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第8話 無抵抗になる理由
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あの部屋に王弟はいない。
赴任して三か月。
優里はその結論に至った。
沙漠の奸計により塊が王弟 清牙を弑逆した可能性も考えられたが、それを上羅が憂惧しているのであればここに寄越すのは自分でなく、もっと知略に長けた人材のはず。
上羅も父も、間接的な事しか言わなかったがそこまで深刻には見えなかった。
彼らが自分に解き明かせようとした秘密は、公にはできない事情があるのだろう。
王宮の大広間の一つに、王族の肖像画がある。
王弟の肖像画は隅の方にある小さな一枚だけだ。茶の髪が印象的な彼はまるで『天使』と呼ばれる異国の宗教画のように美しかった。
療養中という王弟は、沙漠なのだろう。
療養しているはずの王弟は森県の統治者として元気に過ごし、真面目に働いている。見ていると本当に上羅から領地管理を任され、見事に治めているように思う。
優里が父から見せられた身辺調査書には塊と沙漠がかつて王都におり、二人とも上羅と師弟関係にあった事が記されていた。沙漠自身もそう言っていた。
それを思い出し、まいったなと内心ため息をつく。
こうなると上羅様は沙漠と王弟が同一人物であることを把握しているはずだ。
上羅は何を暴きたいというのか。
それが一向に分からない。
優里が一つ考えるのは、塊だ。
塊の身上書を見せられたのだから、調べるべきは塊だと考えている。
上羅は塊をここから排除したいのではないか?
ただ塊は実に優秀な武人だ。
単に切り捨てるには惜しいのかもしれない。
証拠を掴んで塊を王弟から遠ざけ、かん口令を敷いて僻地に出も送りたいのか━━
などという、上羅からしみてれば完全に的外れも甚だしい事を連日優里は考えているのだ。上羅が知れば頭を抱える事だろう。
優里は日々珍妙で頓珍漢な事に無駄に頭を巡らせ、使わなくていい労力を費やしている。いい加減疲弊した精神状態で、沙漠の見守るなか塊と組手をすればらしくもなく気も散る。
そこを突かれ、優里はまた地に組み伏せられた。
反射的に次に打つ手を考えるが、それは実行せずに優里は両手を上げるようにして降参の姿勢を取った。
息を詰めて見守っていた団員達から吐息が漏れ、自分達の団長を自慢気に見やるが当の塊の眉間にはいつもよりも深いしわが刻まれたままだ。
「━━そこまで」
やがて動かない塊に、沙漠が終了の声をかける。沙漠の言葉がかかるまで、塊は難しい表情で優里を見降ろし続けていた。
演習場の隅にある井戸で汲んだ水は、凍える外気温に比べ数段あたたかい。冬の寒さに汗は急速に引きつつあるが、それでも優里は顔を洗った。背後に気配を人の気配を感じる。
「優里」
声の主は案の定、塊だ。そろそろ来るだろとは思っていた。
「なぜ、あそこで止める?」
それが訓練における流儀作法だとしても、塊は違和感を覚えずにはいられなかった。
優里ほどの手練れであればそこからの反撃も十分に可能であるはずだ。
実際、以前、組み伏せた状態から塊が咄嗟に反撃に出てしまった際も優里はそれに対し揶揄ってきたものの軽蔑は皆無であった。
まるでそれが当然の行動であるとでも言うように、「さすが」と言ってきたくらいだったのだから。
だから塊は理解できない。
なぜあんな、諦めたような態度を見せるのか。
「あそこまで抑え込まれたらやっても無駄ですから」
優里は冗談めかして笑ってごまかしたが、塊が納得していないのは一目瞭然だった。
何を言わんとしているか分かるが、正直に答える気は無い。
塊のような男からしてみれば、先の自分の返答は彼を失望させるものであり、自分を貶める言葉だとは分かっている。それでも優里は自身の考えを口にする気は無かった。
ただ普段寡黙な塊もいつもとは違い、この日はしつこく、そして実に切れが良かった。
「訓練ではあそこで終わりだが、実戦となれば違うだろう。中央ではどう教えている? 諦めろと教えているのか」
それを教え子が赴任する機関の最高峰たる塊に問われれば、教官という立場上優里は答えざるを得ない。まして「赴任先の要望調査」という肩書で来ている優里にしてみればなおさらだ。
嫌な聞き方だと思った。
「もちろん、反撃方法を教え込んでいます。例え━━道連れにしてでも屠れと」
まっすぐに塊を見詰めた後、優里は小さく息をついて周囲の様子を確認してから井戸に腰を掛けた。石は冷え切っていたが気にならなかった。
開いた両膝に肘をつくようにして組んだ手に顎を乗せ何もない前方を見据える。
「男なら、一突きにされて終わりです。だから死に物狂いで反抗するんでしょうが━━」
女は、そこからが地獄だ。
優里の言わんとしている事に気付いた塊は眉根を寄せて押し黙った。
「女があの状態に抑え込まれれば、それが戦場なら、どうなると思います。状況にもよりますが下手に暴れれば戦意を喪失するか、意識を失うまで殴られてから辱められる。諦めたふりをして隙を作り出し、一撃必殺で急所を狙うのが最も成功の確率が高い」
その為には、絶望したふりをして首筋を噛みちぎれと教える事もある。
凌辱される事になろうと、その最中に相手を殺す。
男が最も油断する、絶好の機会である。
相手兵を一人始末する事が出来れば、他の女に手が及ぶ事を防ぐことが出来る。
「どうせ殺されるなら、道連れにしろと教えています」
それが塊の問いに対する彼女の答えだった。
ただそれをするのは自分のような士官の仕事だと優里は考えていた。
強制的に徴兵された女達にそこまでは求めない。
殴られ、苦しくつらい思いをし、絶望の中で死ぬくらいなら、いっそ自害していいと言ってやりたいし、そもそもそんな事態になるのは自分のような生粋の軍人だけでいいのだ。
言ってしまえば国政により望まずして軍人に仕立て上げられ、なおかつ国の上層部の人間の勝手な判断で戦争に駆り出される事を優里は疑問を抱いている。
だから。
最後は、そんな地獄から逃げる権利があり、自分を守って欲しい。
たとえそれを甘いと言われようとも。
優里に射抜くような目で見られた塊は微かにたじろぎ、そんな彼の様子に優里は内心小さく首を傾げる。
「この国の女は国のためとは言え、そこまでの義務を強いられて死ななければならないのかと」
国家のため、国主のため。
女は、そんな高尚な信念などもとより持っていないのだから。
目を瞠る塊を見て優里は内心嘆息を零す。
男には分からないだろう。特に塊のような、軍人の家に生まれたような人間には信じられないだろう。だが民とはそういうものだ。
ひどく驚いたような表情をする塊に優里は少しの失望を感じた。なんとなく、この男はそういう事に柔軟だと思っていた。根拠などないが、優里の勝手な見立てだ。
「不敬に当たりますが」
優里は賭けに出た。
「民無くして王者なし。王は無くとも民は生きる。」
かしずく民がいなければ王は王にはなれず、それどころか食べることもままならない。民がいなければ、まともに生きて行くことも出来ないだろう。
しかし王がいなくても民は生きる。
「近隣諸国の国際情勢を考えた時、今のこの国は均衡を崩す存在です。塊団長ならお分かりになるんじゃないですか?」
ふと優里はいい例えを思いついて笑う。
「塊団長は有事のためにと鍛錬を重ね、常に町の様子に睨みを利かせる立派な方です。ただ、もし塊団長が町の破落戸だったら? よく知らない人間だったら? いきなり暴れ出しそうで皆怖がるでしょう。国も同じです」
素性を知らなければ、大衆は普通にあなたに恐怖を感じるだろうと優里は言外に言ったのだ。
塊団長は人を委縮させる風貌の持ち主だ。鋭い眼差しに屈強な体。眼差しだけではない。口も常に真一文字に引かれ、常に厳しい表情をしている。だからこそ防犯には役立つが、目鼻顔立ちは非常に整っているのに勿体ないとは紫梓の弁だ。
整いすぎているからこそ、なお冷たく感じられるのだ。
強すぎる軍事力を持つ国。それはやがて周囲から恐れられ、不審を誘う。警戒され、最悪の場合何かある前に先に叩かねばと判断される。
「過ぎたるは及ばざるが如し、ってやつですよ」
この国の軍事力は強く大きくなり過ぎた。
塊は自分の容姿に怯える人間がいる事を知っている。しかしまさか国が破落戸同様と評されるとは、そう戸惑う。
「……それが分かっているのに教官を?」
なぜ兵を鍛えるのだと問われ、優里は肩をすくめた。
女の兵役制度などもうやめてしまえばいいのだ。何の必要がある。幼子の吐いた言葉に踊らされた馬鹿な大人たちの招いた悲劇だ。
幼い王が可愛いような、可愛くないような希望を口にした頃、国の西に位置する帝国と呼ばれる大国で謀反が起きた。
大きな国が倒れれば内部は分裂し、新たな土地獲得をもくろむ人間が複数台頭した挙句、周辺各国を巻き込む広範囲の戦争に発展するのが歴史の常だ。
その危険な時期に彩国が兵力を増強していたのは幸いだった。戦渦に巻き込まれることなく済み、帝国も新しい女帝が分裂を許すことなくまとめあげた。
各国の均衡は保たれ、彩の王も妃を決めつつある。もう女の兵役義務なんて必要はないではないか。有志だけで十分だ。なぜ兵役を科す。
「一度始めてしまったうまみのあるしくみをやめるのは難しいですよね」
塊は大仰に息を飲んだ。
もうやめてしまえと優里は言いたい。しかし言ったところで兵力の弱体化を国は良しとしないだろう。
だから━━
「少数先鋭にしぼり、組織と軍事費を縮小するのがわたしの役目だと思っています」
兵力を保ったまま軍に属する人間を減らし、いずれは男女関係なく兵役を緩和し有志で兵を募るのが優里はもとより岳家の目標だ。
岳家は女の兵役など馬鹿げた制度だと思っていた。すぐに廃れるだろうと放っておいた結果が現在のありさまだ。この現状に後悔がある。
優里はいつの間にか虚空を見ていた視線を塊に戻す。
「……話し過ぎました。忘れてください」
それは優里の本心だ。
どうしてここまで話してしまったのだろう。
「不敬をお詫びします」
塊は王弟の直属の護衛であり、いわば国側の人間だ。優里もそうだが、やっていることは国への反抗だ。塊に対しても好き勝手言った。
立ち上がった優里は武人の礼を取って深く頭を下げて詫びる。
「……忘れよう」
塊は戸惑いつつもそう応じた。忘れられないだろうことを自覚しながら。
赴任して三か月。
優里はその結論に至った。
沙漠の奸計により塊が王弟 清牙を弑逆した可能性も考えられたが、それを上羅が憂惧しているのであればここに寄越すのは自分でなく、もっと知略に長けた人材のはず。
上羅も父も、間接的な事しか言わなかったがそこまで深刻には見えなかった。
彼らが自分に解き明かせようとした秘密は、公にはできない事情があるのだろう。
王宮の大広間の一つに、王族の肖像画がある。
王弟の肖像画は隅の方にある小さな一枚だけだ。茶の髪が印象的な彼はまるで『天使』と呼ばれる異国の宗教画のように美しかった。
療養中という王弟は、沙漠なのだろう。
療養しているはずの王弟は森県の統治者として元気に過ごし、真面目に働いている。見ていると本当に上羅から領地管理を任され、見事に治めているように思う。
優里が父から見せられた身辺調査書には塊と沙漠がかつて王都におり、二人とも上羅と師弟関係にあった事が記されていた。沙漠自身もそう言っていた。
それを思い出し、まいったなと内心ため息をつく。
こうなると上羅様は沙漠と王弟が同一人物であることを把握しているはずだ。
上羅は何を暴きたいというのか。
それが一向に分からない。
優里が一つ考えるのは、塊だ。
塊の身上書を見せられたのだから、調べるべきは塊だと考えている。
上羅は塊をここから排除したいのではないか?
ただ塊は実に優秀な武人だ。
単に切り捨てるには惜しいのかもしれない。
証拠を掴んで塊を王弟から遠ざけ、かん口令を敷いて僻地に出も送りたいのか━━
などという、上羅からしみてれば完全に的外れも甚だしい事を連日優里は考えているのだ。上羅が知れば頭を抱える事だろう。
優里は日々珍妙で頓珍漢な事に無駄に頭を巡らせ、使わなくていい労力を費やしている。いい加減疲弊した精神状態で、沙漠の見守るなか塊と組手をすればらしくもなく気も散る。
そこを突かれ、優里はまた地に組み伏せられた。
反射的に次に打つ手を考えるが、それは実行せずに優里は両手を上げるようにして降参の姿勢を取った。
息を詰めて見守っていた団員達から吐息が漏れ、自分達の団長を自慢気に見やるが当の塊の眉間にはいつもよりも深いしわが刻まれたままだ。
「━━そこまで」
やがて動かない塊に、沙漠が終了の声をかける。沙漠の言葉がかかるまで、塊は難しい表情で優里を見降ろし続けていた。
演習場の隅にある井戸で汲んだ水は、凍える外気温に比べ数段あたたかい。冬の寒さに汗は急速に引きつつあるが、それでも優里は顔を洗った。背後に気配を人の気配を感じる。
「優里」
声の主は案の定、塊だ。そろそろ来るだろとは思っていた。
「なぜ、あそこで止める?」
それが訓練における流儀作法だとしても、塊は違和感を覚えずにはいられなかった。
優里ほどの手練れであればそこからの反撃も十分に可能であるはずだ。
実際、以前、組み伏せた状態から塊が咄嗟に反撃に出てしまった際も優里はそれに対し揶揄ってきたものの軽蔑は皆無であった。
まるでそれが当然の行動であるとでも言うように、「さすが」と言ってきたくらいだったのだから。
だから塊は理解できない。
なぜあんな、諦めたような態度を見せるのか。
「あそこまで抑え込まれたらやっても無駄ですから」
優里は冗談めかして笑ってごまかしたが、塊が納得していないのは一目瞭然だった。
何を言わんとしているか分かるが、正直に答える気は無い。
塊のような男からしてみれば、先の自分の返答は彼を失望させるものであり、自分を貶める言葉だとは分かっている。それでも優里は自身の考えを口にする気は無かった。
ただ普段寡黙な塊もいつもとは違い、この日はしつこく、そして実に切れが良かった。
「訓練ではあそこで終わりだが、実戦となれば違うだろう。中央ではどう教えている? 諦めろと教えているのか」
それを教え子が赴任する機関の最高峰たる塊に問われれば、教官という立場上優里は答えざるを得ない。まして「赴任先の要望調査」という肩書で来ている優里にしてみればなおさらだ。
嫌な聞き方だと思った。
「もちろん、反撃方法を教え込んでいます。例え━━道連れにしてでも屠れと」
まっすぐに塊を見詰めた後、優里は小さく息をついて周囲の様子を確認してから井戸に腰を掛けた。石は冷え切っていたが気にならなかった。
開いた両膝に肘をつくようにして組んだ手に顎を乗せ何もない前方を見据える。
「男なら、一突きにされて終わりです。だから死に物狂いで反抗するんでしょうが━━」
女は、そこからが地獄だ。
優里の言わんとしている事に気付いた塊は眉根を寄せて押し黙った。
「女があの状態に抑え込まれれば、それが戦場なら、どうなると思います。状況にもよりますが下手に暴れれば戦意を喪失するか、意識を失うまで殴られてから辱められる。諦めたふりをして隙を作り出し、一撃必殺で急所を狙うのが最も成功の確率が高い」
その為には、絶望したふりをして首筋を噛みちぎれと教える事もある。
凌辱される事になろうと、その最中に相手を殺す。
男が最も油断する、絶好の機会である。
相手兵を一人始末する事が出来れば、他の女に手が及ぶ事を防ぐことが出来る。
「どうせ殺されるなら、道連れにしろと教えています」
それが塊の問いに対する彼女の答えだった。
ただそれをするのは自分のような士官の仕事だと優里は考えていた。
強制的に徴兵された女達にそこまでは求めない。
殴られ、苦しくつらい思いをし、絶望の中で死ぬくらいなら、いっそ自害していいと言ってやりたいし、そもそもそんな事態になるのは自分のような生粋の軍人だけでいいのだ。
言ってしまえば国政により望まずして軍人に仕立て上げられ、なおかつ国の上層部の人間の勝手な判断で戦争に駆り出される事を優里は疑問を抱いている。
だから。
最後は、そんな地獄から逃げる権利があり、自分を守って欲しい。
たとえそれを甘いと言われようとも。
優里に射抜くような目で見られた塊は微かにたじろぎ、そんな彼の様子に優里は内心小さく首を傾げる。
「この国の女は国のためとは言え、そこまでの義務を強いられて死ななければならないのかと」
国家のため、国主のため。
女は、そんな高尚な信念などもとより持っていないのだから。
目を瞠る塊を見て優里は内心嘆息を零す。
男には分からないだろう。特に塊のような、軍人の家に生まれたような人間には信じられないだろう。だが民とはそういうものだ。
ひどく驚いたような表情をする塊に優里は少しの失望を感じた。なんとなく、この男はそういう事に柔軟だと思っていた。根拠などないが、優里の勝手な見立てだ。
「不敬に当たりますが」
優里は賭けに出た。
「民無くして王者なし。王は無くとも民は生きる。」
かしずく民がいなければ王は王にはなれず、それどころか食べることもままならない。民がいなければ、まともに生きて行くことも出来ないだろう。
しかし王がいなくても民は生きる。
「近隣諸国の国際情勢を考えた時、今のこの国は均衡を崩す存在です。塊団長ならお分かりになるんじゃないですか?」
ふと優里はいい例えを思いついて笑う。
「塊団長は有事のためにと鍛錬を重ね、常に町の様子に睨みを利かせる立派な方です。ただ、もし塊団長が町の破落戸だったら? よく知らない人間だったら? いきなり暴れ出しそうで皆怖がるでしょう。国も同じです」
素性を知らなければ、大衆は普通にあなたに恐怖を感じるだろうと優里は言外に言ったのだ。
塊団長は人を委縮させる風貌の持ち主だ。鋭い眼差しに屈強な体。眼差しだけではない。口も常に真一文字に引かれ、常に厳しい表情をしている。だからこそ防犯には役立つが、目鼻顔立ちは非常に整っているのに勿体ないとは紫梓の弁だ。
整いすぎているからこそ、なお冷たく感じられるのだ。
強すぎる軍事力を持つ国。それはやがて周囲から恐れられ、不審を誘う。警戒され、最悪の場合何かある前に先に叩かねばと判断される。
「過ぎたるは及ばざるが如し、ってやつですよ」
この国の軍事力は強く大きくなり過ぎた。
塊は自分の容姿に怯える人間がいる事を知っている。しかしまさか国が破落戸同様と評されるとは、そう戸惑う。
「……それが分かっているのに教官を?」
なぜ兵を鍛えるのだと問われ、優里は肩をすくめた。
女の兵役制度などもうやめてしまえばいいのだ。何の必要がある。幼子の吐いた言葉に踊らされた馬鹿な大人たちの招いた悲劇だ。
幼い王が可愛いような、可愛くないような希望を口にした頃、国の西に位置する帝国と呼ばれる大国で謀反が起きた。
大きな国が倒れれば内部は分裂し、新たな土地獲得をもくろむ人間が複数台頭した挙句、周辺各国を巻き込む広範囲の戦争に発展するのが歴史の常だ。
その危険な時期に彩国が兵力を増強していたのは幸いだった。戦渦に巻き込まれることなく済み、帝国も新しい女帝が分裂を許すことなくまとめあげた。
各国の均衡は保たれ、彩の王も妃を決めつつある。もう女の兵役義務なんて必要はないではないか。有志だけで十分だ。なぜ兵役を科す。
「一度始めてしまったうまみのあるしくみをやめるのは難しいですよね」
塊は大仰に息を飲んだ。
もうやめてしまえと優里は言いたい。しかし言ったところで兵力の弱体化を国は良しとしないだろう。
だから━━
「少数先鋭にしぼり、組織と軍事費を縮小するのがわたしの役目だと思っています」
兵力を保ったまま軍に属する人間を減らし、いずれは男女関係なく兵役を緩和し有志で兵を募るのが優里はもとより岳家の目標だ。
岳家は女の兵役など馬鹿げた制度だと思っていた。すぐに廃れるだろうと放っておいた結果が現在のありさまだ。この現状に後悔がある。
優里はいつの間にか虚空を見ていた視線を塊に戻す。
「……話し過ぎました。忘れてください」
それは優里の本心だ。
どうしてここまで話してしまったのだろう。
「不敬をお詫びします」
塊は王弟の直属の護衛であり、いわば国側の人間だ。優里もそうだが、やっていることは国への反抗だ。塊に対しても好き勝手言った。
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「……忘れよう」
塊は戸惑いつつもそう応じた。忘れられないだろうことを自覚しながら。
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