28 / 64
第6章 終局七将イゴロウ
幕間4 カルル・トゥルー←枢木真実←ブラヴァツキー夫人
しおりを挟む
ヘルメス。
ギリシア神話に登場する男神。オリュンポス十二神の一柱。神々の伝令使。万物流転を司り、旅人・商業・科学・盗賊の守護神とされる。父神の泥棒と噓の才能を受け継ぎ、生まれたその日に太陽神の飼っていた牛五十頭を盗んだ。
◆ ◇ ◆
吉備之介とイゴロウが戦闘開始したのと同時刻、カルル・トゥルーは駐屯地の外周にいた。
何をするでもない。ただイゴロウの部下に見つからないように身を潜めているだけだ。
「これからどうするべきでつかねえ……」
蹲るカルルが考えているのは今後の身の振り方だ。
吉備之介が語った通り、カルルは吉備之介を見送った後、その場を離れた。離れたが、そのままどこかに逃避するでもなく、駐屯地の外周に腰を落ち着けた。どこに行くべきか迷っていたからだ。
カルル・トゥルーの前々世はヘレナ・P・ブラヴァツキー。前世の名は枢木真実、日本人の女性である。特筆すべき事は何もない会社員だった。強いて言うなら知識欲が旺盛なタイプのオタクで、情報を増やすのが好きだった。異世界転生軍の他の転生者のチートスキルについて多く知っているのも、その知識欲の発露だった。
今、思えばそれはブラヴァツキー夫人由来の衝動だったのかもしれない。彼女は世界各国の神話や伝承を蒐集した知識人の最高峰だ。
「ここでトンズラかましてもいいですが……」
枢木真実としては地球に思い入れなどない。彼女にとって現実とは無味乾燥な虚構、アニメや漫画にこそ人生があった。異世界人であるカルル・トゥルーとしては、無関心さは更に増す。魔法世界で過ごした十八年間は地球への未練を断ち切るには充分すぎる期間だった。だから、教会からの命令で地球人類を滅ぼすとなった時もこれといって抵抗意識は湧かなかった。
だが、ブラヴァツキー夫人としては違う。師のダニエル、盟友のオルコット大佐、朋友のアーリヤ・サマージの人々。多くの人々と繋がりがあった。無論、いい思い出ばかりではない。苦々しい記憶も憎い相手もある。しかし、総じて振り返れば愛着が湧く。決して無関心に地球人類ごと滅ぼしていいとは思わない。
「全く……竹殿も余計な事をしてくれたものですなあ」
獣月宮竹に前々世に記憶を覚醒させられ、輪廻転生者の使命を植え付けられた。使命などどうでもいいが、それに伴って戻ったブラヴァツキー夫人の記憶が自分を苛んでいる。それがなければこんなに悩む必要はなかった。
「このまま異世界側の立場にいていいのか」、「朋友達の末裔を手に掛けて、良心は痛まないのか」と罪悪感と焦燥感に胸を掻き毟られる。
どうするべきか。
自分はあくまで異世界転生者であると腹を括るべきか、それとも輪廻転生者に鞍替えするべきか。獣か鳥か、蝙蝠の自分はどちらに着くべきなのか。
教会の――軍の命令に従って随分と地球人類を殺害した。そんな自分が今更、輪廻転生者側に行ってもいいものだろうか。しかし、これ以上、異世界転生者として地球人類と敵対する気にはなれない。
どうする。どこに向かえばいいんだ。
「お姉ちゃん、そこで何をしているのサ?」
「ぬおっ!?」
突然、背後から声を掛けられてカルルは驚いた。振り返れば、そこには赤きドレスの美少年――ネロがいた。
「どうしたんですか、その大荷物?」
「これから使う物が入っているのサ」
ネロはアホみたいに大きい風呂敷包みを背負っていた。風呂敷の中に彼に言う『使う物』があるのだろう。
「お姉ちゃんこそここで何をしているのサ?」
「……ちょっと人生に迷っていましてな」
「ふぅん? 多分だけど、異世界転生者として戦うか、輪廻転生者として戦うか迷っているって事?」
「…………」
図星を指されてカルルは黙り込む。そんな彼女をネロはジッと見つめた。口元には微笑を浮かべているが、目が笑っていない。見定める視線だ。
「これからボクはこの駐屯地を襲撃する。お姉ちゃんが輪廻転生者だったら協力して欲しい。異世界転生者でも邪魔しないで欲しいナ」
「……拙僧は……」
「どうする?」
どうすればいいのだろう。輪廻転生者として振舞うなら彼を補助するべきだ。異世界転生者としてなら彼の侵入を通達しなくてはならない。いや、今すぐここで自分の手で捕縛するべきだ。だが、今の自分にそんな資格があるのだろうか。
どうしよう。
どうしたらいい。
どうしたらいいんだ――――
ギリシア神話に登場する男神。オリュンポス十二神の一柱。神々の伝令使。万物流転を司り、旅人・商業・科学・盗賊の守護神とされる。父神の泥棒と噓の才能を受け継ぎ、生まれたその日に太陽神の飼っていた牛五十頭を盗んだ。
◆ ◇ ◆
吉備之介とイゴロウが戦闘開始したのと同時刻、カルル・トゥルーは駐屯地の外周にいた。
何をするでもない。ただイゴロウの部下に見つからないように身を潜めているだけだ。
「これからどうするべきでつかねえ……」
蹲るカルルが考えているのは今後の身の振り方だ。
吉備之介が語った通り、カルルは吉備之介を見送った後、その場を離れた。離れたが、そのままどこかに逃避するでもなく、駐屯地の外周に腰を落ち着けた。どこに行くべきか迷っていたからだ。
カルル・トゥルーの前々世はヘレナ・P・ブラヴァツキー。前世の名は枢木真実、日本人の女性である。特筆すべき事は何もない会社員だった。強いて言うなら知識欲が旺盛なタイプのオタクで、情報を増やすのが好きだった。異世界転生軍の他の転生者のチートスキルについて多く知っているのも、その知識欲の発露だった。
今、思えばそれはブラヴァツキー夫人由来の衝動だったのかもしれない。彼女は世界各国の神話や伝承を蒐集した知識人の最高峰だ。
「ここでトンズラかましてもいいですが……」
枢木真実としては地球に思い入れなどない。彼女にとって現実とは無味乾燥な虚構、アニメや漫画にこそ人生があった。異世界人であるカルル・トゥルーとしては、無関心さは更に増す。魔法世界で過ごした十八年間は地球への未練を断ち切るには充分すぎる期間だった。だから、教会からの命令で地球人類を滅ぼすとなった時もこれといって抵抗意識は湧かなかった。
だが、ブラヴァツキー夫人としては違う。師のダニエル、盟友のオルコット大佐、朋友のアーリヤ・サマージの人々。多くの人々と繋がりがあった。無論、いい思い出ばかりではない。苦々しい記憶も憎い相手もある。しかし、総じて振り返れば愛着が湧く。決して無関心に地球人類ごと滅ぼしていいとは思わない。
「全く……竹殿も余計な事をしてくれたものですなあ」
獣月宮竹に前々世に記憶を覚醒させられ、輪廻転生者の使命を植え付けられた。使命などどうでもいいが、それに伴って戻ったブラヴァツキー夫人の記憶が自分を苛んでいる。それがなければこんなに悩む必要はなかった。
「このまま異世界側の立場にいていいのか」、「朋友達の末裔を手に掛けて、良心は痛まないのか」と罪悪感と焦燥感に胸を掻き毟られる。
どうするべきか。
自分はあくまで異世界転生者であると腹を括るべきか、それとも輪廻転生者に鞍替えするべきか。獣か鳥か、蝙蝠の自分はどちらに着くべきなのか。
教会の――軍の命令に従って随分と地球人類を殺害した。そんな自分が今更、輪廻転生者側に行ってもいいものだろうか。しかし、これ以上、異世界転生者として地球人類と敵対する気にはなれない。
どうする。どこに向かえばいいんだ。
「お姉ちゃん、そこで何をしているのサ?」
「ぬおっ!?」
突然、背後から声を掛けられてカルルは驚いた。振り返れば、そこには赤きドレスの美少年――ネロがいた。
「どうしたんですか、その大荷物?」
「これから使う物が入っているのサ」
ネロはアホみたいに大きい風呂敷包みを背負っていた。風呂敷の中に彼に言う『使う物』があるのだろう。
「お姉ちゃんこそここで何をしているのサ?」
「……ちょっと人生に迷っていましてな」
「ふぅん? 多分だけど、異世界転生者として戦うか、輪廻転生者として戦うか迷っているって事?」
「…………」
図星を指されてカルルは黙り込む。そんな彼女をネロはジッと見つめた。口元には微笑を浮かべているが、目が笑っていない。見定める視線だ。
「これからボクはこの駐屯地を襲撃する。お姉ちゃんが輪廻転生者だったら協力して欲しい。異世界転生者でも邪魔しないで欲しいナ」
「……拙僧は……」
「どうする?」
どうすればいいのだろう。輪廻転生者として振舞うなら彼を補助するべきだ。異世界転生者としてなら彼の侵入を通達しなくてはならない。いや、今すぐここで自分の手で捕縛するべきだ。だが、今の自分にそんな資格があるのだろうか。
どうしよう。
どうしたらいい。
どうしたらいいんだ――――
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
クラス全員で転移したけど俺のステータスは使役スキルが異常で出会った人全員を使役してしまいました
髙橋ルイ
ファンタジー
「クラス全員で転移したけど俺のステータスは使役スキルが異常で出会った人全員を使役してしまいました」
