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第三章 わだつみの娘と海の国の物語
14、どうしてみんな俺をそう言う目で見るのかな(byエミリオ・スミス)
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北の台地の国王は齢50になるやや卑屈な男であった。
弟は野心家であるが、自分にはあまり改革を成す気概も無いので都合よく任せていた。
鉱山の開発も現在は弟が推し進めている。
輸出のため国の南側の海の国とは輸送法や関税、港湾の使用料について長く交渉している。
半年前、外交相手のオーシアンの進水式に出席した弟はそれから少し人が変わった。
計画通りではなかったとはいえ、海賊の一団に人質として捕えられた国王の婚約者救出を申し出たのだ。
海賊を雇った事は知られているだろうが物証を残さないよう慎重な弟が徹底させたためだろう、その後も国交は続いている。
オーシアンにしてもレイスノートほどの大口顧客は現在無く、これから何十年と長く付き合う事になる。
お互い下手に刺激し合う事を避けたのだと思っていた。
それなのに。
国内でそれは突如広まった。
オーシアン王妃が単身召喚に応じた。
国のために単身でレイスノートを訪れようとした彼女は南東の岬より転落、その後行方不明。
事故か、自殺か。それとも何者かの故意によるものか━━
最悪なのは、その岬がレイスノート領地だった事だ。
すべての責任がレイスノートに課された。
レイスノート内部で王弟の責任が糾弾される中、追従するように決定打が放たれる。
オーシアン王妃が身籠っていた可能性。それが囁かれ始めた時、国内に大きな動揺が走った。
「隣国の王妃を事故で死なせたってのか」
「王妃は身籠っていたそうじゃないか」
最悪は戦になる。
二つの国に軍事力に大差はない。
海軍に力を入れているのオーシアンだ。陸での戦争となればレイスノートが有利である部分もあった。
しかし戦争になれば鉄鉱石の輸出は不可能で、それができなくなるとなると資金の枯渇は目に見えていた。
戦には金が要る。一般的には金で勝敗が決まるといっても過言ではない。
最北の氷地と呼ばれる北側の小国アイスクにも港はあるが、冬が長く港が機能する期間は短い。
またオーシアンの海岸部では、レイスノートの船を襲う理由がドレファン一家にはなく、王妃への嫌疑は誤りではないかとの推測が広がった。
王妃は間違いを正そうと足を運んだのではないか。その仮説は瞬く間にオーシアンを北上し、レイスノートまで伝わった。
国としての体面が揺らいだ。
国内に広がる動揺と不信感。
周辺各国に広がる醜聞。
先に風聞を利用したのはレイスノートである。
一度流れた醜聞は、おさめられない事を熟知しての計略であった。
だからこそレイスノートの中枢は揺れた。
人の口を抑える術をレイスノートは持たず、気がつけばレイスノートは世論に追い詰められていた。
◆―――――――◆―――――――◆
グレイは夜間警邏中、突如城内の庭園に姿を現した相手に警戒するそぶりを見せた。
あまり関わり合いになりたくない人間である。
「おたくの王妃様、お迎えに来てほしいんだけど」
そうエミリオ・スミスは笑顔で実に簡単に言い放った。
「割と元気にしてるんだけど、一つ問題があってね。彼女、記憶がないんだよね」
「困ったもんだ」とでも言うかのように肩をすくめて嘆息する。演技がかったその態度は実に軽い調子だった。
西の隣国ソマリの女子修道院に記憶があやふやな黒髪の女がいる。
二日後にはエミリオの案内でグレイはすんなりと女子修道院に足を踏み入れ、責任者である尼僧と傍らを歩く優男に胡乱な視線を送っていた。
「いやだな。彼女との関係は崇高なものだよ。寄付ははずんでるけどね」
エミリオはこれまた芝居がかった様子で肩をすくめた。
質素な木の扉を開けば、窓辺の椅子に掛けた女がびくりと肩を撥ねさせて振り返る。
地味顔の女はグレイを見上げると怯えたように顔を翳らせ視線を落とした。肩につかない長さで切りそろえられた黒髪が揺れる。
固く握りしめ過ぎたのだろう、両手は白い。
おどおどと不安そうにしている女を見て、グレイは激しく動揺した。
確かに顔は海姫シーアに限りなく似ているとは思う。
しかしそこにいたのは、存在感のかけらも持ち合わせない怯え切った女だった。
あの意志の強さを感じさせる瞳。
それが不安と怯えに染められた女は、あまりにも特徴のない、どこにでもいる女にしか見えない。
グレイはたじろぐと同時に小さく喘いだ。
胸をえぐられるような動揺。
これがあの殺意を覚えるほどに腹の立つ、生意気なあの女なのかと思った。
執務に没頭し、周囲の目がなくなると思いつめた様子で固く目を閉じ、じっと何かに耐えているかのような男の姿が思い出される。
声が出なかった。
「どうだ?」
やがて低い声が小さな部屋に落ちる。
重苦しい沈黙が続いた後、そう言って顔を上げる女。
そこにはいつも目にしてきたあの生意気な笑みがあった。
腹が立つほど憎たらしい表情。
生気にみなぎる黒い瞳。
ああ、そうだ。
こいつはそういう奴だった。
グレイは安堵を覚えた。不本意で、不覚にも。
「あれ? もうやめるの。そのまま国に帰るのかと思った」
エミリオが意外そうに言う。
「まぁな、その気だったんだがあまりにもこいつが泣きそうな顔するもんだからさ」
肩をすくめたシーアを見て、グレイはいつものように歯噛みした。
ああ、本当に腹が立つ。
弟は野心家であるが、自分にはあまり改革を成す気概も無いので都合よく任せていた。
鉱山の開発も現在は弟が推し進めている。
輸出のため国の南側の海の国とは輸送法や関税、港湾の使用料について長く交渉している。
半年前、外交相手のオーシアンの進水式に出席した弟はそれから少し人が変わった。
計画通りではなかったとはいえ、海賊の一団に人質として捕えられた国王の婚約者救出を申し出たのだ。
海賊を雇った事は知られているだろうが物証を残さないよう慎重な弟が徹底させたためだろう、その後も国交は続いている。
オーシアンにしてもレイスノートほどの大口顧客は現在無く、これから何十年と長く付き合う事になる。
お互い下手に刺激し合う事を避けたのだと思っていた。
それなのに。
国内でそれは突如広まった。
オーシアン王妃が単身召喚に応じた。
国のために単身でレイスノートを訪れようとした彼女は南東の岬より転落、その後行方不明。
事故か、自殺か。それとも何者かの故意によるものか━━
最悪なのは、その岬がレイスノート領地だった事だ。
すべての責任がレイスノートに課された。
レイスノート内部で王弟の責任が糾弾される中、追従するように決定打が放たれる。
オーシアン王妃が身籠っていた可能性。それが囁かれ始めた時、国内に大きな動揺が走った。
「隣国の王妃を事故で死なせたってのか」
「王妃は身籠っていたそうじゃないか」
最悪は戦になる。
二つの国に軍事力に大差はない。
海軍に力を入れているのオーシアンだ。陸での戦争となればレイスノートが有利である部分もあった。
しかし戦争になれば鉄鉱石の輸出は不可能で、それができなくなるとなると資金の枯渇は目に見えていた。
戦には金が要る。一般的には金で勝敗が決まるといっても過言ではない。
最北の氷地と呼ばれる北側の小国アイスクにも港はあるが、冬が長く港が機能する期間は短い。
またオーシアンの海岸部では、レイスノートの船を襲う理由がドレファン一家にはなく、王妃への嫌疑は誤りではないかとの推測が広がった。
王妃は間違いを正そうと足を運んだのではないか。その仮説は瞬く間にオーシアンを北上し、レイスノートまで伝わった。
国としての体面が揺らいだ。
国内に広がる動揺と不信感。
周辺各国に広がる醜聞。
先に風聞を利用したのはレイスノートである。
一度流れた醜聞は、おさめられない事を熟知しての計略であった。
だからこそレイスノートの中枢は揺れた。
人の口を抑える術をレイスノートは持たず、気がつけばレイスノートは世論に追い詰められていた。
◆―――――――◆―――――――◆
グレイは夜間警邏中、突如城内の庭園に姿を現した相手に警戒するそぶりを見せた。
あまり関わり合いになりたくない人間である。
「おたくの王妃様、お迎えに来てほしいんだけど」
そうエミリオ・スミスは笑顔で実に簡単に言い放った。
「割と元気にしてるんだけど、一つ問題があってね。彼女、記憶がないんだよね」
「困ったもんだ」とでも言うかのように肩をすくめて嘆息する。演技がかったその態度は実に軽い調子だった。
西の隣国ソマリの女子修道院に記憶があやふやな黒髪の女がいる。
二日後にはエミリオの案内でグレイはすんなりと女子修道院に足を踏み入れ、責任者である尼僧と傍らを歩く優男に胡乱な視線を送っていた。
「いやだな。彼女との関係は崇高なものだよ。寄付ははずんでるけどね」
エミリオはこれまた芝居がかった様子で肩をすくめた。
質素な木の扉を開けば、窓辺の椅子に掛けた女がびくりと肩を撥ねさせて振り返る。
地味顔の女はグレイを見上げると怯えたように顔を翳らせ視線を落とした。肩につかない長さで切りそろえられた黒髪が揺れる。
固く握りしめ過ぎたのだろう、両手は白い。
おどおどと不安そうにしている女を見て、グレイは激しく動揺した。
確かに顔は海姫シーアに限りなく似ているとは思う。
しかしそこにいたのは、存在感のかけらも持ち合わせない怯え切った女だった。
あの意志の強さを感じさせる瞳。
それが不安と怯えに染められた女は、あまりにも特徴のない、どこにでもいる女にしか見えない。
グレイはたじろぐと同時に小さく喘いだ。
胸をえぐられるような動揺。
これがあの殺意を覚えるほどに腹の立つ、生意気なあの女なのかと思った。
執務に没頭し、周囲の目がなくなると思いつめた様子で固く目を閉じ、じっと何かに耐えているかのような男の姿が思い出される。
声が出なかった。
「どうだ?」
やがて低い声が小さな部屋に落ちる。
重苦しい沈黙が続いた後、そう言って顔を上げる女。
そこにはいつも目にしてきたあの生意気な笑みがあった。
腹が立つほど憎たらしい表情。
生気にみなぎる黒い瞳。
ああ、そうだ。
こいつはそういう奴だった。
グレイは安堵を覚えた。不本意で、不覚にも。
「あれ? もうやめるの。そのまま国に帰るのかと思った」
エミリオが意外そうに言う。
「まぁな、その気だったんだがあまりにもこいつが泣きそうな顔するもんだからさ」
肩をすくめたシーアを見て、グレイはいつものように歯噛みした。
ああ、本当に腹が立つ。
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