13 / 14
【後日談】旦那様は旦那様♡と呼ばれたい。(前半)
しおりを挟む
私の祖父はこの国の王だった。
過去形であるのは、すでに崩御しているからだ。
死ぬまで王であり、現在はその息子が王位を継承している。
祖父は王としては評価される男であったが、「英雄、色を好む」を地で行くような好色でもあった。
地位の低い貴族の娘に手を出し、女児が生まれた。
それが母だ。
のちに祖母と母の生家は没落し、母は商人と結婚して生まれたのが私だ。父は早世している。
他にも幾人も似たような子供がいたはずだ。よって生まれた女児は対応が後回しにされ、祖母も母も忘れられたのだろう。
私も彼女達から自分に王族の血が流れているなどと、聞いたことはない。
あってはならない魔力を使える事に気付き、祖父あたりが確実に怪しいと睨んでいたが、知らないふり気付かないふりをした。
結局、出自を聞かないままに国軍に入った。
家を出たかったというのもあるし、己の力を試したい気持ちもあった。
母も祖母も一時は反対したが「それほど言うなら」とあっさり入軍を認めた。
今思えば、彼女達のそういった短慮な性格が私のような子供を産んでしまったのだろうと思わないでもない。
ではなぜ自分に流れている、「知られてはならない血」が露見したか。それは国境での小競り合いの際死にかけた仲間を、力を使って助けたからだ。
その仲間がアントンとカルレイだ。
「どうして。君の出自がばれてしまったではないか。愚かなことを」
薄々気付いていたらしいカルレイにはそう嘆かれ、人間はここまで悲壮感に暮れられるのかといった面持ちで謝罪されたが━━仲間二人が死にかけで、それは派手に痙攣していたのだ。咄嗟に治療してしまうだろう。
長く共にあり、仲間内でも一番に親しくしていた人間なのだから。
国境を守る部隊のトップにいた私は、そのままそこを守る事が命じられた。
切るには惜しかったのだろう。領主にすげ、監視する事を国は選択したのだ。
マーロに、新妻がするように甘く「旦那様」と呼ばれたい。
最近そんな事を思う。
屋敷の者はみな私をそう呼ぶし、マーロもはじめからそう呼んでいるのが違うのだ。
夫として、そう呼ばれたいのだ。
家族など欲しいと思ったことはなく、一生妻を持つことはないだろうと思っていたのに。
マーロはたいへん優秀な人間だった。
孤児として育ち、アクジョノ家に引き取られた事でそうせざるを得ない状況により場の空気を読む能力も磨き上げられたのだろう。
読み書きができ、貴族向けの教育も施されているためカルレイの仕事の補佐も出来た。
そんな環境だったせいだろう、甘えるという事だけがとにかく、へたくそだ。
マーロとの結婚が正式に決まり、屋敷内でささやかながら祝杯をあげる。
「北のヴァイスワインも開けていいですか?」
アントンが声を弾ませた。
ヴァイスワインはもう手に入らない可能性もある。
だが悩んだのは一瞬だった。
「む……そうだな、こんな時にしか開ける機会もないか」
期待に満ちた目で見て来るアントンに、そう答えた。
しかしそこに待ったをかけたのはマーロだ。
「えっ、旦那様、そんな貴重ものをっ!? もっと他にありますよきっと」
これ以上の慶事はないように思うが、戸惑うマーロに「それもそうだ」とアントンはあっさりと引いた。
アントンもテンションが高くなって言ってみただけだったようだ。
「あ、あの、だ、旦那様、あの……」
おずおず、と言うよりもびくびくといった様子でアリーンが傍らに立つ。
アクジョノ家から来た二人の侍女は、私に対して相変わらず怯えがある。マーロを介さず、彼女達から話しかけられるのはこれが初めてかもしれない。
「よろしければ、あの、お耳を、よろしいでしょうか」
そんなに怯えるなら無理をしなくても、と思うほどの態度だ。異変に気付いたニアまで寄って来る。
不思議そうな顔をしただけのつもりが、彼女はびくりと小さく震え、顔を青ざめさせた。
マーロのためにも屋敷に残ってくれるのはありがたいが、これではアクジョノ家にいた頃と変わらないのではないか。
今後もここで勤めるのが本当にいいのか、もう一度確認した方がいいかもしれない。
「あ、あの、マーロはお酒に弱くて。すぐ酔うんです」
「ふ、ふにゃふにゃになります」
「で、あの、一杯目だけはワインなんですけど、あとはずっと果実水にしてます」
「マーロはっ、雰囲気だけで、酔えるので。お酒だと思い込んでますしっ」
アリーンとニアが交互に話す。
「夜、戻したりは、しませんので」
組んだ手をまごまご忙しなく動かしながら、アリーンが目で何かを訴えかけて来る。
部屋の入り口の方で厨房の担当者達から祝われ、グラスを掲げ合っているマーロを見やる。
にこにこと上機嫌のマーロの頬はうっすらと上気し、目元はうるんでいる。
なるほど。
これはいけない。
「アントン。例の酒、開けていいぞ。二人に振る舞え」
アントンは歓声を上げ、アリーンとニアが顔を見合わせ、またおろおろと体を揺らした。
マーロが止めていたのに自分達が飲むことに戸惑いを覚えているようだ。
「君達の歓迎だ。私達はもう下がらせてもらうが、楽しんでくれ」
アリーンとニアの二人は、慌てたように頭を下げる。
彼女達とはこれから、いい関係が築けそうな気がした。
再度、マーロを見る。
血色のいい顔でけらけら笑い、随分と楽しそうだ。
中断させるのも可哀想か、と思えば何の拍子か足をふらつかせる。本当に一杯しか飲んでいないのか怪しいが、この辺りでいいだろう。
ふらついたマーロの傍に行って体を支えた。
「あ、だんなさま」
ニコニコとこちらを見上げて来るマーロを、いつものように縦抱きにした。
◇◆◇◆◇◆◇◆
本年もありがとうございました。
よいお年をお迎えください。
過去形であるのは、すでに崩御しているからだ。
死ぬまで王であり、現在はその息子が王位を継承している。
祖父は王としては評価される男であったが、「英雄、色を好む」を地で行くような好色でもあった。
地位の低い貴族の娘に手を出し、女児が生まれた。
それが母だ。
のちに祖母と母の生家は没落し、母は商人と結婚して生まれたのが私だ。父は早世している。
他にも幾人も似たような子供がいたはずだ。よって生まれた女児は対応が後回しにされ、祖母も母も忘れられたのだろう。
私も彼女達から自分に王族の血が流れているなどと、聞いたことはない。
あってはならない魔力を使える事に気付き、祖父あたりが確実に怪しいと睨んでいたが、知らないふり気付かないふりをした。
結局、出自を聞かないままに国軍に入った。
家を出たかったというのもあるし、己の力を試したい気持ちもあった。
母も祖母も一時は反対したが「それほど言うなら」とあっさり入軍を認めた。
今思えば、彼女達のそういった短慮な性格が私のような子供を産んでしまったのだろうと思わないでもない。
ではなぜ自分に流れている、「知られてはならない血」が露見したか。それは国境での小競り合いの際死にかけた仲間を、力を使って助けたからだ。
その仲間がアントンとカルレイだ。
「どうして。君の出自がばれてしまったではないか。愚かなことを」
薄々気付いていたらしいカルレイにはそう嘆かれ、人間はここまで悲壮感に暮れられるのかといった面持ちで謝罪されたが━━仲間二人が死にかけで、それは派手に痙攣していたのだ。咄嗟に治療してしまうだろう。
長く共にあり、仲間内でも一番に親しくしていた人間なのだから。
国境を守る部隊のトップにいた私は、そのままそこを守る事が命じられた。
切るには惜しかったのだろう。領主にすげ、監視する事を国は選択したのだ。
マーロに、新妻がするように甘く「旦那様」と呼ばれたい。
最近そんな事を思う。
屋敷の者はみな私をそう呼ぶし、マーロもはじめからそう呼んでいるのが違うのだ。
夫として、そう呼ばれたいのだ。
家族など欲しいと思ったことはなく、一生妻を持つことはないだろうと思っていたのに。
マーロはたいへん優秀な人間だった。
孤児として育ち、アクジョノ家に引き取られた事でそうせざるを得ない状況により場の空気を読む能力も磨き上げられたのだろう。
読み書きができ、貴族向けの教育も施されているためカルレイの仕事の補佐も出来た。
そんな環境だったせいだろう、甘えるという事だけがとにかく、へたくそだ。
マーロとの結婚が正式に決まり、屋敷内でささやかながら祝杯をあげる。
「北のヴァイスワインも開けていいですか?」
アントンが声を弾ませた。
ヴァイスワインはもう手に入らない可能性もある。
だが悩んだのは一瞬だった。
「む……そうだな、こんな時にしか開ける機会もないか」
期待に満ちた目で見て来るアントンに、そう答えた。
しかしそこに待ったをかけたのはマーロだ。
「えっ、旦那様、そんな貴重ものをっ!? もっと他にありますよきっと」
これ以上の慶事はないように思うが、戸惑うマーロに「それもそうだ」とアントンはあっさりと引いた。
アントンもテンションが高くなって言ってみただけだったようだ。
「あ、あの、だ、旦那様、あの……」
おずおず、と言うよりもびくびくといった様子でアリーンが傍らに立つ。
アクジョノ家から来た二人の侍女は、私に対して相変わらず怯えがある。マーロを介さず、彼女達から話しかけられるのはこれが初めてかもしれない。
「よろしければ、あの、お耳を、よろしいでしょうか」
そんなに怯えるなら無理をしなくても、と思うほどの態度だ。異変に気付いたニアまで寄って来る。
不思議そうな顔をしただけのつもりが、彼女はびくりと小さく震え、顔を青ざめさせた。
マーロのためにも屋敷に残ってくれるのはありがたいが、これではアクジョノ家にいた頃と変わらないのではないか。
今後もここで勤めるのが本当にいいのか、もう一度確認した方がいいかもしれない。
「あ、あの、マーロはお酒に弱くて。すぐ酔うんです」
「ふ、ふにゃふにゃになります」
「で、あの、一杯目だけはワインなんですけど、あとはずっと果実水にしてます」
「マーロはっ、雰囲気だけで、酔えるので。お酒だと思い込んでますしっ」
アリーンとニアが交互に話す。
「夜、戻したりは、しませんので」
組んだ手をまごまご忙しなく動かしながら、アリーンが目で何かを訴えかけて来る。
部屋の入り口の方で厨房の担当者達から祝われ、グラスを掲げ合っているマーロを見やる。
にこにこと上機嫌のマーロの頬はうっすらと上気し、目元はうるんでいる。
なるほど。
これはいけない。
「アントン。例の酒、開けていいぞ。二人に振る舞え」
アントンは歓声を上げ、アリーンとニアが顔を見合わせ、またおろおろと体を揺らした。
マーロが止めていたのに自分達が飲むことに戸惑いを覚えているようだ。
「君達の歓迎だ。私達はもう下がらせてもらうが、楽しんでくれ」
アリーンとニアの二人は、慌てたように頭を下げる。
彼女達とはこれから、いい関係が築けそうな気がした。
再度、マーロを見る。
血色のいい顔でけらけら笑い、随分と楽しそうだ。
中断させるのも可哀想か、と思えば何の拍子か足をふらつかせる。本当に一杯しか飲んでいないのか怪しいが、この辺りでいいだろう。
ふらついたマーロの傍に行って体を支えた。
「あ、だんなさま」
ニコニコとこちらを見上げて来るマーロを、いつものように縦抱きにした。
◇◆◇◆◇◆◇◆
本年もありがとうございました。
よいお年をお迎えください。
384
あなたにおすすめの小説
結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした
紫
BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。
実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。
オメガバースでオメガの立場が低い世界
こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです
強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です
主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です
倫理観もちょっと薄いです
というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります
※この主人公は受けです
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*不定期連載です。
夫から『お前を愛することはない』と言われたので、お返しついでに彼のお友達をお招きした結果。
古森真朝
ファンタジー
「クラリッサ・ベル・グレイヴィア伯爵令嬢、あらかじめ言っておく。
俺がお前を愛することは、この先決してない。期待など一切するな!」
新婚初日、花嫁に真っ向から言い放った新郎アドルフ。それに対して、クラリッサが返したのは――
※ぬるいですがホラー要素があります。苦手な方はご注意ください。
聖女召喚の巻き添えで喚ばれた「オマケ」の男子高校生ですが、魔王様の「抱き枕」として重宝されています
八百屋 成美
BL
聖女召喚に巻き込まれて異世界に来た主人公。聖女は優遇されるが、魔力のない主人公は城から追い出され、魔の森へ捨てられる。
そこで出会ったのは、強大な魔力ゆえに不眠症に悩む魔王。なぜか主人公の「匂い」や「体温」だけが魔王を安眠させることができると判明し、魔王城で「生きた抱き枕」として飼われることになる。
追放オメガ聖帝の幸せな結婚〜クールなスパダリ騎士に拾われて溺愛されるまで〜
あきたいぬ大好き(深凪雪花)
BL
ノルディーナ王国の聖帝サーナは、教皇のありもしない嘘のせいで聖宮から追放されてしまう。
行く当てがないサーナが国境に向かうと、そこで隣国ルミルカ王国の騎士であるムーシュと出会う。ムーシュから諸事情により偽装結婚を提案されて、サーナは期限付きの偽装結婚ならばよいと承諾し、一時的に保護してもらうことに。
異国暮らしに慣れていく中で、やがてムーシュから溺愛されるようになり……?
「役立たず」と追放された神官を拾ったのは、不眠に悩む最強の騎士団長。彼の唯一の癒やし手になった俺は、その重すぎる独占欲に溺愛される
水凪しおん
BL
聖なる力を持たず、「穢れを祓う」ことしかできない神官ルカ。治癒の奇跡も起こせない彼は、聖域から「役立たず」の烙印を押され、無一文で追放されてしまう。
絶望の淵で倒れていた彼を拾ったのは、「氷の鬼神」と恐れられる最強の竜騎士団長、エヴァン・ライオネルだった。
長年の不眠と悪夢に苦しむエヴァンは、ルカの側にいるだけで不思議な安らぎを得られることに気づく。
「お前は今日から俺専用の癒やし手だ。異論は認めん」
有無を言わさず騎士団に連れ去られたルカの、無能と蔑まれた力。それは、戦場で瘴気に蝕まれる騎士たちにとって、そして孤独な鬼神の心を救う唯一の光となる奇跡だった。
追放された役立たず神官が、最強騎士団長の独占欲と溺愛に包まれ、かけがえのない居場所を見つける異世界BLファンタジー!
「お前を愛することはない」と言われたお飾りの妻ですが、何か?
あんど もあ
ファンタジー
「お前を愛することはない!」「そんな事を言うために女性の寝室に押し入ったのですか? もう寝るつもりで化粧を落として髪をほどいて寝着に着替えてるのに! 最っ低!」
仕事大好き女が「お飾りの妻最高!」と恋愛感情無しで結婚したらこうなるよね、というお話。
【完結】塩対応だった旦那様が記憶喪失になった途端溺愛してくるのですが
詩河とんぼ
BL
貧乏伯爵家の子息であったノアは家を救うことを条件に、援助をしてくれることとなったラインドール公爵家の若気当主のレオンに嫁ぐこととなった。
塩対応で愛人がいるという噂のレオンやノアを嫌う義母の前夫人を見て、ほとんどの使用人たちはノアに嫌がらせをしていた。
そんな中、レオンが階段から転落し、レオンは記憶を失ってしまう。すると――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる