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第二章 わだつみの娘と海の国の婚約者
27、幕間 国庫管理官の仕事を紹介されて来てみれば。
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シーアの女友達リザの話になります。
********************************************
『式典が終わったら迎えに行くから』
そう、オーシアン国王の婚約者なんてやっている友達は朗らかに笑った。
そんな立場の人間が一人ふらふら直にやって来るのだから、相変わらず自由だと思わずにはいられない。
男前で有名な国王もさぞご苦労されている事だろう、オーシアン最大の港で大手商社にて経理の事務をしているリザは同情を禁じ得なかった。
『港はお祭り騒ぎになるんだろ? 楽しんでていいから』
進水式の10日ほど前にシーアに言われ、国王が出席する進水式などそうお目にかかれるものではないので素直に喜んだ。
港の周辺はどこも混雑していて、足の悪いリザは勤め先の2階の窓から仕事仲間と式典を楽しむ気でいた。
それなのに。
海賊団の人質にされた上、砲撃で吹っ飛ばされて、砲弾の雨で荒れた海を寒中水泳、という一生のうちに一つでも味わいたくない災難が一度に身に降りかかった友人。
無事に戻ったとの発表があった時には思わず歓喜に震えてその場にへたり込んだ。
その後、国によって数日前から閉鎖されていた港が解放されたことで足止めされていた荷が一度に入荷する事になり、かつてないほどの業務に忙殺されることになった。
あんな事があったのだからシーアのお迎えは延期だろうと思っていたら、夕方になって代理だという若い男二人が商社を訪れた。
短髪の粗野な風貌の男は私服姿だったが、腰には王城警備隊の剣が下がっていた。
もう一人は烏を思わせるやや長めの黒髪の男。こちらは警備隊の制服を纏い、涼し気な目をした綺麗な顔立ちをしていた。
彼等に取り急ぎ会釈して、リザは一層慌ただしく荷卸しや空いた倉庫など指示を出す。
その傍で彼等は椅子に掛けた商社の主のご母堂に近付くと「国庫管理室室長からの指示でお迎えに上がりました」と、丁寧に述べる。
「あのっ、リザは私ですが」
リザは思わず声を上げた。
◆◇◆
カウンターの中でそれまで忙しそうに男達とあれこれ協議していた金髪の美人が、主張するように挙手しており、彼女のその手にはシーアが言っていた通り杖があった。
「あのやろう……」
そんなに激しく掻くと頭皮が傷つきますよ、と言いたくなるほどグレイは乱暴に頭を掻きむしる。
殺気さえ漂わせる獰猛な瞳を見て、リザは思わず表情を緩めた。
お気の毒に。この人もあの子に振り回されてるのね。
同様の人間を何人か知っているリザは同情を覚えずにはいられなかった。そしてシーア・ドレファンという人間がどういった種類の相手か、それを把握している様子の彼に警戒心が薄まる。
「失礼ですが、彼女とお知り合いですか?」
「ああ、悪い。若いとは聞いてなかった。あいつから伝言を預かってる」
グレイは国王自らがしたためた紙片を渡した。
<<迎えに行けなくて悪い。縁起が悪いが今度お詫びにチョコレートを贈る>>
男が書いたと思われるが、とてもきれいな文字が並んでいた。
リザの美しい顔に微笑が浮かぶ。
二人しか知らない共通の情報で安心させようとしたのだろう。
どの段階で書かれた物かは分からないが、こんな事に気を遣ってる状態ではなかっただろうに。
「人の気も知らないで」
小さく口の中で呟くいた。
どうせまた自ら意気揚々と無鉄砲な事に乗り出したのだろう。
どれほど心配したと思っているのか。
書簡に目を落とすリザからしばし離れ、グレイは商社の主に声をかけた。
「あいつが迷惑をかけると言っていた。直接挨拶に来るつもりだったみたいだが、さすがに……」
人物が特定されないように言葉を濁したグレイに、ずいぶんとがっしりした中年の男は肩をすくめた。
「こっちこそ優秀な人間を寄越してもらって助かったからな。まぁ、あいつの我が儘は今に始まった事じゃない。慣れたもんだよ」
「その優秀な人間をかっさらわれて気の毒に思う」
リザの働きぶりは少し見ただけで理解できた。
彼女を中心に仕事が動いているではないか。
グレイは心底気の毒そうに言ったが、意外な事に主はニヤリと笑った。それはそれは、満足げな笑みだった。
「とっておきの儲け話を一つ迷惑料にいただいたんでな。不満はないさ。うちの子供がでかくなって手がかからなくなったんで、嫁も本腰入れて仕事に入れるようになったし、こっちにとっちゃいい事づくめだよ」
そう言って商社の主は豪快に笑った。
交渉も商売も随分上手くなっていたドレファン一家の海姫は、彼に植物の輸送方法を確立する事を提案したのである。
オーシアン貴族の間で花を髪に挿すという新しい流行が生まれ始め、新種の花の栽培が活性化している。確かにこの国では一過性の流行になるかもしれないが、花を愛でる文化のある国では新種の花に法外な値がつく事も珍しくはないのだ。
『ここは気候もいいし、上手くいきゃ、新しい一大産業になるぞ』
今のうちに園芸業者と契約を結び、輸出方法を確立すれば他を出し抜ける。
『まぁ、うまくいけば、の話だけど』
あんたなら、上手くやれるだろう?
