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第7章 富士山麓の魔王城
幕間6 トールキンかぶれの領主
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吉備之介達がガブリエラ・B・カームブルと遭遇した頃。
カルルとネロは暴れに暴れ回っていた。
二人を取り囲むのは異世界転生軍の兵士だ。まず魔法使いの部隊が陣形の外側から雨霰と攻撃魔法を放ち、続いて戦士の部隊が鉄の槍で四方八方から刺し殺さんと押し寄せる。更には隙間を縫って武闘家や盗賊といった速さに自信がある面々が急所を狙う。たった二人、大抵の者であれば為す術なく蹂躙されていただろう飽和攻撃だ。
「はっはアッ! 浅いネ! ぬるいネ! くすぐったいネェ!」
「デュフフフ……ちょっと前まで自分が所属していた組織を滅茶苦茶にするというのは、妙な背徳感がありますなあ!」
だが、カルルもネロも大抵の者ではない。片やチートスキルを授けられた異世界転生者、片や怪物であった前世を蘇らせた輪廻転生者だ。
文字通りの絶対防御であるカルルの【海の王者】、イゴロウの短剣も通さなかった魔力放出の鎧であるネロの【七の獣頭】、こと耐久戦において無類の強さを誇るこの二つのスキルが囮作戦においては相性が非常によかった。
結果、異世界転生軍の攻撃はまるで通用せず、反撃にと繰り出されるカルルの光魔法やネロの拳によって蹂躙され返されていた。
「ぐへへ……デュフフフ……」
「何、カル。気持ち悪い笑い声を出して」
「ああいや失敬! 男の娘と一緒にいると思うと興奮が収まりませんでなあ。しかもこんな美少年となれば」
カルルに至っては状況を楽しむ余裕すらある。女装美少年と背中合わせになって戦うというシチュエーションに今や興奮すら覚えていた。
「美少年? ふふーん、そう言われると悪い気はしないネ。精々今のうちにボクの御尊顔を堪能するがいいサ」
隣のネロも余裕だった。炎や雷、鉄の槍も氷の槍も乱舞する最中でだ。転生者という存在がどれほど他と隔絶した実力を持っているかが分かる。
「……そろそろ来るかな」
「む?」
ふとネロが一方向に視線を向ける。カルルも釣られてそちらを見れば、そこに一人の男が立っていた。
年齢は三十歳を過ぎているだろうか。肩にまで伸びたヨレヨレの金髪に気だるげな半眼。高貴そうな服を着ているが、どれほど着古したのかくたびれている。全体的に芸術に傾倒した道楽貴族といった印象を受ける。
「……ふむ。やはり転生者相手に雑兵では埒が明かんな。兵士達にも少しは出番をくれてやるかと思ったが、焼け石に水だったか」
「せ、セレファイス隊長……!」
「貴公らは下がっていろ。こいつらは小生が片付ける」
兵士達を退かせて、男がカルル達へと近付く。カルル達との間に十歩ほどの距離を保って立ち止まると、男は気だるげな視線を二人に投げた。
「魔法世界カールフターランドはハイ・ファンタジーとして実に嘆かわしいのである。貴公もそう思わんかね?」
と唐突に男は語り出した。
「やれステータスだの、やれ属性だの、初級中級だの、全くゲームの如き有様。違う、違う違う違う。ハイ・ファンタジーとはそんなものではない! 魔法世界とはもっと独創的で幻想的でなくてはならないのである。そう、彼のJ・R・R・トールキン御大のように!」
「くぁー! 相変わらずのトールキンかぶれですなあ」
カルルが鬱陶しそうに表情を歪める。元異世界転生軍七番隊長である彼女は当然、目の前にいる男とも面識があった。
「小生の名はクラネス・K・セレファイス。異世界転生軍の十一番隊長、セレファイス侯爵家が一子、『領主』の異世界転生者である」
それでも男――クラネスは名乗った。彼と面識のないネロの為ではない。自己顕示欲の発露から自分の名前を明かしたのだ。
「それで、そこの男女。今の話についてどう思う?」
「どーも思わないネ。ボクにとっては魔法世界は仇敵だ。これから殺す相手の事情を知る事ほど無意味なものはない。どんな世界観だろうと興味はないネ」
「ふん、道理であるな。そっちのオタク女はどうだ? どうせ貴公の如き低俗な者はゲーム的世界観をむしろ喜んでいるのだろうが」
クラネスが侮蔑を隠そうともせずにカルルに問い掛ける。彼の態度にカルルは眉間にしわを刻むが、とはいえ無視するのも気分がよくないので律義に返答した。
「喜んでいるのは否定しないですが、そもそもどんな世界観だろうとそこに住んでいる人達がいますのでな。彼らの暮らし、彼らの文化、彼らの思想。世界観を否定するという事はこういうのもの否定する事になります。なので、あなたの考えには賛同できませんなあ」
「……思っていたよりも真っ当な答えが返ってきたな。まあ、結論は変わらないのであるが」
ふん、とクラネスは鼻で嗤い、
「くだらん世界観にはくだらん暮らし、くだらん文化、くだらん思想しか生まれんと思うのだがね。まあいい。無駄話はここまでである。そろそろ仕事を始めるとしよう。――貴公らをここで捕縛する」
「!」
「法を敷け――【夢想する我が紫庭】!」
クラネスの気配が変わった事にネロとカルルが身構える。クラネスの足元から植物の蔓が幾本も伸び、周囲に巻き付いた。
「この蔓は証だ。我が領域に呑まれたという事を示す為のな」
カルルとネロは暴れに暴れ回っていた。
二人を取り囲むのは異世界転生軍の兵士だ。まず魔法使いの部隊が陣形の外側から雨霰と攻撃魔法を放ち、続いて戦士の部隊が鉄の槍で四方八方から刺し殺さんと押し寄せる。更には隙間を縫って武闘家や盗賊といった速さに自信がある面々が急所を狙う。たった二人、大抵の者であれば為す術なく蹂躙されていただろう飽和攻撃だ。
「はっはアッ! 浅いネ! ぬるいネ! くすぐったいネェ!」
「デュフフフ……ちょっと前まで自分が所属していた組織を滅茶苦茶にするというのは、妙な背徳感がありますなあ!」
だが、カルルもネロも大抵の者ではない。片やチートスキルを授けられた異世界転生者、片や怪物であった前世を蘇らせた輪廻転生者だ。
文字通りの絶対防御であるカルルの【海の王者】、イゴロウの短剣も通さなかった魔力放出の鎧であるネロの【七の獣頭】、こと耐久戦において無類の強さを誇るこの二つのスキルが囮作戦においては相性が非常によかった。
結果、異世界転生軍の攻撃はまるで通用せず、反撃にと繰り出されるカルルの光魔法やネロの拳によって蹂躙され返されていた。
「ぐへへ……デュフフフ……」
「何、カル。気持ち悪い笑い声を出して」
「ああいや失敬! 男の娘と一緒にいると思うと興奮が収まりませんでなあ。しかもこんな美少年となれば」
カルルに至っては状況を楽しむ余裕すらある。女装美少年と背中合わせになって戦うというシチュエーションに今や興奮すら覚えていた。
「美少年? ふふーん、そう言われると悪い気はしないネ。精々今のうちにボクの御尊顔を堪能するがいいサ」
隣のネロも余裕だった。炎や雷、鉄の槍も氷の槍も乱舞する最中でだ。転生者という存在がどれほど他と隔絶した実力を持っているかが分かる。
「……そろそろ来るかな」
「む?」
ふとネロが一方向に視線を向ける。カルルも釣られてそちらを見れば、そこに一人の男が立っていた。
年齢は三十歳を過ぎているだろうか。肩にまで伸びたヨレヨレの金髪に気だるげな半眼。高貴そうな服を着ているが、どれほど着古したのかくたびれている。全体的に芸術に傾倒した道楽貴族といった印象を受ける。
「……ふむ。やはり転生者相手に雑兵では埒が明かんな。兵士達にも少しは出番をくれてやるかと思ったが、焼け石に水だったか」
「せ、セレファイス隊長……!」
「貴公らは下がっていろ。こいつらは小生が片付ける」
兵士達を退かせて、男がカルル達へと近付く。カルル達との間に十歩ほどの距離を保って立ち止まると、男は気だるげな視線を二人に投げた。
「魔法世界カールフターランドはハイ・ファンタジーとして実に嘆かわしいのである。貴公もそう思わんかね?」
と唐突に男は語り出した。
「やれステータスだの、やれ属性だの、初級中級だの、全くゲームの如き有様。違う、違う違う違う。ハイ・ファンタジーとはそんなものではない! 魔法世界とはもっと独創的で幻想的でなくてはならないのである。そう、彼のJ・R・R・トールキン御大のように!」
「くぁー! 相変わらずのトールキンかぶれですなあ」
カルルが鬱陶しそうに表情を歪める。元異世界転生軍七番隊長である彼女は当然、目の前にいる男とも面識があった。
「小生の名はクラネス・K・セレファイス。異世界転生軍の十一番隊長、セレファイス侯爵家が一子、『領主』の異世界転生者である」
それでも男――クラネスは名乗った。彼と面識のないネロの為ではない。自己顕示欲の発露から自分の名前を明かしたのだ。
「それで、そこの男女。今の話についてどう思う?」
「どーも思わないネ。ボクにとっては魔法世界は仇敵だ。これから殺す相手の事情を知る事ほど無意味なものはない。どんな世界観だろうと興味はないネ」
「ふん、道理であるな。そっちのオタク女はどうだ? どうせ貴公の如き低俗な者はゲーム的世界観をむしろ喜んでいるのだろうが」
クラネスが侮蔑を隠そうともせずにカルルに問い掛ける。彼の態度にカルルは眉間にしわを刻むが、とはいえ無視するのも気分がよくないので律義に返答した。
「喜んでいるのは否定しないですが、そもそもどんな世界観だろうとそこに住んでいる人達がいますのでな。彼らの暮らし、彼らの文化、彼らの思想。世界観を否定するという事はこういうのもの否定する事になります。なので、あなたの考えには賛同できませんなあ」
「……思っていたよりも真っ当な答えが返ってきたな。まあ、結論は変わらないのであるが」
ふん、とクラネスは鼻で嗤い、
「くだらん世界観にはくだらん暮らし、くだらん文化、くだらん思想しか生まれんと思うのだがね。まあいい。無駄話はここまでである。そろそろ仕事を始めるとしよう。――貴公らをここで捕縛する」
「!」
「法を敷け――【夢想する我が紫庭】!」
クラネスの気配が変わった事にネロとカルルが身構える。クラネスの足元から植物の蔓が幾本も伸び、周囲に巻き付いた。
「この蔓は証だ。我が領域に呑まれたという事を示す為のな」
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途中迷走してました……。
今までありがとうございました!
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追記:2025/09/20
再編、あるいは続編を書くか迷ってます。
もし気になる方は、
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