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第6章 終局七将イゴロウ
幕間3 獣月宮竹とイゴロウ
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鳥取砂丘。
鳥取県日本海側に広がる海岸砂丘。広大な砂礫地がかつては不毛の厄介者として扱われていたが、現在では県の観光資源になっている。入口近辺では観光の一環としてラクダや馬が飼育され、土産物店が並んでいる。
◆ ◇ ◆
鳥取砂丘、『貪る手の盗賊団』の駐屯地にて。駐屯地とはいっても砦などを建てたりはしていない。テントを張った仮の住まいがあるだけである。
夜、そろそろ日付も変わろうかという頃合い。駐屯地の真ん中、集会場として使われている広場に竹とイゴロウはいた。竹は両腕を縛られて地面に座らされ、イゴロウは木箱を椅子に酒を煽っていた。イゴロウの背後には木箱の山が積み重ねられており、背後から近付く事はできない。
「悪いな。折角の客人、しかも別嬪さんと来りゃあちったぁまともな歓迎をしてやりてえところだが、暴れられると困るんでな。駐屯地を壊されたらたまったもんじゃねえ」
「構わないわよ。盗賊団なんて粗野な連中に丁重に扱われるなんて思っていなかったから」
「おっと、言うねえ。だがしかし、正論だわな」
竹の毒舌にイゴロウは含み笑いを浮かべる。何もできない身だから軽口くらいは許してやろうという余裕の態度だ。実際、【蓬莱の玉の枝】を始めとした彼女の装備品は殆ど没収されており、縛られていなくても何もできない。
「しかし、お前が彼の有名なかぐや姫だったとはな。成程、『自分は価値が高いのよ』と書いてありそうな顔をしているぜ。いっちょ俺様にも難題を出してみるか? 盗賊王とまで謳われたこの男、大抵の宝だったら持ってこられるぜ?」
「……そうね。じゃあ一つ難題を与えてあげるわ」
竹が冷めた目でイゴロウを見て、こう要求した。
「――『仲間を裏切って異世界転生軍幹部の首を持ってきなさい』、そうしたらあなたのお嫁さんになってあげる」
「ぶはっっっ!」
竹の要求にイゴロウが口に含んだ酒を噴く。目を丸くして竹を見て、次の瞬間には大笑した。
「がははははははははははっ! そりゃあ難題だな。達成させる気ゼロじゃねえか! 成程成程、そいつは無理な相談だ」
「あら? どうかしらね。もしかしたら本気かもしれないわよ」
「ははははははははははっ! よせよせ、それ以上の冗談はやめろ。どうせやらねえからよ。それに嫁ならもう何人もいる。これ以上は要らねえよ」
「ちゃっかりハーレム築いているのね、あんた……」
笑いすぎてイゴロウの目尻には涙が浮かんでいた。思った以上の反応に竹は片眉を上げ、一息吐く。
「これは難題じゃないけど」
イゴロウが笑い終えるのを待って竹が話を切り出す。
「あんたなら答えてくれるかしら? 異世界転生軍の目的。地球の澱みって何? それが異世界にどういう影響を与えているの? あんた達はそれをどうしたいの? 何の為の決闘儀式なの?」
「そりゃあ……言えねえなあ」
竹の問いにイゴロウは酒を飲み直してから応える。
「首領の方針でな、地球人類には俺達の事情は開示しちゃならねえ事になってんだ。どうしても聞き出したきゃ力ずくで口を割らせてからにして貰おうか」
「首領?」
「そうだ。異世界転生軍幹部『終局七将』が序列一位、『勇者』アーザーだよ」
「『勇者』……」
輪廻転生者達の協賛者として竹はある程度、敵軍の情報は知らされている。異世界転生軍の幹部は七人いるという事。その内の一人に『盗賊』も『勇者』もいるという事。決闘儀式には恐らくこの七人が出場するであろうという事。
決闘で倒さなくてはならない相手の中でも最も序列が高い者――『勇者』アーザー。異世界転生軍の首領。一体如何なる人物なのだろうか。
「ま、とはいえ、何も答えないってのも芸がねえな。俺様の戦う目的だけ教えておこうか。――奪われないようにする為だよ」
酒で口に潤いを与え、イゴロウは滑らかに話を続ける。
「前世――俺様が地球人だった頃、俺は滅茶苦茶運が悪くてな。道を歩けば上から物が降ってくるのは当たり前。急いでいる日に限って道が工事中なのは日常茶飯事。傘を忘れれば必ずゲリラ豪雨に見舞われる。コンビニに行けば高確率で不良に絡まれる。交通事故は年に十回以上。俺様はいつもついていなかった」
「それはまた……凄絶ね」
「あの日もそうだった。あの日、雨が降っていなければ。電池なんぞを買い忘れて店に戻ろうとしなければ。トラックの運転手が徹夜明けで疲れていなければ。俺様は死ぬ事はなかった」
死に際にイゴロウは願った。「次の人生ではもっと幸運に生きたい」と。その願いは叶えられた。チートスキルを与えられ、異世界という舞台で新しい人生と共に幸運を得た。だが、
「何もかも順風満帆とは行かなかった。幸運である事と幸福である事は別であると言わんばかりにな。結局、幸運では運命には逆らえなかったんだ」
「……何があったのよ?」
「……親父が死んだ。魔王軍に殺された」
「…………ッ!」
竹が息を呑む。イゴロウも表情に沈痛な色を見せ、酒を飲む事でその色を押し戻した。
「その時に決意したんだ。『奪われる前に奪う』とな。家族、仲間、財産、地位――異世界で手に入れたモン全部を誰にも奪わせてなるものかと。その為にならどこまでも悪に堕ちてやろうと決めたのさ」
「…………」
「それは今も変わってねえ。そんで、このままだと地球の澱みとやらに俺様のモンが奪われちまうらしい。だから、その前に奪う。それが俺様の異世界転生軍にいる理由だよ」
戦う理由についてイゴロウはそう締めくくる。聞き終えた竹は数拍の間、押し黙っていたが、やがて零すようにこう言った。
「あんたは自分を悪党だと思っているのね」
「ああ、そうだ。大義があろうが正義があろうが、俺達のやっている事はクソだ。ただの人殺しだ。何をされたところで仕方がねえ身分だよ」
三者三様だと竹は思った。桃太郎こと百地吉備之介、ブタマン・デクスターを名乗るゴブリン、そしてこのイゴロウ。この三者の考え方には共通点と相違点がある。
吉備之介は自分が正義だと信じ、それでも罪は許されないと思っている。
ゴブリンは自分が正義だと信じ、それ故に何でも許されると思っている。
イゴロウは自分が悪党だと断じ、それ故に罪は許されないと思っている。
そういえば、クリト・ルリトールも自分には大義があると言っていた。ゴブリン側の思想だ。それが普通だろう。人間、自分を悪だと自認したままで平気な者は少ない。間違った事だと思いながら行動できるイゴロウの精神力は如何ばかりか。
「その上で、俺様は俺様の為にこの選択をした。背筋を伸ばして悪党やってんだ。どんな結末になっても言い訳だけはしねえよ」
「……そう」
どのような言葉を掛けるべきか分からず、竹が言葉をなくす。二人の間に僅かな沈黙が下りた。
だが、唐突にイゴロウが盃を捨てて立ち上がった。
「……来たか」
「えっ?」
イゴロウが頭上に振り返りながら短剣を振り抜く。同時に金属音が響き渡った。何が起きたのか分からない竹が目を丸くする。
吉備之介だ。吉備之介がイゴロウに向かって殆ど直下で落ちつつ抜刀したのだ。完全なる奇襲であったそれをイゴロウが察知して短剣を抜き放って防いだ。
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◆ ◇ ◆
鳥取砂丘、『貪る手の盗賊団』の駐屯地にて。駐屯地とはいっても砦などを建てたりはしていない。テントを張った仮の住まいがあるだけである。
夜、そろそろ日付も変わろうかという頃合い。駐屯地の真ん中、集会場として使われている広場に竹とイゴロウはいた。竹は両腕を縛られて地面に座らされ、イゴロウは木箱を椅子に酒を煽っていた。イゴロウの背後には木箱の山が積み重ねられており、背後から近付く事はできない。
「悪いな。折角の客人、しかも別嬪さんと来りゃあちったぁまともな歓迎をしてやりてえところだが、暴れられると困るんでな。駐屯地を壊されたらたまったもんじゃねえ」
「構わないわよ。盗賊団なんて粗野な連中に丁重に扱われるなんて思っていなかったから」
「おっと、言うねえ。だがしかし、正論だわな」
竹の毒舌にイゴロウは含み笑いを浮かべる。何もできない身だから軽口くらいは許してやろうという余裕の態度だ。実際、【蓬莱の玉の枝】を始めとした彼女の装備品は殆ど没収されており、縛られていなくても何もできない。
「しかし、お前が彼の有名なかぐや姫だったとはな。成程、『自分は価値が高いのよ』と書いてありそうな顔をしているぜ。いっちょ俺様にも難題を出してみるか? 盗賊王とまで謳われたこの男、大抵の宝だったら持ってこられるぜ?」
「……そうね。じゃあ一つ難題を与えてあげるわ」
竹が冷めた目でイゴロウを見て、こう要求した。
「――『仲間を裏切って異世界転生軍幹部の首を持ってきなさい』、そうしたらあなたのお嫁さんになってあげる」
「ぶはっっっ!」
竹の要求にイゴロウが口に含んだ酒を噴く。目を丸くして竹を見て、次の瞬間には大笑した。
「がははははははははははっ! そりゃあ難題だな。達成させる気ゼロじゃねえか! 成程成程、そいつは無理な相談だ」
「あら? どうかしらね。もしかしたら本気かもしれないわよ」
「ははははははははははっ! よせよせ、それ以上の冗談はやめろ。どうせやらねえからよ。それに嫁ならもう何人もいる。これ以上は要らねえよ」
「ちゃっかりハーレム築いているのね、あんた……」
笑いすぎてイゴロウの目尻には涙が浮かんでいた。思った以上の反応に竹は片眉を上げ、一息吐く。
「これは難題じゃないけど」
イゴロウが笑い終えるのを待って竹が話を切り出す。
「あんたなら答えてくれるかしら? 異世界転生軍の目的。地球の澱みって何? それが異世界にどういう影響を与えているの? あんた達はそれをどうしたいの? 何の為の決闘儀式なの?」
「そりゃあ……言えねえなあ」
竹の問いにイゴロウは酒を飲み直してから応える。
「首領の方針でな、地球人類には俺達の事情は開示しちゃならねえ事になってんだ。どうしても聞き出したきゃ力ずくで口を割らせてからにして貰おうか」
「首領?」
「そうだ。異世界転生軍幹部『終局七将』が序列一位、『勇者』アーザーだよ」
「『勇者』……」
輪廻転生者達の協賛者として竹はある程度、敵軍の情報は知らされている。異世界転生軍の幹部は七人いるという事。その内の一人に『盗賊』も『勇者』もいるという事。決闘儀式には恐らくこの七人が出場するであろうという事。
決闘で倒さなくてはならない相手の中でも最も序列が高い者――『勇者』アーザー。異世界転生軍の首領。一体如何なる人物なのだろうか。
「ま、とはいえ、何も答えないってのも芸がねえな。俺様の戦う目的だけ教えておこうか。――奪われないようにする為だよ」
酒で口に潤いを与え、イゴロウは滑らかに話を続ける。
「前世――俺様が地球人だった頃、俺は滅茶苦茶運が悪くてな。道を歩けば上から物が降ってくるのは当たり前。急いでいる日に限って道が工事中なのは日常茶飯事。傘を忘れれば必ずゲリラ豪雨に見舞われる。コンビニに行けば高確率で不良に絡まれる。交通事故は年に十回以上。俺様はいつもついていなかった」
「それはまた……凄絶ね」
「あの日もそうだった。あの日、雨が降っていなければ。電池なんぞを買い忘れて店に戻ろうとしなければ。トラックの運転手が徹夜明けで疲れていなければ。俺様は死ぬ事はなかった」
死に際にイゴロウは願った。「次の人生ではもっと幸運に生きたい」と。その願いは叶えられた。チートスキルを与えられ、異世界という舞台で新しい人生と共に幸運を得た。だが、
「何もかも順風満帆とは行かなかった。幸運である事と幸福である事は別であると言わんばかりにな。結局、幸運では運命には逆らえなかったんだ」
「……何があったのよ?」
「……親父が死んだ。魔王軍に殺された」
「…………ッ!」
竹が息を呑む。イゴロウも表情に沈痛な色を見せ、酒を飲む事でその色を押し戻した。
「その時に決意したんだ。『奪われる前に奪う』とな。家族、仲間、財産、地位――異世界で手に入れたモン全部を誰にも奪わせてなるものかと。その為にならどこまでも悪に堕ちてやろうと決めたのさ」
「…………」
「それは今も変わってねえ。そんで、このままだと地球の澱みとやらに俺様のモンが奪われちまうらしい。だから、その前に奪う。それが俺様の異世界転生軍にいる理由だよ」
戦う理由についてイゴロウはそう締めくくる。聞き終えた竹は数拍の間、押し黙っていたが、やがて零すようにこう言った。
「あんたは自分を悪党だと思っているのね」
「ああ、そうだ。大義があろうが正義があろうが、俺達のやっている事はクソだ。ただの人殺しだ。何をされたところで仕方がねえ身分だよ」
三者三様だと竹は思った。桃太郎こと百地吉備之介、ブタマン・デクスターを名乗るゴブリン、そしてこのイゴロウ。この三者の考え方には共通点と相違点がある。
吉備之介は自分が正義だと信じ、それでも罪は許されないと思っている。
ゴブリンは自分が正義だと信じ、それ故に何でも許されると思っている。
イゴロウは自分が悪党だと断じ、それ故に罪は許されないと思っている。
そういえば、クリト・ルリトールも自分には大義があると言っていた。ゴブリン側の思想だ。それが普通だろう。人間、自分を悪だと自認したままで平気な者は少ない。間違った事だと思いながら行動できるイゴロウの精神力は如何ばかりか。
「その上で、俺様は俺様の為にこの選択をした。背筋を伸ばして悪党やってんだ。どんな結末になっても言い訳だけはしねえよ」
「……そう」
どのような言葉を掛けるべきか分からず、竹が言葉をなくす。二人の間に僅かな沈黙が下りた。
だが、唐突にイゴロウが盃を捨てて立ち上がった。
「……来たか」
「えっ?」
イゴロウが頭上に振り返りながら短剣を振り抜く。同時に金属音が響き渡った。何が起きたのか分からない竹が目を丸くする。
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この度ついに完結しました。
1年以上書き続けた作品です。
途中迷走してました……。
今までありがとうございました!
---
追記:2025/09/20
再編、あるいは続編を書くか迷ってます。
もし気になる方は、
コメント頂けるとするかもしれないです。
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