ばれたい。
 最近そんな事を思う。

 屋敷の者はみな私をそう呼ぶし、マーロもはじめからそう呼んでいるのが違うのだ。
 夫として、そう呼ばれたいのだ。
 家族など欲しいと思ったことはなく、一生妻を持つことはないだろうと思っていたのに。

 マーロはたいへん優秀な人間だった。
 孤児として育ち、アクジョノ家に引き取られた事でそうせざるを得ない状況により場の空気を読む能力も磨き上げられたのだろう。
 読み書きができ、貴族向けの教育も施されているためカルレイの仕事の補佐も出来た。
 そんな環境だったせいだろう、甘えるという事だけがとにかく、へたくそだ。

 マーロとの結婚が正式に決まり、屋敷内でささやかながら祝杯をあげる。

「北のヴァイスワインも開けていいですか?」
 アントンが声を弾ませた。
 ヴァイスワインはもう手に入らない可能性もある。
 だが悩んだのは一瞬だった。

「む……そうだな、こんな時にしか開ける機会もないか」
 期待に満ちた目で見て来るアントンに、そう答えた。
 しかしそこに待ったをかけたのはマーロだ。

「えっ、旦那様、そんな貴重ものをっ!? もっと他にありますよきっと」
 これ以上の慶事はないように思うが、戸惑うマーロに「それもそうだ」とアントンはあっさりと引いた。
 アントンもテンションが高くなって言ってみただけだったようだ。

「あ、あの、だ、旦那様、あの……」
 おずおず、と言うよりもびくびくといった様子でアリーンが傍らに立つ。
 アクジョノ家から来た二人の侍女は、私に対して相変わらず怯えがある。マーロを介さず、彼女達から話しかけられるのはこれが初めてかもしれない。

「よろしければ、あの、お耳を、よろしいでしょうか」
 そんなに怯えるなら無理をしなくても、と思うほどの態度だ。異変に気付いたニアまで寄って来る。

 不思議そうな顔をしただけのつもりが、彼女はびくりと小さく震え、顔を青ざめさせた。
 マーロのためにも屋敷に残ってくれるのはありがたいが、これではアクジョノ家にいた頃と変わらないのではないか。
 今後もここで勤めるのが本当にいいのか、もう一度確認した方がいいかもしれない。

「あ、あの、マーロはお酒に弱くて。すぐ酔うんです」
「ふ、ふにゃふにゃになります」
「で、あの、一杯目だけはワインなんですけど、あとはずっと果実水にしてます」
「マーロはっ、雰囲気だけで、酔えるので。お酒だと思い込んでますしっ」
 アリーンとニアが交互に話す。

「夜、戻したりは、しませんので」
 組んだ手をまごまご忙しなく動かしながら、アリーンが目で何かを訴えかけて来る。

 部屋の入り口の方で厨房の担当者達から祝われ、グラスを掲げ合っているマーロを見やる。
 にこにこと上機嫌のマーロの頬はうっすらと上気し、目元はうるんでいる。

 なるほど。
 これはいけない。

「アントン。例の酒、開けていいぞ。二人に振る舞え」
 アントンは歓声を上げ、アリーンとニアが顔を見合わせ、またおろおろと体を揺らした。
 マーロが止めていたのに自分達が飲むことに戸惑いを覚えているようだ。

「君達の歓迎だ。私達はもう下がらせてもらうが、楽しんでくれ」
 アリーンとニアの二人は、慌てたように頭を下げる。
 彼女達とはこれから、いい関係が築けそうな気がした。

 再度、マーロを見る。
 血色のいい顔でけらけら笑い、随分と楽しそうだ。
 中断させるのも可哀想か、と思えば何の拍子か足をふらつかせる。本当に一杯しか飲んでいないのか怪しいが、この辺りでいいだろう。
 ふらついたマーロの傍に行って体を支えた。

「あ、だんなさま」
 ニコニコとこちらを見上げて来るマーロを、いつものように縦抱きにした。


◇◆◇◆◇◆◇◆

本年もありがとうございました。
よいお年をお迎えください。
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