気がつけば、クラスごと異世界に転移していた――。
しかし俺のステータスは“雑魚”と判定され、クラスメイトからは置き去りにされる。
「どうせ役立たずだろ」と笑われ、迫害され、孤独になった俺。
だが……一人きりになったとき、俺は気づく。
唯一与えられた“使役スキル”が 異常すぎる力 を秘めていることに。
出会った人間も、魔物も、精霊すら――すべて俺の配下になってしまう。
雑魚と蔑まれたはずの俺は、気づけば誰よりも強大な軍勢を率いる存在へ。
これは、クラスで孤立していた少年が「異常な使役スキル」で異世界を歩む物語。
裏切ったクラスメイトを見返すのか、それとも新たな仲間とスローライフを選ぶのか――
運命を決めるのは、すべて“使役”の先にある。
毎朝7時更新中です。⭐お気に入りで応援いただけると励みになります!
期間限定で10時と17時と21時も投稿予定
※表紙のイラストはAIによるイメージです
転生先はご近所さん?
フロイライン
ファンタジー
大学受験に失敗し、カノジョにフラれた俺は、ある事故に巻き込まれて死んでしまうが…
そんな俺に同情した神様が俺を転生させ、やり直すチャンスをくれた。
でも、並行世界で人々を救うつもりだった俺が転生した先は、近所に住む新婚の伊藤さんだった。
猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣で最強すぎて困る
マーラッシュ
ファンタジー
旧題:狙って勇者パーティーを追放されて猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣だった。そして人間を拾ったら・・・
何かを拾う度にトラブルに巻き込まれるけど、結果成り上がってしまう。
異世界転生者のユートは、バルトフェル帝国の山奥に一人で住んでいた。
ある日、盗賊に襲われている公爵令嬢を助けたことによって、勇者パーティーに推薦されることになる。
断ると角が立つと思い仕方なしに引き受けるが、このパーティーが最悪だった。
勇者ギアベルは皇帝の息子でやりたい放題。活躍すれば咎められ、上手く行かなければユートのせいにされ、パーティーに入った初日から後悔するのだった。そして他の仲間達は全て女性で、ギアベルに絶対服従していたため、味方は誰もいない。
ユートはすぐにでもパーティーを抜けるため、情報屋に金を払い噂を流すことにした。
勇者パーティーはユートがいなければ何も出来ない集団だという内容でだ。
プライドが高いギアベルは、噂を聞いてすぐに「貴様のような役立たずは勇者パーティーには必要ない!」と公衆の面前で追放してくれた。
しかし晴れて自由の身になったが、一つだけ誤算があった。
それはギアベルの怒りを買いすぎたせいで、帝国を追放されてしまったのだ。
そしてユートは荷物を取りに行くため自宅に戻ると、そこには腹をすかした猫が、道端には怪我をした犬が、さらに船の中には女の子が倒れていたが、それぞれの正体はとんでもないものであった。
これは自重できない異世界転生者が色々なものを拾った結果、トラブルに巻き込まれ解決していき成り上がり、幸せな異世界ライフを満喫する物語である。
攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。 -俺は何度でも救うとそう決めた-【[完]】
水無月いい人(minazuki)
ファンタジー
【HOTランキング一位獲得作品】
【一次選考通過作品】
---
とある剣と魔法の世界で、
ある男女の間に赤ん坊が生まれた。
名をアスフィ・シーネット。
才能が無ければ魔法が使えない、そんな世界で彼は運良く魔法の才能を持って産まれた。
だが、使用できるのは攻撃魔法ではなく回復魔法のみだった。
攻撃魔法を一切使えない彼は、冒険者達からも距離を置かれていた。
彼は誓う、俺は回復魔法で最強になると。
---------
もし気に入っていただけたら、ブクマや評価、感想をいただけると大変励みになります!
#ヒラ俺
この度ついに完結しました。
1年以上書き続けた作品です。
途中迷走してました……。
今までありがとうございました!
---
追記:2025/09/20
再編、あるいは続編を書くか迷ってます。
もし気になる方は、
コメント頂けるとするかもしれないです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる