42 / 89
3
42
しおりを挟む
刑事たちと別れて帰宅し、優希はすぐに本棚の書類ファイルを取り出した。
学生たちに提出させたレポートと、前期の出席履歴がまとめられている。
氏名のあいうえお順に並んだそれを、やや焦りのにじむ手つきでめくっていく。
(……いや、やはり、私の講義には来ていない)
確かに、保坂に見せられた「重要参考人」の名前は、受講申し込み者の一覧には記載されていた。
しかし彼の期末レポートは提出されておらず、出席回数もゼロだった。
それを確認した優希は、思わず大きな息を吐いて、椅子に体重を乗せて座り込む。
植木直仁。
殺害された高崎瑛理と同じ文学部に在籍する青年で、学年は瑛理と同じ2年生。
ただし年齢は、瑛理より1歳年上だった。
それ以上の情報は、大学に行かないと確認できないが、確認したところでどうなるというのか。
優希は安い好奇心だけで動く人間ではない。
ちくり、と頭が痛んで、刑事の言葉が脳裏によみがえる。
ーー家に帰っていないようなんですよ。
差し支えない範囲でと保坂が話した内容によれば、植木は去年の夏休み明けから大学を休んでいたらしい。
やや派手な見た目に反して大人しく地味な性格で、あまり友人付き合いもなく、これといって趣味の話も聞こえてこない。
埼玉県の実家から潤沢な仕送りがあったために、アルバイトもしていなかったそうだ。
植木がいつから家にいなかったのか、保坂曰くまだわからないらしい。
恐らくそんなに長い間不在にしていたわけではないようだとも漏らしていたので、ある程度は調べがついているのだろうが。
優希はスマートフォンを手に取り、保坂にもらった名刺の電話番号に連絡を取ろうとして、少し考えてからやめた。
優希がわざわざ「植木くんは受講登録だけして出席してませんでした」と報告するまでもなく、保坂は大学側に問い合わせをしてすでにその情報を得ているはずだ。
優希の手元にある資料は、すべて写しが大学側にも残っているのだから。
(……じゃあ、何故、私を呼びだしたんだろう)
優希は痛みの増してきたこめかみを押さえ、水で鎮痛剤を飲み下した。
最近、予防薬を飲んでも頭痛に悩まされる頻度が増えてきた。
片頭痛の予防薬は飲み続けていくうちに効かなくなるので、これまでにも何度か変更してもらってきている。
そろそろ今の薬も効果が薄れてきたのだろう。
気分転換に珈琲を飲もうとした優希は、粉がほぼなくなっていることに気づいて顔をしかめる。
ここのところ仕事に没頭するうち、消費する量が増えてしまったのか。
時計を見ると、そろそろ19時になる。
(店はまだ開いてるが、さて)
わざわざ頭痛をこらえてまで買いに行くのも面倒な気がして、仮眠をとることに決めた。
冷蔵庫の中には康太郎が作り置きしてくれた食事が入っていたが、どうにも食欲がわかない。
食欲のわかない理由は、頭の痛みや、先ほどの刑事との面談のせいだけではない。端的に、生活リズムが崩れている影響だ。
なるべく康太郎とあわせて生活しようと心がけているものの、仕事をしているうちに気づけば夜明け近くになっていて、目が覚めれば昼前ということも珍しくはない。
昼食と夕食を一緒にとるという約束さえなければ、もっと眠っていたいのだが、未成年の同居人に対してだらしない姿を見せ続けるのは、さすがの優希も気が引けた。
親でもなければ子でもないのだから、気にしなくてもよいのに。
そう思わないでもない。
彼は勝手に居ついた居候で、優希が規範を示してやる義理もないのだから。
PCのデータを保存してから、部屋着のままもそりとベッドにもぐりこむ。
まだ新しい羽毛布団がひどく重たく感じられた。
(そろそろ外に出ないとーー)
ゆっくりと忍び寄る眠気に体をゆだねながら、優希はぼんやり考える。
もともと運動不足なほうだが、最近は特に拍車がかかってきて、1週間部屋から出ないこともざらだ。
以前はそれでも買い出し程度には出ていたのに、康太郎が来てからはすっかりそれも任せてしまった。
食べ物と煙草があれば、優希が家から出る理由は、仕事以外に存在しなくなる。
たまには散歩くらいしたほうがいいのだろう。
それくらいは優希にもわかってはいる。わかっては、いるのだが。
(もうじき大学が始まる……それまでにはリズムを取り戻して……)
悪夢を見た。
目が覚めたときには、もう思い出せなかったけれど。
学生たちに提出させたレポートと、前期の出席履歴がまとめられている。
氏名のあいうえお順に並んだそれを、やや焦りのにじむ手つきでめくっていく。
(……いや、やはり、私の講義には来ていない)
確かに、保坂に見せられた「重要参考人」の名前は、受講申し込み者の一覧には記載されていた。
しかし彼の期末レポートは提出されておらず、出席回数もゼロだった。
それを確認した優希は、思わず大きな息を吐いて、椅子に体重を乗せて座り込む。
植木直仁。
殺害された高崎瑛理と同じ文学部に在籍する青年で、学年は瑛理と同じ2年生。
ただし年齢は、瑛理より1歳年上だった。
それ以上の情報は、大学に行かないと確認できないが、確認したところでどうなるというのか。
優希は安い好奇心だけで動く人間ではない。
ちくり、と頭が痛んで、刑事の言葉が脳裏によみがえる。
ーー家に帰っていないようなんですよ。
差し支えない範囲でと保坂が話した内容によれば、植木は去年の夏休み明けから大学を休んでいたらしい。
やや派手な見た目に反して大人しく地味な性格で、あまり友人付き合いもなく、これといって趣味の話も聞こえてこない。
埼玉県の実家から潤沢な仕送りがあったために、アルバイトもしていなかったそうだ。
植木がいつから家にいなかったのか、保坂曰くまだわからないらしい。
恐らくそんなに長い間不在にしていたわけではないようだとも漏らしていたので、ある程度は調べがついているのだろうが。
優希はスマートフォンを手に取り、保坂にもらった名刺の電話番号に連絡を取ろうとして、少し考えてからやめた。
優希がわざわざ「植木くんは受講登録だけして出席してませんでした」と報告するまでもなく、保坂は大学側に問い合わせをしてすでにその情報を得ているはずだ。
優希の手元にある資料は、すべて写しが大学側にも残っているのだから。
(……じゃあ、何故、私を呼びだしたんだろう)
優希は痛みの増してきたこめかみを押さえ、水で鎮痛剤を飲み下した。
最近、予防薬を飲んでも頭痛に悩まされる頻度が増えてきた。
片頭痛の予防薬は飲み続けていくうちに効かなくなるので、これまでにも何度か変更してもらってきている。
そろそろ今の薬も効果が薄れてきたのだろう。
気分転換に珈琲を飲もうとした優希は、粉がほぼなくなっていることに気づいて顔をしかめる。
ここのところ仕事に没頭するうち、消費する量が増えてしまったのか。
時計を見ると、そろそろ19時になる。
(店はまだ開いてるが、さて)
わざわざ頭痛をこらえてまで買いに行くのも面倒な気がして、仮眠をとることに決めた。
冷蔵庫の中には康太郎が作り置きしてくれた食事が入っていたが、どうにも食欲がわかない。
食欲のわかない理由は、頭の痛みや、先ほどの刑事との面談のせいだけではない。端的に、生活リズムが崩れている影響だ。
なるべく康太郎とあわせて生活しようと心がけているものの、仕事をしているうちに気づけば夜明け近くになっていて、目が覚めれば昼前ということも珍しくはない。
昼食と夕食を一緒にとるという約束さえなければ、もっと眠っていたいのだが、未成年の同居人に対してだらしない姿を見せ続けるのは、さすがの優希も気が引けた。
親でもなければ子でもないのだから、気にしなくてもよいのに。
そう思わないでもない。
彼は勝手に居ついた居候で、優希が規範を示してやる義理もないのだから。
PCのデータを保存してから、部屋着のままもそりとベッドにもぐりこむ。
まだ新しい羽毛布団がひどく重たく感じられた。
(そろそろ外に出ないとーー)
ゆっくりと忍び寄る眠気に体をゆだねながら、優希はぼんやり考える。
もともと運動不足なほうだが、最近は特に拍車がかかってきて、1週間部屋から出ないこともざらだ。
以前はそれでも買い出し程度には出ていたのに、康太郎が来てからはすっかりそれも任せてしまった。
食べ物と煙草があれば、優希が家から出る理由は、仕事以外に存在しなくなる。
たまには散歩くらいしたほうがいいのだろう。
それくらいは優希にもわかってはいる。わかっては、いるのだが。
(もうじき大学が始まる……それまでにはリズムを取り戻して……)
悪夢を見た。
目が覚めたときには、もう思い出せなかったけれど。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。
生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
Zinnia‘s Miracle 〜25年目の奇跡
弘生
現代文学
なんだか優しいお話が書きたくなって、連載始めました。
保護猫「ジン」が、時間と空間を超えて見守り語り続けた「柊家」の人々。
「ジン」が天に昇ってから何度も季節は巡り、やがて25年目に奇跡が起こる。けれど、これは奇跡というよりも、「ジン」へのご褒美かもしれない。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる