17 / 64
第3章 那岐山のホテル
第15転 死は救済
しおりを挟む
不死者。
死してもなお現世にしがみつくもの。既に生命を失っておきながら諦めを拒絶した怪物。怨念や未練、憎悪や悲嘆といった負の感情を楔とし、新たなる肉体とする。そのような在り方である為、生前とは異質なものになるのは避けられない。芋虫が蛹になり、蛾に変態するのと同じくらい別の存在だ。
死体が残っている場合、それを依り代にして活動する。あの骸骨仮面ならぬ仮面骸骨は遺骨を依り代にした不死者――動く骸骨だ。
扉に密着し、二人の会話に耳を欹てる。俺が来た事には気付いていないようだ。二人の視線は互いに向いている。
「……つまり、どういう事なんです? 誰です、ヘレナ何とかって?」
仮面骸骨の声は男とも女とも判別しがたかった。顔は見えない、首から下は骨で外見から察する事もできない。
「ヘレナ・P・ブラヴァツキー。アメリカの……霊能力者辺りでいいですぞ?」
「ふぅん、霊能力者ですか。ともあれあなたは輪廻転生者なのですね」
「そうでつね、コツコッツ殿」
あの仮面骸骨はコツコッツという名前であるらしい。骨々しい音の響きだ。いや、骨々って何だよ骨々だよ。
「あなたの部下からあなたが脱隊したと聞いて追ってきましたが……よもやそんな事態になっているとは思わなかったです。しかし、なんでとっとと逃げないのです? 今だって逃げようと思えば逃げられるでしょう?」
「竹殿に『ホテルから勝手に出るな』と命令されましてな。自力で逃げるのは無理なのですぞ」
カルルは【燕の子安貝・胎眠】で竹には逆らえないよう暗示を掛けられている。幾ら逃散したい意志を持っていても、ホテルを脱出する事はできない。逆に命令外の事であれば自由なので、こうしてホテルの敷地内であり、人気のない屋上で仲間と合流したのだ。
まさかまだ異世界転生軍に戻れるつもりでいたとは、往生際の悪い奴だ。だが、
「ここでコツコッツ殿にさらって貰えれば、拙僧も逃げられるという訳ですな。ささ、お早く」
「うーん……それはどうなのです?」
「え。それはどういう……?」
「『出るな』と命令されているなら、コツコッツが出そうとすればあなたは抵抗するのではないですか? よしんば連れ出したとしてもその後、その竹という人の下に戻ってしまうのではないですか?」
「それは……やってみなくちゃ分からないですが……」
コツコッツの指摘は尤もだ。命令に背けない範囲が自分の意志だけでなく、他者からの強制も含んでいる可能性はある。ここでコツコッツがカルルを誘拐しようとすればカルルの身体が勝手に防衛する展開も否定できない
「それにあなたが自分の意志でコツコッツ達から離反しないと言い切れるですか? あなたはヘレナ何某の記憶を取り戻しているのでしょう?」
「……それは……」
カルルは既にヘレナ・P・ブラヴァツキーの前世に覚醒している。地球人類側の尖兵として戦う使命を与えられている。仮にここで異世界転生軍に帰還したとしても、その使命に則り、異世界転生軍に牙を剥く可能性は大いにある。コツコッツが警戒するのは当然の判断だ。
「分かりました。コツコッツがカルルを救うです」
「へ?」
言うが早いかコツコッツが肋骨の中から棒を取り出した。長さ九〇センチメートル程度の、どう見ても肋骨に納まるとは思えない長さの鉄棒だ。
あれは硬鞭だ。鞭と言われると多くの人間が革製で紐状の武具を思い浮かべるだろうが、あれは軟鞭と呼ばれる種類である。軟らかいと対となる硬い――硬鞭は鉄製であり、曲がらず、しなりもしない。形状は刀剣に似ており、扱い方もほぼ同様だ。
コツコッツは硬鞭を握るとカルルを薙ぎ払った。咄嗟に盾としたカルルの左腕に硬鞭が命中する。
「痛だぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁつ! 何するんですぞ!?」
カルルが絶叫を上げて痛みを訴える。ありえない事だ。カルルは【海の王者】という絶対防御スキルを持っている。どんな打撃も通用しない筈だ。にも拘らず、カルルは苦痛を主張していた。
よもや、あれがコツコッツのチートスキルか?
「救うですよ。異世界転生者と輪廻転生者の板挟みで苦しいでしょう? なら、死ねばいい。死はあらゆる苦しみを拭い去り、嘆きから解放するです。もう永遠に悩む事はないです」
「げげっ!」
コツコッツの凶暴な発言にカルルが引く。
こいつ、『死は救済』派か。浮世の諸問題を殺すことで解決しようとする思想の人間だ。死ねば何も感じず、何も思わず、何も考えない。無となってしまえば喜びはないが悲しみもない。それが幸福だと信じているタイプの人間だ。
しかし、不死者が『死の救済』を語るとは皮肉なもんだな。
「この武器、カルルなら何だか知っているですよね?」
「【打神鞭】――精神を打ち砕く硬鞭。尋常なる者であれば頭蓋骨を粉砕され、尋常ならざる者であっても精神を粉砕される」
「その通りです。この武器ならカルルを殺す事ができるです」
「くっ……!」
カルルに痛みを与えたのはチートスキルではなくて、あの武器だったのか。
まずい、このままではカルルがコツコッツに殺されかねない。元は敵だが、今は仲間だ。彼女を見殺しにはできない。
傍観はここまでだ。俺は扉を蹴破り、屋上へと躍り出た。
死してもなお現世にしがみつくもの。既に生命を失っておきながら諦めを拒絶した怪物。怨念や未練、憎悪や悲嘆といった負の感情を楔とし、新たなる肉体とする。そのような在り方である為、生前とは異質なものになるのは避けられない。芋虫が蛹になり、蛾に変態するのと同じくらい別の存在だ。
死体が残っている場合、それを依り代にして活動する。あの骸骨仮面ならぬ仮面骸骨は遺骨を依り代にした不死者――動く骸骨だ。
扉に密着し、二人の会話に耳を欹てる。俺が来た事には気付いていないようだ。二人の視線は互いに向いている。
「……つまり、どういう事なんです? 誰です、ヘレナ何とかって?」
仮面骸骨の声は男とも女とも判別しがたかった。顔は見えない、首から下は骨で外見から察する事もできない。
「ヘレナ・P・ブラヴァツキー。アメリカの……霊能力者辺りでいいですぞ?」
「ふぅん、霊能力者ですか。ともあれあなたは輪廻転生者なのですね」
「そうでつね、コツコッツ殿」
あの仮面骸骨はコツコッツという名前であるらしい。骨々しい音の響きだ。いや、骨々って何だよ骨々だよ。
「あなたの部下からあなたが脱隊したと聞いて追ってきましたが……よもやそんな事態になっているとは思わなかったです。しかし、なんでとっとと逃げないのです? 今だって逃げようと思えば逃げられるでしょう?」
「竹殿に『ホテルから勝手に出るな』と命令されましてな。自力で逃げるのは無理なのですぞ」
カルルは【燕の子安貝・胎眠】で竹には逆らえないよう暗示を掛けられている。幾ら逃散したい意志を持っていても、ホテルを脱出する事はできない。逆に命令外の事であれば自由なので、こうしてホテルの敷地内であり、人気のない屋上で仲間と合流したのだ。
まさかまだ異世界転生軍に戻れるつもりでいたとは、往生際の悪い奴だ。だが、
「ここでコツコッツ殿にさらって貰えれば、拙僧も逃げられるという訳ですな。ささ、お早く」
「うーん……それはどうなのです?」
「え。それはどういう……?」
「『出るな』と命令されているなら、コツコッツが出そうとすればあなたは抵抗するのではないですか? よしんば連れ出したとしてもその後、その竹という人の下に戻ってしまうのではないですか?」
「それは……やってみなくちゃ分からないですが……」
コツコッツの指摘は尤もだ。命令に背けない範囲が自分の意志だけでなく、他者からの強制も含んでいる可能性はある。ここでコツコッツがカルルを誘拐しようとすればカルルの身体が勝手に防衛する展開も否定できない
「それにあなたが自分の意志でコツコッツ達から離反しないと言い切れるですか? あなたはヘレナ何某の記憶を取り戻しているのでしょう?」
「……それは……」
カルルは既にヘレナ・P・ブラヴァツキーの前世に覚醒している。地球人類側の尖兵として戦う使命を与えられている。仮にここで異世界転生軍に帰還したとしても、その使命に則り、異世界転生軍に牙を剥く可能性は大いにある。コツコッツが警戒するのは当然の判断だ。
「分かりました。コツコッツがカルルを救うです」
「へ?」
言うが早いかコツコッツが肋骨の中から棒を取り出した。長さ九〇センチメートル程度の、どう見ても肋骨に納まるとは思えない長さの鉄棒だ。
あれは硬鞭だ。鞭と言われると多くの人間が革製で紐状の武具を思い浮かべるだろうが、あれは軟鞭と呼ばれる種類である。軟らかいと対となる硬い――硬鞭は鉄製であり、曲がらず、しなりもしない。形状は刀剣に似ており、扱い方もほぼ同様だ。
コツコッツは硬鞭を握るとカルルを薙ぎ払った。咄嗟に盾としたカルルの左腕に硬鞭が命中する。
「痛だぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁつ! 何するんですぞ!?」
カルルが絶叫を上げて痛みを訴える。ありえない事だ。カルルは【海の王者】という絶対防御スキルを持っている。どんな打撃も通用しない筈だ。にも拘らず、カルルは苦痛を主張していた。
よもや、あれがコツコッツのチートスキルか?
「救うですよ。異世界転生者と輪廻転生者の板挟みで苦しいでしょう? なら、死ねばいい。死はあらゆる苦しみを拭い去り、嘆きから解放するです。もう永遠に悩む事はないです」
「げげっ!」
コツコッツの凶暴な発言にカルルが引く。
こいつ、『死は救済』派か。浮世の諸問題を殺すことで解決しようとする思想の人間だ。死ねば何も感じず、何も思わず、何も考えない。無となってしまえば喜びはないが悲しみもない。それが幸福だと信じているタイプの人間だ。
しかし、不死者が『死の救済』を語るとは皮肉なもんだな。
「この武器、カルルなら何だか知っているですよね?」
「【打神鞭】――精神を打ち砕く硬鞭。尋常なる者であれば頭蓋骨を粉砕され、尋常ならざる者であっても精神を粉砕される」
「その通りです。この武器ならカルルを殺す事ができるです」
「くっ……!」
カルルに痛みを与えたのはチートスキルではなくて、あの武器だったのか。
まずい、このままではカルルがコツコッツに殺されかねない。元は敵だが、今は仲間だ。彼女を見殺しにはできない。
傍観はここまでだ。俺は扉を蹴破り、屋上へと躍り出た。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
クラス全員で転移したけど俺のステータスは使役スキルが異常で出会った人全員を使役してしまいました
髙橋ルイ
ファンタジー
「クラス全員で転移したけど俺のステータスは使役スキルが異常で出会った人全員を使役してしまいました」
気がつけば、クラスごと異世界に転移していた――。
しかし俺のステータスは“雑魚”と判定され、クラスメイトからは置き去りにされる。
「どうせ役立たずだろ」と笑われ、迫害され、孤独になった俺。
だが……一人きりになったとき、俺は気づく。
唯一与えられた“使役スキル”が 異常すぎる力 を秘めていることに。
出会った人間も、魔物も、精霊すら――すべて俺の配下になってしまう。
雑魚と蔑まれたはずの俺は、気づけば誰よりも強大な軍勢を率いる存在へ。
これは、クラスで孤立していた少年が「異常な使役スキル」で異世界を歩む物語。
裏切ったクラスメイトを見返すのか、それとも新たな仲間とスローライフを選ぶのか――
運命を決めるのは、すべて“使役”の先にある。
毎朝7時更新中です。⭐お気に入りで応援いただけると励みになります!
期間限定で10時と17時と21時も投稿予定
※表紙のイラストはAIによるイメージです
転生先はご近所さん?
フロイライン
ファンタジー
大学受験に失敗し、カノジョにフラれた俺は、ある事故に巻き込まれて死んでしまうが…
そんな俺に同情した神様が俺を転生させ、やり直すチャンスをくれた。
でも、並行世界で人々を救うつもりだった俺が転生した先は、近所に住む新婚の伊藤さんだった。
猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣で最強すぎて困る
マーラッシュ
ファンタジー
旧題:狙って勇者パーティーを追放されて猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣だった。そして人間を拾ったら・・・
何かを拾う度にトラブルに巻き込まれるけど、結果成り上がってしまう。
異世界転生者のユートは、バルトフェル帝国の山奥に一人で住んでいた。
ある日、盗賊に襲われている公爵令嬢を助けたことによって、勇者パーティーに推薦されることになる。
断ると角が立つと思い仕方なしに引き受けるが、このパーティーが最悪だった。
勇者ギアベルは皇帝の息子でやりたい放題。活躍すれば咎められ、上手く行かなければユートのせいにされ、パーティーに入った初日から後悔するのだった。そして他の仲間達は全て女性で、ギアベルに絶対服従していたため、味方は誰もいない。
ユートはすぐにでもパーティーを抜けるため、情報屋に金を払い噂を流すことにした。
勇者パーティーはユートがいなければ何も出来ない集団だという内容でだ。
プライドが高いギアベルは、噂を聞いてすぐに「貴様のような役立たずは勇者パーティーには必要ない!」と公衆の面前で追放してくれた。
しかし晴れて自由の身になったが、一つだけ誤算があった。
それはギアベルの怒りを買いすぎたせいで、帝国を追放されてしまったのだ。
そしてユートは荷物を取りに行くため自宅に戻ると、そこには腹をすかした猫が、道端には怪我をした犬が、さらに船の中には女の子が倒れていたが、それぞれの正体はとんでもないものであった。
これは自重できない異世界転生者が色々なものを拾った結果、トラブルに巻き込まれ解決していき成り上がり、幸せな異世界ライフを満喫する物語である。
攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。 -俺は何度でも救うとそう決めた-【[完]】
水無月いい人(minazuki)
ファンタジー
【HOTランキング一位獲得作品】
【一次選考通過作品】
---
とある剣と魔法の世界で、
ある男女の間に赤ん坊が生まれた。
名をアスフィ・シーネット。
才能が無ければ魔法が使えない、そんな世界で彼は運良く魔法の才能を持って産まれた。
だが、使用できるのは攻撃魔法ではなく回復魔法のみだった。
攻撃魔法を一切使えない彼は、冒険者達からも距離を置かれていた。
彼は誓う、俺は回復魔法で最強になると。
---------
もし気に入っていただけたら、ブクマや評価、感想をいただけると大変励みになります!
#ヒラ俺
この度ついに完結しました。
1年以上書き続けた作品です。
途中迷走してました……。
今までありがとうございました!
---
追記:2025/09/20
再編、あるいは続編を書くか迷ってます。
もし気になる方は、
コメント頂けるとするかもしれないです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる