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第6章 終局七将イゴロウ
第26転 御仏の清浄
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深く息を吐く。吸う。
生まれて初めて人を殺してしまった。前世――桃太郎だった頃、人間を殺した事は何度もある。鬼の信奉者だった彼らを殺さなくては先に進めなかったからだ。だが、当世での殺人はこれが初めてだ。手にはまだ骨肉を断ち、命を絶った感触が残っている。
「はぁー……ふぅー……はぁー……」
気分が悪い。目が回る。嘔吐感に今にも負けそうだ。吐いてこのままブッ倒れてしまいたいが、そんな事をしていられる場合ではない。
「ちょっと! イゴロウが死んだっていうのに石になるのが止まんないわよ!」
竹の石化が止まっていないからだ。
石化は竹の胸部にまで進行していた。どういう順番で石化しているのかは不明だが、肺や心臓が石になってしまえば、首から上が無事だろうとその時点で死亡確定だ。
「イゴロウの生き死にと【バジリスクの血眼】の効果は関係なかったって訳か……!」
「どうするのサ!? 言っておくけど、ボクは呪いを癒すなんてできないヨ!」
「そんなの俺にだってできねえよ! ……クソ!」
俺は所詮棒振りが得意なだけの人間だ。解毒や解呪なんて真似は無理だ。ましてや石化なんて前世ですらお目に掛かった事はない。
カルルならできるだろうか。『僧侶』である彼女なら治癒魔法を覚えていてもおかしくはない。しかし、彼女は今、酸欠で気絶している最中だ。無理して起こしていいものか。いや、そんな事を言っている場合ではないのか。
焦燥に脳を掻き毟りたくなってくる。どうする。どうすればいいんだ。どうすれば竹を助けられるんだ。
「落ち着いて。こんなの難題の内に入らないわ。不格好で悪いけど、私を運んでくれる?」
「運ぶ? どこまでだ?」
「イゴロウに奪われた【仏の御石の鉢】のところまで。私は所有者、見えなくてもどこにあるかは把握しているし、近くまで行けば手元に引き寄せられるわ」
竹の言う通り、彼女を運ぼうとする。しかし、蹲った姿勢のまま石化した彼女を運ぶのはなかなか窮した。関節が動かず、自分で立てない者を移動させるのは難しいのだ。
「ボクに任せて」
ネロが獣に竹を乗せる。これで移動は大分楽になった。
「そこよ。下ろして」
竹に案内された先にあったテントの前に彼女を下す。恐らくここは備蓄倉庫用にテントだったのだろう。食料品やら武具やらの爆発を免れた物資が幾つか転がっている。
「――【仏の御石の鉢・清浄】」
テントの中から石鉢の欠片が浮遊し、竹の手元に集まってくる。石鉢は一つの形に戻ると清浄な光を放つ。光を浴びた箇所から石化が解けていき、瞬く間に痕跡すらなくなった。
「飲み水は……ラッキー、あるわね」
竹が物資の山から生き残った水筒を取り、中身の水を石鉢に注ぐ。そうして水に満たされた石鉢を俺に差し出した。
「飲みなさい。あらゆる傷病を癒す仏の慈悲よ」
「お、おう」
おずおずと石鉢を受け取り、水を啜る。途端、俺の身体が石鉢の清浄なる光に包まれて、胸の傷を始めとした全身の傷が塞がった。もう痛みも何もない。
「竹……お前、何でもできるんだな」
「何でもはできないわよ。ていうか、これは私が凄いんじゃなくて道具が凄いだけ」
「いやいや、この道具はお前の所有物なんだろ? なら、お前の実力の一つだ。ありがとな」
「そうかしら? こちらこそありがとう」
俺が褒めると竹は興味なさそうな口振りで顔を逸らした。だが、その頬が赤くなっているのは隠しようがない。何だこいつ、愛い反応をする奴だなあ。
「その石鉢があればカルルも起こせるかな?」
「そうね、できると思うわ。やってみましょう」
テントから玉の枝と子安貝も回収し、集会場の広場に戻る。すると、
「イゴロウがいない……!?」
イゴロウの死体がなくなっていた。右を見ても左を見てもどこにもいない。
よもやイゴロウを殺したのは幻覚だったのかと一瞬自分を疑ったが、血痕は確かにある。明らかに致命傷の出血量だ。俺は確かにイゴロウの心臓を斬った。であれば、これは一体どうしたというのか。
「……イゴロウ殿は逃げましたぞ」
気付けば、カルルが半身を起こしていた。酸欠気絶状態からは自力で回復したようだ。
「大丈夫か? この水を飲め。元気になるぞ」
「これはかたじけない。……ぐびぐび。ふぅ、生き返るわー」
「それで、何があったのよ?」
【清浄】の水を飲んで落ち着いたカルルに竹が改めて尋ねる。
「イゴロウ殿が身に着けている装飾品のスキルですぞ。魔法世界には『一定確率で蘇生する』というアイテムがありましてな。彼はそれで死の淵より蘇ったのです」
「一定確率で蘇生って……それじゃあ実質的にあいつは不死身って事なのか?」
常人の五〇〇倍の幸運値を持つイゴロウだ。どれほど低確率であっても幸運値でゴリ押せば一〇〇パーセントの効果が発揮できる。であれば、イゴロウは何度でも蘇生可能という事なのではないか。
「いえ、そこまでではなく。爆弾で木端微塵にされるなど損傷具合が酷ければ蘇生はできません。幸運値がどれほど高くても原理的に不可能となれば無理は無理なのでつ」
「逆に言えば、あいつを確実に殺すには斬ったり刺したりする程度じゃ足りないって事か」
結局、化け物じゃねえか。いや、化け物なのは蘇生アイテムの方か。さすが科学とは違う魔法世界、理不尽な物が揃っている。
正直、少しホッとしてしまっている自分がいる。俺は人を殺したと思ったが、そういう事にはならなかったのだ。いや、蘇生なのだから一度殺した事は間違いないのだが、それでもだ。
「生き返ったイゴロウ殿は拙僧にとどめを刺す事もなく、すたこらさっさと逃げました」
「そうか。……まあ、無事で何よりだ」
とはいえ、ここでイゴロウを完全に倒せなかったのは痛い。異世界転生軍にだって衛生班くらいいるだろう。そこで傷を癒せばイゴロウはまた戦線に復帰してくる筈だ。必ずやもう一度、俺達の前に立ちはだかってくるだろう。ここで敵の戦力を減らせなかったのは残念だ。
「落ち着いたところで、ボクの話を聞いてくれるかな?」
カルルが話し終わったのを見計らってネロが話を切り出した。
「イゴロウから逃げ回っている間、ボクもボクであいつに対抗しようと助っ人を探していたんだ。その途中である輪廻転生者の情報を手に入れたのサ」
「ある輪廻転生者?」
俺の鸚鵡返しにネロが頷く。
ある輪廻転生者、つまり俺達の新たな仲間か。今の俺達は常に異世界転生軍に狙われている。こんな状況とあれば味方は一人でも多い方が心強い。そいつは一体どんな奴なんだと期待に胸が膨らむ。
「そいつは今、富士山の麓で異世界転生軍に捕まっている」
「!」
しかし、続くネロの言葉は衝撃的だった。
しかも、その衝撃は連続でもたらされた。
「織田信長の転生者、第六天魔王波旬の器。輪廻転生者最強の男がそこにいる」
「お、織田信長ァァァァァ!?」
想像以上の大人物の名前に思わず絶叫した。
生まれて初めて人を殺してしまった。前世――桃太郎だった頃、人間を殺した事は何度もある。鬼の信奉者だった彼らを殺さなくては先に進めなかったからだ。だが、当世での殺人はこれが初めてだ。手にはまだ骨肉を断ち、命を絶った感触が残っている。
「はぁー……ふぅー……はぁー……」
気分が悪い。目が回る。嘔吐感に今にも負けそうだ。吐いてこのままブッ倒れてしまいたいが、そんな事をしていられる場合ではない。
「ちょっと! イゴロウが死んだっていうのに石になるのが止まんないわよ!」
竹の石化が止まっていないからだ。
石化は竹の胸部にまで進行していた。どういう順番で石化しているのかは不明だが、肺や心臓が石になってしまえば、首から上が無事だろうとその時点で死亡確定だ。
「イゴロウの生き死にと【バジリスクの血眼】の効果は関係なかったって訳か……!」
「どうするのサ!? 言っておくけど、ボクは呪いを癒すなんてできないヨ!」
「そんなの俺にだってできねえよ! ……クソ!」
俺は所詮棒振りが得意なだけの人間だ。解毒や解呪なんて真似は無理だ。ましてや石化なんて前世ですらお目に掛かった事はない。
カルルならできるだろうか。『僧侶』である彼女なら治癒魔法を覚えていてもおかしくはない。しかし、彼女は今、酸欠で気絶している最中だ。無理して起こしていいものか。いや、そんな事を言っている場合ではないのか。
焦燥に脳を掻き毟りたくなってくる。どうする。どうすればいいんだ。どうすれば竹を助けられるんだ。
「落ち着いて。こんなの難題の内に入らないわ。不格好で悪いけど、私を運んでくれる?」
「運ぶ? どこまでだ?」
「イゴロウに奪われた【仏の御石の鉢】のところまで。私は所有者、見えなくてもどこにあるかは把握しているし、近くまで行けば手元に引き寄せられるわ」
竹の言う通り、彼女を運ぼうとする。しかし、蹲った姿勢のまま石化した彼女を運ぶのはなかなか窮した。関節が動かず、自分で立てない者を移動させるのは難しいのだ。
「ボクに任せて」
ネロが獣に竹を乗せる。これで移動は大分楽になった。
「そこよ。下ろして」
竹に案内された先にあったテントの前に彼女を下す。恐らくここは備蓄倉庫用にテントだったのだろう。食料品やら武具やらの爆発を免れた物資が幾つか転がっている。
「――【仏の御石の鉢・清浄】」
テントの中から石鉢の欠片が浮遊し、竹の手元に集まってくる。石鉢は一つの形に戻ると清浄な光を放つ。光を浴びた箇所から石化が解けていき、瞬く間に痕跡すらなくなった。
「飲み水は……ラッキー、あるわね」
竹が物資の山から生き残った水筒を取り、中身の水を石鉢に注ぐ。そうして水に満たされた石鉢を俺に差し出した。
「飲みなさい。あらゆる傷病を癒す仏の慈悲よ」
「お、おう」
おずおずと石鉢を受け取り、水を啜る。途端、俺の身体が石鉢の清浄なる光に包まれて、胸の傷を始めとした全身の傷が塞がった。もう痛みも何もない。
「竹……お前、何でもできるんだな」
「何でもはできないわよ。ていうか、これは私が凄いんじゃなくて道具が凄いだけ」
「いやいや、この道具はお前の所有物なんだろ? なら、お前の実力の一つだ。ありがとな」
「そうかしら? こちらこそありがとう」
俺が褒めると竹は興味なさそうな口振りで顔を逸らした。だが、その頬が赤くなっているのは隠しようがない。何だこいつ、愛い反応をする奴だなあ。
「その石鉢があればカルルも起こせるかな?」
「そうね、できると思うわ。やってみましょう」
テントから玉の枝と子安貝も回収し、集会場の広場に戻る。すると、
「イゴロウがいない……!?」
イゴロウの死体がなくなっていた。右を見ても左を見てもどこにもいない。
よもやイゴロウを殺したのは幻覚だったのかと一瞬自分を疑ったが、血痕は確かにある。明らかに致命傷の出血量だ。俺は確かにイゴロウの心臓を斬った。であれば、これは一体どうしたというのか。
「……イゴロウ殿は逃げましたぞ」
気付けば、カルルが半身を起こしていた。酸欠気絶状態からは自力で回復したようだ。
「大丈夫か? この水を飲め。元気になるぞ」
「これはかたじけない。……ぐびぐび。ふぅ、生き返るわー」
「それで、何があったのよ?」
【清浄】の水を飲んで落ち着いたカルルに竹が改めて尋ねる。
「イゴロウ殿が身に着けている装飾品のスキルですぞ。魔法世界には『一定確率で蘇生する』というアイテムがありましてな。彼はそれで死の淵より蘇ったのです」
「一定確率で蘇生って……それじゃあ実質的にあいつは不死身って事なのか?」
常人の五〇〇倍の幸運値を持つイゴロウだ。どれほど低確率であっても幸運値でゴリ押せば一〇〇パーセントの効果が発揮できる。であれば、イゴロウは何度でも蘇生可能という事なのではないか。
「いえ、そこまでではなく。爆弾で木端微塵にされるなど損傷具合が酷ければ蘇生はできません。幸運値がどれほど高くても原理的に不可能となれば無理は無理なのでつ」
「逆に言えば、あいつを確実に殺すには斬ったり刺したりする程度じゃ足りないって事か」
結局、化け物じゃねえか。いや、化け物なのは蘇生アイテムの方か。さすが科学とは違う魔法世界、理不尽な物が揃っている。
正直、少しホッとしてしまっている自分がいる。俺は人を殺したと思ったが、そういう事にはならなかったのだ。いや、蘇生なのだから一度殺した事は間違いないのだが、それでもだ。
「生き返ったイゴロウ殿は拙僧にとどめを刺す事もなく、すたこらさっさと逃げました」
「そうか。……まあ、無事で何よりだ」
とはいえ、ここでイゴロウを完全に倒せなかったのは痛い。異世界転生軍にだって衛生班くらいいるだろう。そこで傷を癒せばイゴロウはまた戦線に復帰してくる筈だ。必ずやもう一度、俺達の前に立ちはだかってくるだろう。ここで敵の戦力を減らせなかったのは残念だ。
「落ち着いたところで、ボクの話を聞いてくれるかな?」
カルルが話し終わったのを見計らってネロが話を切り出した。
「イゴロウから逃げ回っている間、ボクもボクであいつに対抗しようと助っ人を探していたんだ。その途中である輪廻転生者の情報を手に入れたのサ」
「ある輪廻転生者?」
俺の鸚鵡返しにネロが頷く。
ある輪廻転生者、つまり俺達の新たな仲間か。今の俺達は常に異世界転生軍に狙われている。こんな状況とあれば味方は一人でも多い方が心強い。そいつは一体どんな奴なんだと期待に胸が膨らむ。
「そいつは今、富士山の麓で異世界転生軍に捕まっている」
「!」
しかし、続くネロの言葉は衝撃的だった。
しかも、その衝撃は連続でもたらされた。
「織田信長の転生者、第六天魔王波旬の器。輪廻転生者最強の男がそこにいる」
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この度ついに完結しました。
1年以上書き続けた作品です。
途中迷走してました……。
今までありがとうございました!
---
追記:2025/09/20
再編、あるいは続編を書くか迷ってます。
もし気になる方は、
コメント頂けるとするかもしれないです。
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