ずいぶんと地味な風体の国王の婚約者は知己の主にニヤリと笑んで見せたのだった。
「荷物はこれだけかい?」
商社の一室に仮住まいしていたリザの荷物は大きな鞄一つだけだった。
家具はあった物を使っていたので置いて行く。
入所の手配が済んでいるという王城の敷地内の宿舎には家具一式もあると言われているので問題はなかった。
グレイが鞄を持ち、ジェイドは黙ってリザに手を差し伸べるとリザはふわりと笑って、「ありがとうございます」とその手を取った。
口や手癖。それに性格が悪い等、多様な人間の出入りする職場に長く務める彼女は、慣れもあれば達観している。
グレイの乱暴な言葉遣いも、ジェイドの寡黙さも気にする事はなかった。
護衛隊副隊長であるジェイドの生家は、グレイと同じく北方の山岳地帯である。
年寄りが多く、一番下に生まれたジェイドは働きに出た年長者の代わりに老人達に育てられ、長じてからは彼が老人たちの世話をするようになっていた。
よって足の悪いリザの補助が出来るという理由で彼が迎えに選任されたのだが、彼は若い女性と話すのはあまり得意ではないのだ。
ジェイドにむごいことをした。
若い女相手と知っていたら、他を当たった。
わざわざ副隊長が赴くような仕事でないが、シーアからの信頼が篤いため彼になってしまった。
幼少時からの付き合いであるジェイドを憐れみながら、グレイは眉間に皺を寄せる。
本当にあの女は性質が悪い。
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『式典が終わったら迎えに行くから』
そう、オーシアン国王の婚約者なんてやっている友達は朗らかに笑った。
そんな立場の人間が一人ふらふら直にやって来るのだから、相変わらず自由だと思わずにはいられない。
男前で有名な国王もさぞご苦労されている事だろう、オーシアン最大の港で大手商社にて経理の事務をしているリザは同情を禁じ得なかった。
『港はお祭り騒ぎになるんだろ? 楽しんでていいから』
進水式の10日ほど前にシーアに言われ、国王が出席する進水式などそうお目にかかれるものではないので素直に喜んだ。
港の周辺はどこも混雑していて、足の悪いリザは勤め先の2階の窓から仕事仲間と式典を楽しむ気でいた。
それなのに。
海賊団の人質にされた上、砲撃で吹っ飛ばされて、砲弾の雨で荒れた海を寒中水泳、という一生のうちに一つでも味わいたくない災難が一度に身に降りかかった友人。
無事に戻ったとの発表があった時には思わず歓喜に震えてその場にへたり込んだ。
その後、国によって数日前から閉鎖されていた港が解放されたことで足止めされていた荷が一度に入荷する事になり、かつてないほどの業務に忙殺されることになった。
あんな事があったのだからシーアのお迎えは延期だろうと思っていたら、夕方になって代理だという若い男二人が商社を訪れた。
短髪の粗野な風貌の男は私服姿だったが、腰には王城警備隊の剣が下がっていた。
もう一人は烏を思わせるやや長めの黒髪の男。こちらは警備隊の制服を纏い、涼し気な目をした綺麗な顔立ちをしていた。
彼等に取り急ぎ会釈して、リザは一層慌ただしく荷卸しや空いた倉庫など指示を出す。
その傍で彼等は椅子に掛けた商社の主のご母堂に近付くと「国庫管理室室長からの指示でお迎えに上がりました」と、丁寧に述べる。
「あのっ、リザは私ですが」
リザは思わず声を上げた。
◆◇◆
カウンターの中でそれまで忙しそうに男達とあれこれ協議していた金髪の美人が、主張するように挙手しており、彼女のその手にはシーアが言っていた通り杖があった。
「あのやろう……」
そんなに激しく掻くと頭皮が傷つきますよ、と言いたくなるほどグレイは乱暴に頭を掻きむしる。
殺気さえ漂わせる獰猛な瞳を見て、リザは思わず表情を緩めた。
お気の毒に。この人もあの子に振り回されてるのね。
同様の人間を何人か知っているリザは同情を覚えずにはいられなかった。そしてシーア・ドレファンという人間がどういった種類の相手か、それを把握している様子の彼に警戒心が薄まる。
「失礼ですが、彼女とお知り合いですか?」
「ああ、悪い。若いとは聞いてなかった。あいつから伝言を預かってる」
グレイは国王自らがしたためた紙片を渡した。
<<迎えに行けなくて悪い。縁起が悪いが今度お詫びにチョコレートを贈る>>
男が書いたと思われるが、とてもきれいな文字が並んでいた。
リザの美しい顔に微笑が浮かぶ。
二人しか知らない共通の情報で安心させようとしたのだろう。
どの段階で書かれた物かは分からないが、こんな事に気を遣ってる状態ではなかっただろうに。
「人の気も知らないで」
小さく口の中で呟くいた。
どうせまた自ら意気揚々と無鉄砲な事に乗り出したのだろう。
どれほど心配したと思っているのか。
書簡に目を落とすリザからしばし離れ、グレイは商社の主に声をかけた。
「あいつが迷惑をかけると言っていた。直接挨拶に来るつもりだったみたいだが、さすがに……」
人物が特定されないように言葉を濁したグレイに、ずいぶんとがっしりした中年の男は肩をすくめた。
「こっちこそ優秀な人間を寄越してもらって助かったからな。まぁ、あいつの我が儘は今に始まった事じゃない。慣れたもんだよ」
「その優秀な人間をかっさらわれて気の毒に思う」
リザの働きぶりは少し見ただけで理解できた。
彼女を中心に仕事が動いているではないか。
グレイは心底気の毒そうに言ったが、意外な事に主はニヤリと笑った。それはそれは、満足げな笑みだった。
「とっておきの儲け話を一つ迷惑料にいただいたんでな。不満はないさ。うちの子供がでかくなって手がかからなくなったんで、嫁も本腰入れて仕事に入れるようになったし、こっちにとっちゃいい事づくめだよ」
そう言って商社の主は豪快に笑った。
交渉も商売も随分上手くなっていたドレファン一家の海姫は、彼に植物の輸送方法を確立する事を提案したのである。
オーシアン貴族の間で花を髪に挿すという新しい流行が生まれ始め、新種の花の栽培が活性化している。確かにこの国では一過性の流行になるかもしれないが、花を愛でる文化のある国では新種の花に法外な値がつく事も珍しくはないのだ。
『ここは気候もいいし、上手くいきゃ、新しい一大産業になるぞ』
今のうちに園芸業者と契約を結び、輸出方法を確立すれば他を出し抜ける。
『まぁ、うまくいけば、の話だけど』
あんたなら、上手くやれるだろう?
ずいぶんと地味な風体の国王の婚約者は知己の主にニヤリと笑んで見せたのだった。
「荷物はこれだけかい?」
商社の一室に仮住まいしていたリザの荷物は大きな鞄一つだけだった。
家具はあった物を使っていたので置いて行く。
入所の手配が済んでいるという王城の敷地内の宿舎には家具一式もあると言われているので問題はなかった。
グレイが鞄を持ち、ジェイドは黙ってリザに手を差し伸べるとリザはふわりと笑って、「ありがとうございます」とその手を取った。
口や手癖。それに性格が悪い等、多様な人間の出入りする職場に長く務める彼女は、慣れもあれば達観している。
グレイの乱暴な言葉遣いも、ジェイドの寡黙さも気にする事はなかった。
護衛隊副隊長であるジェイドの生家は、グレイと同じく北方の山岳地帯である。
年寄りが多く、一番下に生まれたジェイドは働きに出た年長者の代わりに老人達に育てられ、長じてからは彼が老人たちの世話をするようになっていた。
よって足の悪いリザの補助が出来るという理由で彼が迎えに選任されたのだが、彼は若い女性と話すのはあまり得意ではないのだ。
ジェイドにむごいことをした。
若い女相手と知っていたら、他を当たった。
わざわざ副隊長が赴くような仕事でないが、シーアからの信頼が篤いため彼になってしまった。
幼少時からの付き合いであるジェイドを憐れみながら、グレイは眉間に皺を寄せる。
本当にあの女は性質が悪い。
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