◇[ imbiss ](2,)

急須酌子

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(◇The romance case juliet)

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○所要時間…15分
○ジャンル…恋愛
○ヴァン・ダイン『ベンスン殺人事件』
○フィリップ・リーコック大尉
○ミュリエル・セント・クレア

《法則その03-むやみに男女の恋愛話を持ち出してはならない。ミステリー小説の主題は犯罪者を闇から引きずり出す事であり、カップルを結婚させることが目的ではないのだから。『ヴァン・ダイン-推理小説の二十則』より》

{◎ヴァン・ダイン氏のミステリー小説『ベンスン殺人事件』に登場する「リーコック大尉」と「ミュリエル・セント・クレア」の恋愛を描いた蛇足的物語です。謎解き類は一切ありません。そっち期待される方は読まなくていいです…だって時間泥棒なんですもの。

※あらすじメモは外サイト『エブリスタ』にて。

リーコック大尉が容疑者となった時の2人のやり取り。原作のネタバレも若干あるので未読の方はお控え下さい…
(_ _;)}



●14-02-鎖の環~捨てられた凶器 より
…ヴァンスたちは行き着けのスタイヴィサンド・クラブの屋上にある食堂へ昼食を取りに行った。すると丁度そこにベンスン少佐がひとりで食事を取っていた。マーカムは自分たちと一緒になるよう誘った。

ベンスン少佐は事件の進展状況について尋ねて来たので弟を失った哀れな兄に同情しマーカムは話した。「何も憂う事はありません、少佐。もう犯人の目星は付きました、リーコック大尉ですよ」
すると少佐は、信じられないと言った風で目を見開いて驚いた。
「そんなはずはないでしょう。私は軍にいた際、彼の元で指導を受けましたがとてもそんな男には見えません。きっと警察は何か見当違いをされてるんです。信じられません。彼の起訴は決定なのですか?」

マーカムは決定はまだ保留だが数日中にそうなるだろう、と少し自身なさそうに言った。それを聞いたヴァンスはマーカムをたしなめるように言った。
「ベンスン少佐からそのように言って頂けると、心強い。実は僕もリーコック大尉の起訴は反対してるんですよ。確かに彼は動機も状況証拠も充分過ぎるほど揃ってる。けれど僕の心理分析では余りにも不自然なんですよ。そう、彼がベンスン殺害の役回りをするには美女と野獣ぐらいかけ離れてるのだから」
「君のその説明じゃあ、法廷では話にならん、それにファイフィーがあいつを目撃した、と言う証言はどうなる?リーコックはベンスン邸で何かをしてたのは明らかだ」
「さあね。きっとベンスンとクレア嬢がふたりきりでいる部屋の窓の下に行って、恋の歌でもうたってたのさ」とヴァンスは付け加えた。

そこへ朝からリーコック大尉を尾行していた若い刑事ヒッキンボサムが来て報告をする。彼はセント・クレアのアパートを訪ねて彼女から何かを受け取ると、それを持ち出して大きな橋まで来ると、河の中へ何かを投げ捨てたという。おそらく犯行に使われた拳銃と思われた……。

♤♤♤
その日、リーコックは朝早く自宅を出ると、時折、用心深く周囲を見回して、自分をつけて来る者がないか注意しながら、ある場所へと向かった。地下鉄に乗りながら彼は婚約者をどう説得しようか、考えを巡らせていた。
ベンスンが殺された日、彼はある重大な決意と、軍人時代に愛用した45口径コルトを懐中に忍ばせて、ベンスン邸へと向かっていた。彼はクレアから聞かされた様々なベンスンの「お節介」について思い返していた。

まだ駆け出しの歌手である彼女に、その日のプリマ・ドンナが嫉妬に駆られるぐらいの楽屋にあふれる花束の献上。株取引でうまい儲け話をそそのかし、結局、あの守銭奴(しゅせんど)の気迫におされた彼女は、みじんの興味も無い株取引の片棒を担がされた事。加えて、株取引の右も左も分からない彼女の弱みに付け込んで、彼女を囲い込み、かつ自分だけは損をしないように上手く立ち回っていた事。

そして今夜、彼女が、飢えた竜の罠にはまり、あの男の生贄(いけにえ)にされるのだと考えると、聖ゲオルギウス騎士の如く、志高く、気高き精神の持ち主である彼は、いても立ってもいられなくなり、輝く剣ではなく、愛用の45口径コルトを携え、行き勇み足で竜退治へと向かったのだった。
ところが、ベンスン邸につくと屋敷は真っ暗で寝静まっていた。そうか、クレアはきっと12時まで待たずに、あの竜の元からうまく逃げ去ったに違いない。そうだ、彼女だって生真面目(きまじめ)にあんな男に12時の鐘が鳴るまで、つき合うほど愚(おろ)かな女性ではないのだから。
そう考えが至った途端、急に彼女を信じていなかった自分が恥ずかしくなり、リーコックは早足で帰路についたのだった。

しかし、翌日彼は大きな後悔に襲(おそ)われる。あのベンスンが殺されたと言うのだ。リーコックは、直感的にクレアがやったのだと思った。現場には彼女のハンドバックが残されてたと言う。
「ああ、僕のジュリエット! 君は、なんて事を早まったんだ。せめて僕にひと言、相談してくれてたなら、君の代わりに僕がアイツの息の根を止めてやったのに」

それだけでなく、リーコックには、気がかりな事がもう1つあった。それはあのベンスンが殺された日に、クレアを心配になって、彼女のアパートを訪ねた時の事。
彼女は、やや青ざめた顔で、リーコックを出迎えた。やはり昨日の夜、ベンスンと何かあったのだろう。怯えた表情で自分の事をアパートに招き入れてくれた。リーコックは、昨日ベンスンと何があったのかを聞き出したかったが、彼女のその憐憫(れんびん)な雰囲気に、言葉がうまく切り出せなかった。

彼女の方は、ベンスンとの間柄を誤解されてると思ったのか、自分にすきがあったとか、株で損をした借金で弱みを握られ、断りきれなかった、自分は決して、望んでベンスンと夕食を共にしたわけではないと、しきりにリーコックに訴えたのだった。
リーコックはクレアをもちろん信じてると、精いっぱい言い聞かせた。だが、ベンスンを撃ったのは君なのかい?、と言う事はとうとう聞けなかった。
帰り際、ふとゴミ箱に、破れたストッキングが捨てられており、にじんだ血が付いていた。彼女の足元を見ると、彼女の、かかとの辺りが、擦り傷が出来て、怪我をしていたのだった。
「その怪我、どうしたんだい?」
靴が合わなくて、靴ずれをしたのだ、彼女は言った。それから急によそよそしくなって、何だか追い出される様に、リーコックはアパートを出たのだった。

帰り道でリーコックは考えた。
やはり、クレアはベンスンと、もみ合ったのだろう。きっとその時に、怪我をしたに違いない。それにあの破れたストッキング……。その事は、騎士道を純粋に貫く、女性に慇懃(いんぎん)な彼にとっては、容易に想像できる、けれど到底ゆるしがたい事を想像させたのだった。
「ああ、哀れなジュリエット…君はあの男の豹変ぶりに、驚いて、純潔を守るため、引き金を引いてしまったのだ。でも、それならば、君は悪くない。悪いのはクレアに乱暴しようとしたアイツだ。そうだ、これは殺人じゃない。正当防衛だ。僕がなんとか彼女を、守らなくては…」

そう考えると、彼は自分の陸軍時代に使用していたコルトから銃弾をひとつ抜き取り、使用した様に偽造した。のちにそれをクレアに預けたのだった。
それを見たクレアは、もちろん動揺した。彼女は、やっと絞り出した声で聞いた。
「あなた、何をしたの……!?」
「何も聞かないでくれ。大丈夫、どんな事があっても君を守るよ」


♤♤♤
もうすぐ、リーコックがアパートへ来る時間だった。
クレアは、リーコックから渡された、弾が1つだけ抜けた拳銃の事を考えていた。
これは先日、自分に疑いをかけられてるらしいと、マーカムの検事局に呼びつけられ、そこから帰った後の事だった。
「ああ、私の気高き騎士は、私への忠誠心から、あの卑怯な男に手をかけてしまったのだわ。なんてことかしら…。あんな男のせいで、私たちの、未来も、希望も、閉じられていくなんて…。全く、死人の悪口は言いたくないけれど、死んでもなお、あの男は私たちを苦しめる…本当に厭(いや)な人…!」
その時、ドアのベルが鳴った。リーコックが来たのだった。

2人はソファーに腰かけて、何となく、よそよそしい感じでお茶を飲んでいた。しかし、この気まずい空気に、クレアは耐えられず、とうとう話を切り出した。
「ねえ、私には、本当のことを、どうか話して下さらない?私は…、その…、あなたがとても“あんな事”をしたとは思えないんですもの。」
するとリーコックは淡々と言った。
「ベンスンを撃ったのは、僕だ。君はあの夜、ベンスンとは、“何もなかった”。食事には行ったが、12時前には切り上げて、自宅に帰ったんだ。帰宅が1時になったのは、あの男が君を思い通りに出来なかった事の腹いせに、君を車から追い出したせいだ。だから君は歩いて帰るしかなかった。君は、何も悪くない。なあ、それでいいじゃないか。」

するとクレアは、泣き出した。
「どうして…。あなただけが、あんな男の犠牲にならなくては、いけないの?あなたがそこまで意地を張り通すならば、私が本当の事を言ってあげる。それは、全くの間違いよ。ベンスンを…あの卑怯な男を撃ったのは、この私よ。こう見えて私、去年の夏に拳銃の撃ち方をこっそり練習していたのよ。ねえ、あなたのお友達にちょっとお願いしたら、皆さんすすんで、私の指導役を請け負ってくれたわ。これからの女性は、自分で自分の身を守れなくては駄目だと。その成果を、私はあの夜に、試されたのだわ。私は、後悔なんかしてないわ。だって…あの男が悪いんですもの……あの男が…………!」そこまで言うとクレアは、泣き崩れてしまい、その後の言葉は続かなかった。
リーコックは、慌てふためき、しゃくりあげてるクレアを、そっと優しく抱きしめたのだった。
「一体、どうしたんだい?僕のジュリエット。そんな話を、僕がうのみにすると思うかい?僕は、君の婚約者だ。心優しくて、虫も殺せない君が、そんなこと出来るわけないじゃないか」

すると、騎士の胸に顔をうずめていたクレアは、泣き顔でリーコックの顔を見上げた。その瞳には、かすかに鋭い光が宿っていた。
「私にだって…我慢できない事は、ありますわ」リーコックは、彼女の背中を優しく擦った。その肩は、小刻みに震えていた。
「じゃあ、話してご覧。心優しい君を、そこまで怒らせるような、あの男が君に一体何をしたのか」
「……」クレアは、ムスッとして、急に黙り込んでしまった。

「じゃあ、僕が君の代わりに話そう。やっぱり君は、ベンスンを撃ってなんかいない。当然だ。あいつを撃ったのは僕なんだから。僕は、以前から、君にまとわり付いてる、あいつが邪魔だったのさ。クレアのファンとしてなら、まだ許せる。それほど君は、魅力的でもあるんだから。でも、あいつは、少々出しゃばり過ぎだ。君を囲おうとしたんだから。本気で“あんな事”をするなんて、奴はどうかしてる。眉間だけでなく、心臓も撃つべきだったんだ。あの男は、君の魂に傷をつけたのだから…!」

クレアは、ふと尋ねた。「あんな事って?」
「口に出すのも穢(けが)らわしい。奴は、君の純潔を奪おうと…!」
それを聞いたクレアは、慌てて訂正した。「ちょっと待って頂戴、リーコック。あなた何か勘違いしてるわ。私とベンスンは、そこまで深い間柄じゃないわ!
私は株で損をしたのよ。そのせいでオートクチュールが白紙になってしまったんだもの。あれは本当にショックだったわ。それに…純潔を奪われたなら、私きっと自分のこめかみを撃ち抜いてましたわ」
「なんて恐ろしい事を。お願いだ。僕をひとり置いてどこかへ行ったりしないでくれ!」リーコックは思わずクレアを抱きしめた。
「私はどこにも行ったりしないわ。ねえ、どうしてそんな風にお考えになったの?」

リーコックは、この前アパートに来た際に、ゴミ箱に、破れて血が付いたストッキングが捨ててあった事を話した。
するとクレアは、「あら、あれは本当に靴ずれだったのよ。ハイヒールで1時間も歩いたんだもの。買ったばかりの靴が血に染まってしまって、がっかりしたわ」

こうしてお互いに誤解は溶けたが、疑いが晴れたわけではなかった…。クレアは提案した。

「じゃあ、こうしましょう。あなたが私を庇って、私はあなたを庇うわ。2人で庇い合いをしてれば、警察の目もごまかせるはずよ」
「それは、良いアイデアだね」

……しかし3日後、彼は独断で、自首したのだった。クレアの提案を受け入れるには、彼は、あまりにも立派な騎士道精神を、貫き過ぎだったのである。


♤♤♤
マーカムの検事局で、自首してきたリーコックから事情聴取をしていた。リーコックが考える事は、たった1つだった。

(…これで良かったのだ。クレアが…彼女が無事ならそれで良い……)


その事を、知ってか知らずか、ヴァンスは言った。「ねえ、マーカム。この事件には、なんて頼もしい人たちが集まってるのだろうね。崇高な、自己犠牲の人々ばかりだよ」
と、明るく言い放ったのだった。


(終)

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